機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百十三話 走り続ける理由 ――守れなかった過去と、信じている背中――
アスランは燃え上がる空港を背にハンドルを握りしめた。視界を埋める黒煙の中、バックミラー越しに追ってくるブルーコスモスの車両群が迫る。
「迂回路を探す!」
アスランが叫ぶと同時に、シエルが助手席から身を乗り出し拳銃を取り出した。
そして躊躇いなく撃つ。
「左側の敵車両を牽制します!」
シエルの射撃でタイヤをパンクさせた車がスピンしながら路肩へ追突。
続く一台が急ハンドルで回避し、隙間から別の車列が追い上げてくる。
「……マズい!」
アスランがアクセルを踏み込んだ瞬間、シエルが叫んだ。
「アスランさん!右から装甲車が来ます!!」
装甲車からロケット弾と機銃が撃たれた。
アスランは舌打ちしながら装甲車からのロケット弾をかわす。
しかし機銃弾がトラックに被弾し、弾丸が飛び跳ねる。
護衛たちがステラとマユに覆いかぶさり、身を挺して守っていた。
激しく揺れるトラックの荷台で、ステラとマユは恐怖に身体をこわばらせる。
荷台に空いた穴からは燃えるベルリンの街が見えた。
炎に照らされた瓦礫の向こうで、人影が散り散りに逃げ惑っているのが一瞬だけ見えた。
建物が崩れ、火の粉が舞い、街そのものが悲鳴を上げているようだった。
アスランは視線を前に戻す。長く見てはいけない。見続ければ、判断が鈍る。
だが、見なければ忘れてしまいそうになる。――自分が、何を守るために走っているのかを。
またこの光景だ、と胸の奥で何かが軋む。
過去にも、同じような炎を見てきた。
守れなかった街、救えなかった命。
その記憶が、ハンドルを握る腕に重くのしかかる。
背後にいるのは兵士ではない。
武器も、覚悟も持たない子供たちだ。
理屈では分かっている。自分一人に出来ることなど限られている。
それでも――だからといって、諦める理由にはならなかった。
荷台から伝わってくる衝撃と、必死に耐える気配。
ステラは声を上げず、マユを抱き寄せている。
その姿を見るたび、胸の奥で後悔にも似た痛みが広がった。
――もし、ニコルがここにいたら。
そんな考えが浮かび、すぐに振り払う。
「しつこい奴らだ」
アスランは追いかけてくる装甲車の射線から巧みに逃れながら全速力で道路を走った。
しかし距離は確実に詰められていく。路地を利用して撒こうと試みるも、敵の先読みが鋭い。
“こちらB-4、目標視認。繰り返す――”
装甲車内の通信が一瞬だけ洩れる。
敵の狙いは明らかだ――ステラとマユを殺害すること。
それこそが彼らにとって最大の目的。
「このままでは……!」
アスランの額に汗が滲む。このままでは振り切れそうにない。
その時だった。
シエルが小型の発信器を取り出し作動させる。
アスランが急ブレーキを踏んだ。
同時に辺りの電気機器が一斉にシステムダウンする。
遠くでアスラン達を追撃していたドローンが落下し破壊された。
「――これで敵の電波誘導兵器は機能停止したはずです」
アスランは瞬時に悟る。
「ドローンで誘導していたとはな」
「ええ。ブルーコスモスは我々の位置情報を追尾しています。これを潰せば多少は動きやすくなる」
シエルの冷静な判断に感嘆しながらも、アスランは再びアクセルを踏み込む。
車は加速して曲がりくねる路地を駆け抜けた。
対向車が来たら通れないほど細い道で、地図上では抜け道があるはずだ。
だがそこに道は無かった、あるはずの橋が戦闘で真ん中から折れていたのだ。
後ろから装甲車が迫る。
「みんな、何かに掴まれ!!」
アスランは思いきりアクセルを踏んで橋を飛ぶ。
そして眼下の川に落ちないように祈った。
胸元でカガリから貰ったハウメアの石が煌めく。
激しい衝撃と同時に橋の対岸に飛び移ったトラックは満身創痍だった。
後ろから装甲車が銃撃してくるが、橋を渡れないので立ち往生していた。
「やりましたねアスランさん」
「俺だけの力じゃないさ」
そう言ってアスランは一瞬だけ、ハウメアの守り石を握りしめる。
トラックは避け切れなかった銃弾と激しい衝撃で速度が低下していた。
周りを見るとベルリンから逃げ出そうとする市民が道路を歩いていく。
先ほどまで平和だった世界が一瞬で地獄へと化していた。
トラックは鈍い唸りを上げながら徐々に速度を落とす。
車体全体が悲鳴を上げているようだ。金属板が歪み、フレームが軋んでいる。
路面の凹凸ごとに激しい上下動を繰り返し、荷台に乗るステラとマユはほとんど飛び跳ねるように揺さぶられていた。
「くっ……ダメージがひどすぎる……!」
アスランがフロントミラーを見つめながら唇を噛む。バックミラーには追跡していた装甲車こそ見えないものの、代わりに黒煙と炎が渦巻くベルリンの中心部が映っていた。
エンジンの排気音が酷く、燃料が漏れたのかガソリンの異臭がしていた。
サスペンションもほぼ破壊され、乗りごこちは最悪だ。
トラックの荷台から、マユの苦し気な声が聞こえる。
きっと乗り物酔いしたのだろう。
振り返ると、ステラは必死にマユを抱き寄せ、声を殺して耐えていた。
その小さな背中を見た瞬間、胸の奥がきしんだ。
――ニコルなら、どうしただろう。
答えは考えるまでもなかった。
迷いながらも、きっと同じ場所に立ったはずだ。
子供の前に立ち、盾になることを選んだに違いない。
ここにニコルがいれば、絶対マユを守り抜くだろう。
だからニコルの為にも、マユを死なせたりしない。
そして、もう一人。
どこかで必死に戦っているはずの、あの背中が脳裏をよぎる。
理由はない。ただ、シンなら――間に合う。
根拠のない確信が、沈みかけた心をわずかに支えていた。
だからアスランは、前を向いた。
まだ、諦めるわけにはいかなかった。
アスランは出来るだけ平坦な道を走ろうとしたが、道路はあちこちが陥没している。
激しい戦闘で弾痕が著しい。
隣ではベルリン市軍の戦車が破壊され燃えている。
空路も陸路も閉ざされた。
これではいずれブルーコスモスにつかまってしまうだろう。
上空ではベルリン市の戦闘機がブルーコスモスのGAT-04ウィンダムが激しい空中戦を行っている。
トラックも限界だ。
このままではガソリンに引火しかねない。
それに避難民に囲まれては動けない。
「……ここまでか。みんな降りろ。徒歩でここから離れる」
「しかしステラさんとマユちゃんに長距離の移動は無理です」
「だが他に方法はない。ここにいたらみんな死ぬぞ」
アスランの指示で護衛たちがステラとマユを抱えて降りる。
マユはまだ苦しそうだ。
その姿をみてアスランはニコルに申し訳ない気持ちで一杯だった。
次回予告
灰と炎に包まれたベルリンを、アスランは必死に駆ける。
崩れ落ちるビル、焼ける空気、逃げ惑う市民。
辿り着いたティーアガルテンも、安息の地ではなかった。
怪我人と子供たちが溢れ、希望はか細く揺れている。
マユは足を痛め、それでも涙をこらえて立とうとする。
ステラは震える声で、その小さな手を握った。
だが空を裂く轟音が、公園の静寂を踏み潰す。
異形の影が迫り、絶望が木々を覆う。
逃げ場はない。守るしかない。
アスランが盾となり、前へ出たその瞬間。
閃光が走り、巨大な影が吹き飛ぶ。
灰の向こうに、青と赤の残像が立っていた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百十四話 灰の中のティーアガルテン――逃げ場のない公園に、青と赤が降り立つ――