機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百十四話 灰の中のティーアガルテン――逃げ場のない公園に、青と赤が降り立つ――
近くのビルが倒壊し、轟音を立てて崩れ落ちる。
コンクリートの塊が砕け、鉄骨がきしむ嫌な音が街中に響いた。
燃えさかる炎と舞う灰で、トラックは真っ白になっていく。
視界は数メートル先までしか見えず、喉に灰が絡みつく。
呼吸をするたびに、肺の奥が焼けるように痛んだ。
このままここにいては、炎にまかれて焼け死ぬのは目に見えている。
逃げ遅れた市民の悲鳴が背後で途切れ、爆発音にかき消された。
アスランは髪についた灰を払って、皆の先頭を走った。
足元は瓦礫だらけで、いつ転倒してもおかしくない。
それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
「ここからティーアガルテンへ向かう。あそこなら隠れる事が出来るだろう」
叫ぶように指示を出しながら、アスランは地図を頭の中でなぞる。
公園に至るまでの道は比較的広く、瓦礫も少ない。
何より、上空からの視認性が低い。
それだけが、今の状況で選べる唯一の希望だった。
ティーアガルテンはベルリン市が誇る巨大な森林公園だ。
ブランデンブルク門と広場、博物館と動物園に面した歴史ある大公園。
緑に囲まれた憩いの場所は、今や避難民で溢れ返っていた。
そこへ向かう人達も多く、みな疲れ切った顔をしている。
表情は暗く、まるで幽鬼のようだ。
足を引きずる者、泣き声を殺す子供、虚ろな目で前だけを見つめる老人。
誰もが、現実を受け止めきれずに歩いていた。
「マユちゃん、大丈夫? もうすぐ休めるからね」
ステラの声は震えていたが、必死に明るさを装っていた。
血と煤で汚れたマユの頬を見て、胸が締め付けられる。
「うん、マユは大丈夫。こんな事くらいで、くじけてられない」
そう答えながらも、マユの足取りは明らかに重い。
一歩踏み出すたびに顔が歪み、それを必死に隠している。
マユの強がりが、ステラには痛々しかったが、
今は一刻も早く公園へ避難しなくてはならない。
ベルリン上空の空中戦はベルリン市側が押されていたが、
一人でも市民を逃がす時間を稼ごうと戦っている。
爆音の合間に、対空砲火の閃光が走るのが見えた。
その甲斐あって大勢の市民が郊外へ脱出する事ができた。
だが逃げきれなかった市民は、このティーアガルテンへ辿り着くのがやっとだったようだ。
特に子供連れが多い。
皆、一様に怯えていた。
銃声や爆音が遠ざかり、アスランは少しだけ息を整えた。
胸が上下し、汗が背中を伝う。
ザフトレッド随一の体力を誇るアスランでさえ、苦しい逃避行だ。
ステラやマユの消耗は、想像以上だった。
せめてベンチに座らせてあげたかったが、
ベンチには既に年寄りが座っている。
互いに譲る余裕など、誰にもなかった。
「ステラ、マユ、こっちへ」
アスランは大きな木の下に二人を座らせた。
幹に背を預けるだけでも、風と視線を遮れる。
地面に直接でないだけ、まだマシだろう。
戦場は遠のき、ここなら安心だと思ったのか、
荷物を抱えた大人たちは、みな座り込んでいた。
「……酷い」
ステラが呟く。
視線の先には、怪我人と親からはぐれた子供、
逃げ遅れた年寄りで溢れかえった光景があった。
血の匂いと消毒薬の匂いが混じり合い、
悲鳴と嗚咽が絶え間なく響いている。
なんとか難を逃れた人々は、
生き延びたという事実にすら、安堵できずにいた。
「マユちゃんを医務室へ。ステラが看病する」
「ありがとう、ステラ」
医務室といっても、仮設のテントでベッドがいくつか置かれているだけだ。
それでも避難してきた市民にとっては、最後の頼みの綱に見える。
マユは足首を軽く捻挫していた。
まだ成長しきっていないマユにとって、この逃避行がいかに辛かったか。
ニコルがここにいたら、こんな目にあわせなくて済んだかもしれない――
アスランは、そう悔やまずにはいられなかった。
アスランは護衛たちを集め、今後の打ち合わせに入る。
ティーアガルテンを脱出してオーブへ向かうべきだが、ブルーコスモスはまだベルリンにいる。
敵の大部隊を相手にして、公園を抜け出すのは困難だった。
しかもブルーコスモス側には、未知のMAが三機いる。
そしてこの公園内には、既にブルーコスモス兵が入り込んでいるだろう。
迂闊に動けば、撃たれる危険もある。
護衛の視線が、アスランに集まる。
護衛たちは個人戦なら優秀だが、指揮能力ではアスランの方が上だ。
ザフトレッドというだけで、頼られてしまう。
だがアスラン自身も、判断がつかなかった。
下手に動いてステラとマユを危険にさらすくらいなら、
じっとしていた方がいい。
そう考えたアスランは、護衛に休息するよう指示した。
皆、疲れ切っている。
休息しなければ、いざという時に動けない。
ステラとマユをシエルと護衛に任せ、アスランは公園内を見回っていた。
公園内はベルリンに住んでいた多くの人々で溢れ、とても通りにくい。
アスランは空を飛ぶウィンダムを見て、ブルーコスモスも諦めたのかと思った。
だが次の瞬間、ウィンダムがベルリン市へミサイルを撃ち始めた。
そして、さらに遠くから別のMAが近づいてくる。
それは異形のMAだった。
二本足に、頭部を思わせる円形の胴体。
二体のMAが、街を蹂躙していた。
家屋を吹き飛ばし、無差別に殺戮を行う。
アスランの全身から、冷や汗が噴き出す。
あれは、ただのMAじゃない。
戦術核と同等、あるいはそれ以上の兵器だ。
ベルリン市は、一瞬で焼き尽くされる。
アスランは大慌てで、ステラとマユの元へ急いだ。
護衛たちもMAの存在に気づき、撤退の準備をしていたが、
アスランは、間に合わないと直感していた。
「早く逃げろ!!」
アスランは大声で叫んだが、
護衛たちは、もう間に合わないことに気づいていた。
皆が、我先にと逃げ出している。
マユは足を怪我しているため、走れない。
アスランは必死になって、マユを背負って逃げようとした。
――そして。
ブランデンブルク門を破壊したウィンダムとダガーLが、
威圧するようにティーアガルテンに迫る。
巨大な影が、公園全体を覆った。
ここにいるのは、民間人だけだというのに。
逃げる術も、抗う力もない者たちだというのに。
――奴らは、同じナチュラルにも銃を向けるのか。
アスランがステラとマユを守って仁王立ちになった瞬間、
世界が、一閃で切り裂かれた。
先頭を歩いていたウィンダムが、
対艦刀で一刀両断にされる。
爆発するウィンダム。
衝撃波が木々を揺らし、避難民が悲鳴を上げる。
その後ろに佇む、青と赤の影。
シンのインパルスガンダムとルナマリアのセイバーガンダム。
「こいつ。遅いぞ」
アスランの口から不器用で、真っ直ぐな苦笑と安堵の声が洩れる。
「シン!!ルナ!!」
「シンお兄ちゃん!!ルナお姉ちゃん!!」
ステラとマユがその名を呼ぶ声が重なり、
絶望に沈みかけていたティーアガルテンに、
確かな“希望”が、立ち上がった。
アスランの苦笑と、
ステラとマユの叫びにあわせて、
ティーアガルテンの避難民は、
インパルスとセイバーに喝采をあげた。
次回予告
最後の敵機が爆ぜ、爆炎が夜を裂いた。
灰の中に二つの機影が並び立つ。
守れた――その実感が、遅れて胸に落ちる。
背後では拍手と嗚咽が混じり合っていた。
ステラが立ち、マユが手を振っている。
アスランも、まだそこにいる。
震えていたはずの街に、わずかな温度が戻る。
だが遠くの空では、巨大な影がなお蠢いていた。
ここは終わりではない。
守った分だけ、背負うものも増える。
それでも止まらない。
二つの機影は、再び炎の空へと跳び上がった。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百十五話 撃たせない――背中にあるもののために――