機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百十六話 噛み合わない刃――完璧なはずの三機に走る歪み――
ティーアガルテンに逃げ込んだ避難民をシンとルナマリアが救出したとの報告に、ニコルは安堵した。
特にシンからステラとマユが無事だという報告を受けた時、心の底からアスランに感謝する。
アスランが二人を誘導してくれたのだろう。
胸の奥に張りつめていたものが、ようやく一段だけ緩んだ気がした。
無意識のうちに、ニコルは一度だけ深く息を吐いた。
戦況は依然として不安定。
ブルーコスモスの戦力も、まだ未知数の部分が多い。
それでも。
ステラとマユが無事――
その一点だけは、確かな事実として胸に落ちた。
(……よかった)
短い安堵。
だが、すぐに思考を戦場へ引き戻す。
感情に引きずられる余裕は、今の自分にはない。
問題はこちらだ。
レイとアグネスがいるのだが、連携がうまく行かないのだ。
本来ならレイが援護して、ニコルとアグネスが突っ込むべきなのに。
レイは何も言わず、戦闘に徹している。
問題はアグネスだ。
「アグネス落ち着いてください。敵の陽動に乗らないで!!」
「陽動なんかじゃない!! ちゃんと敵がいるわ!!」
アグネスの機体が、予定軌道を大きく外れて前へ出る。
スラスター出力が一瞬だけ過剰に跳ね上がった。
ニコルは即座に状況を再計算した。
(……やはり、早い)
反応速度、姿勢制御、推力配分。
どの数値を取っても、アグネスの操縦は理想域に入っている。
むしろ通常時より鋭い。
だが――
噛み合わない。
理屈では説明できる。
だが戦場の感覚として、明確な“ズレ”が存在している。
ニコルの思考が、ほんの僅かにだけ警鐘を鳴らしていた。
彼女の反応速度自体は落ちていない。
むしろ鋭すぎる。
だが――
「右上方、二時方向に敵機。今のは囮です!」
「だから違うって言ってるでしょ!!」
被せるような声。
その瞬間、アグネス機がさらに前へ踏み込んだ。
次の瞬間。
ビームが、彼女の背後をかすめた。
「っ――!」
ニコルは反射的に機体を滑り込ませる。
ほぼ同時に、レイの精密射撃が敵機の肩部を撃ち抜いた。
爆炎。
だが隊形は、わずかに崩れたままだ。
(……噛み合っていない)
ニコルは冷静に認識する。
アグネスの操縦は乱れていない。
判断力も落ちていない。
それでも――
確実に、“いつもの彼女”ではなかった。
「アグネス、一度高度を――」
「まだ行ける!!」
即答。
間髪入れない。
その声に混じる微かな棘を、ニコルは聞き逃さなかった。
一方、後方で全体を見ていたレイが、低く呟く。
「……非効率だな」
通信は開いたまま。
決して強い口調ではない。
だが、静かに刺さる声音だった。
◇◇◇
アグネスの機体が、わずかに揺れた。
なぜ。
なぜ、この人は――
「アグネス、左に敵増援! 速度を少し下げてください、こちらでカバーします!」
ニコルの声は、いつも通り落ち着いていた。
焦りも、苛立ちも、怒気もない。
完璧すぎるほどに。
アグネスの奥歯が、ぎり、と軋む。
(……また、それ)
分かっている。
自分が今、フォローされていることくらい。
ニコルは間違っていない。
判断も、配置も、全部理にかなっている。
だからこそ――腹が立つ。
(なんで……)
胸の奥がざわつく。
理由の形を取らない感情が、内側で渦を巻く。
自分でも、うまく言葉にできない。守られている。
フォローされている。
信頼されている。
――違う。
そうじゃない。
アグネスはスロットルをさらに押し込んだ。
機体が危険域すれすれまで加速する。
「アグネス!! 前に出すぎです!」
「分かってるわよ!!」
叫び返しながら、アグネスは敵陣へ突っ込む。
ビームを回避し、至近距離で一機を撃破。
確実な戦果。
技量に乱れはない。
だが――
隊形だけが、噛み合っていなかった。
後方でレイが静かに言う。
「無駄な突出だ、何をやっているんだアグネス!」
珍しくレイが苛立ちを露わにする。
アグネスの胸の奥で、何かが跳ねた。
「……は?」
わずかに声色が変わる。
ニコルはすぐに割って入った。
「レイ、敵の包囲角が変わっています。右側の警戒を――」
あくまで冷静。
あくまで通常運転。
それが、余計に。
余計に、アグネスの神経を逆撫でした。
(……なんでよ)
怒鳴ってほしい。
命令してほしい。
間違いだと、叱ってほしい。
なのにこの男は――
いつだって、対等に扱う。
信頼しているように振る舞う。
自分を一流のパイロットとして。
───それじゃ足りない。
「……っ」
アグネスは一瞬だけ歯を食いしばった。
次の瞬間。
彼女の機体が、わずかに深く敵陣へ踏み込んだ。
ニコルの瞳が、初めて細くなる。
(……これは)
ようやく。
ほんの僅かに。
違和感の正体に、触れかけていた。
「アグネス!! 一度距離を取ってください!」
ニコルの声が、いつになく張られた。
だが、アグネスはそれを振り切るように、機体をさらに前へと突き進めた。
敵陣は厚い。
ブルーコスモスの戦力は、量産型MSだけでなく、
実戦配備前の新型MAまで投入されており、単純な突貫では押し切れない。
だが、アグネスは躊躇わなかった。
「あんな機体くらい……!」
その声は、ニコルには届いていない。
けれど、アグネス自身には鮮烈に響いていた。
それは、彼女がかつて出会った事のなかった男。
ニコル・アマルフィ。
最初は、ただの同い年の教官と生徒だった。
訓練校で出会った、物静かで理性的な少年。
けれど、その目には常に何かが宿っていて――
彼はいつも、私より一つも二つも先を見ていた。
戦時選抜された伝説のザフトレッドの一人。
戦術理解も、機動センスも、他の追随を許さなかった。
あの柔和な顔の下に、ザフトでもトップクラスの実力を秘めている。
大戦を終わらせた英雄、キラ・ヤマト、アスラン・ザラ、ラクス・クラインと並ぶ英雄。
ジェネシス発射を阻止し、プラントへの核攻撃も防いだ人類の救世主。
なぜ一介の教官に甘んじるのか?
その気になれば最高評議会議員だって夢ではない筈だ。
艦隊司令官にだってなれる。
出世にも世間体にも興味がないのか。
将来、軍高官を経て、最高評議会議員を目指しているアグネスとは正反対の男。
理解しがたい。
だから興味がわいた。
大戦の英雄とは、自分のアクセサリーに丁度いい。
だが自分は選ばれない。
全ての男は私を選ぶはずなのに。
わからない。
わからない。
(どうしてこんな気持ちになるのよ)
アグネスは操縦桿を握る指に力を込めた。
敵陣が目前に迫る。
無数のビームが十字路のように交差し、空を灼いていた。
ニコルの声が耳元で響く。
「アグネス! 今すぐ下がってください! 突っ込んではいけません!」
「……分かってるわよ」
答えたつもりが、自分でも驚くほど声が震えていた。
でもそれが何だというの?
今さら怖がってるなんて思われたくない。
ましてや、ニコルには。
(……大したことない)
ニコルが言った言葉が耳に残っている。
いや、正確には、「君ならできます」と言ったのかもしれない。
どっちにしても一緒だ。
私はできる。
それだけの実力はある。
突入時の速度計算は完璧だった。
角度もタイミングもベスト。
敵機は六体。
全部殲滅できる。
……できるはずなのに。
違う。
こんなはずじゃない。
もっと、はっきりした理由があるはずなのに。
任務への苛立ちか。
連携のズレか。
それとも――
そこまで考えて、アグネスは思考を乱暴に振り払った。
今は戦闘中だ。
余計なことを考えている場合じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、
それでも胸のざわつきだけは、どうしても消えなかった。
次回予告
レイの報告と共に上空を裂く光、インパルスとセイバーが戦域へ滑り込む。
乱れかけた隊形が一瞬で整い、ニコルは安堵と共に指揮を立て直す。
だがアグネスだけが僅かに突出し、歯車はまだ噛み合わない。
シンの鋭い指摘に反射的に機体を引き、胸の奥で何かが軋む。
再編された陣形は、レイの精密射撃と二機の突入で完璧に回り始める。
自分が乱していたのかという疑念が、アグネスの指先を震わせた。
それでも押し上げの指示に応え、彼女は本来の鋭さで敵を撃ち抜く。
その瞬間、ニコルの短い賞賛が届き――戦域の奥に、なお三つの重い反応が蠢いた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百十七話 噛み合わない歯車――少女の焦燥を包む仲間――