機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
百十八話 デストロイガンダム――撃てない理由を、まだ誰も知らない――
百十八話 デストロイガンダム――撃てない理由を、まだ誰も知らない――
その機体を見た時、アグネスたちは一瞬唖然とした。
通常のMSより大きいのは想定していたが。
優に二倍はあるだろう。
――大きい、という言葉では足りない。
視界の半分を塞ぐほどの巨体。
歩くだけで地面が震え、瓦礫の粉塵がふわりと舞い上がる。
あの腕が振れれば、そこに「避ける」という選択肢そのものが消える。
胸部に並ぶ砲門の数が、いやに現実的だった。
火力がどうこう以前に、あれは“都市を潰すための形”をしている。
だがニコルはかつての自分の愛機『リジェネレイト・ガンダム』を操縦していた記憶がある。
宇宙空間ならそれほど不利ではなかったが、地上では苦労させられた。
同じだ。
巨体は強みであると同時に、地上では“逃げ場のなさ”にもなる。
重い。曲がれない。追随が遅れる。
それを知っているからこそ、ニコルの思考は冷静に戦術へ落ちていく。
「みんな落ち着いて。あれは動きが遅い、特に接近戦はね。遠距離での戦いは不利だから、接近戦で対処する。前衛はシン、ルナマリア」
――遠距離が不利。
理由は単純だ。
あの巨体から放たれる拡散ビームは、射線の“太さ”が違う。
引き撃ちになれば、こちらが回避しても背後の建物や避難路を焼く。
しかも、撃ち合いを続ければ続けるほど、遮蔽物が消えていく。
この都市で戦うなら、撃たせないのが最優先。
だから接近戦。
死角へ潜り込み、砲門を封じる。
それが、ニコルの結論だった。
ニコルからの通信をアグネスは現実感無く聞いていた。
さっきからあれだけチーム戦を乱したのだから外されても仕方がない。
違う。
接近戦が得意な自分を一時の感情で外すような男なのだ。
最初から自分には釣り合わなかったのだ。
つまらない男。
そうアグネスが決めつけようとした時だ。
「……アグネス、返事は?」
「え、なに?」
「前衛はシン、ルナマリア、そしてアグネス」
「え、でも私は」
「アグネス。君が必要なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、アグネスはうっすらと涙を浮かべ口元で笑う。
何よやっぱりよくわかってるじゃない。
この中で一番優秀で頼りになるのは私だ。
ニコルが自分を認めてくれた。
それがこんなにうれしいなんて。
――違う。
「実力を評価された」だけで、こんなに胸が熱くなるはずがない。
そんな理屈は、アグネス自身が一番知っている。
でも、それを認めたくない。
認めた瞬間、自分の足元が崩れる気がする。
だから彼女は、笑ってごまかす。
これは当然。
これは戦術。
私は必要とされる存在。
ただ、それだけ。
ニコルの指揮の下、5機はデストロイ・ガンダムに対峙する。
通常の2倍近いサイズを持つ巨躯。
しかし、その動作は鈍重であり、接近戦は不得手とされていた。
それでも、巨体がそこに立っているだけで圧がある。
影が伸びる。
風が巻く。
デストロイが腕を少し上げただけで、空気がきしむように感じられた。
“遅い”のに、怖い。
“鈍い”のに、逃げたくなる。
その感覚が、背中にまとわりつく。
「各機、隊形を維持。シンは左を牽制してください。アグネスは右から突入を」
「了解」
「任せて!」
通信越しに響く声に淀みはない。
シンもルナマリアもすでに集中モードに入っている。
レイは沈黙のまま、背後へ展開し砲火支援の準備に入った。
沈黙は、怯えではない。
レイは必要なことしか言わない。
それが余計に、戦場を冷たく研ぎ澄ませる。
そしてニコルもまた、言葉を削っている。
削っているのに、判断だけは一切ぶれない。
隊が動く。
まるで最初から一つの機体だったみたいに。
「行くわよ……!」
アグネスは自分に言い聞かせるようにスロットルを押し込む。
先程までの混乱が嘘のように収まりつつある。
理由は自分でも分からなかったが、一つだけ確かなことがあった。
(ニコルは……私を見てくれてる)
それが全てだった。
これまでずっと追い求めてきたものが、今ここにある。
認められない苛立ち。
無関心のようでいて、どこまでも公平な瞳。
でも今は――違う。
公平、じゃない。
“私に役目を渡した”。
その事実だけで、体温が上がる。
心拍が少しだけ速くなる。
嫌だ。こんな自分は。
でも、止められない。
「アグネス!!右だ!!」
シンの警告。
咄嗟に反転すると、素早くスロットルを全開にする。
デストロイガンダムが胸部ビームを斉射する前に回避した。
避けた瞬間、背中がぞわりと冷える。
ビームが走れば、光の線では終わらない。
大地が焼ける。
瓦礫が溶ける。
空気が焦げる。
あれは「当たったら死ぬ」じゃない。
当たらなくても、周りが死ぬ。
アグネスの変わりようにルナマリアは苦笑気味だ。
さっさと認めればいいのに。
あんた、ニコルに恋してるのよ。
そんな事をアグネスに言ったら絶対認めないだろうけど。
アグネスの瞳が鋭く光る。
彼女の操縦はこれまでとはまったく異なる。
焦りや苛立ちが消え去り、本来の実力が全面に表れている。
(ニコルは……私の力を信じてる)
それが全てだった。
今までは、どんなに頑張ってもニコルの視線の先には自分がいなかった。
でも今は違う。
彼は確実に自分を必要としている。
自分は彼のために――戦える。
――彼のために。
その言い方が、いちいち危ない。
アグネスはわかっている。
“任務のため”と言い換えることもできるのに。
わざわざ、彼、と言ってしまう。
その癖が、腹立たしい。
でも、直せない。
「アグネス!!左のMAが前進してくるわ!!」
ルナマリアの声が鋭く響く。
だがアグネスの反応は早かった。
一瞬で敵機の進行方向を読み取り、機体を滑らせるように移動させる。
デストロイの周囲に展開していた随伴MS。
“巨体の盾”として動くそれらは、派手さはないが厄介だった。
接近戦を仕掛ける前衛の動きを塞ぎ、わずかな遅れを作る。
その遅れが、デストロイの砲門に“撃つ時間”を与える。
「そこね……!」
彼女の手に握られたトリガーが確かなタイミングで引かれた。
ビームライフルが敵MSの脚部を正確に貫通し、一機がバランスを崩す。
その“崩れ”だけで十分だった。
敵がよろめく。
盾が傾く。
前衛の通り道が、一瞬だけ開く。
「レイ!!周りのMSを撃ち落とせる!?」
ニコルの指示が飛ぶ。
レイは即座に応じて砲撃を放つ。
冷静だからこそ、外さない。
余計な感情が、引き金に混じらない。
その一撃で、敵の“配置”が変わる。
配置が変われば、戦況が変わる。
敵機が爆散する音が戦場に響く。
巨大MSを守る盾はいなくなった。
「シン!前衛を固めて!!」
「任せろ!」
インパルスが突進してビームサーベルをコクピットに突き刺そうとした時だ。
――その瞬間。
耳の奥で、音がした。
違う。
通信じゃない。
警報でもない。
戦闘音に紛れるはずのない、やけに柔らかい音。
“声”だった。
『……だめ……』
誰かが、泣きそうな声で言った。
聞き間違いじゃない。
戦場のど真ん中で、ありえないほど近い。
次の瞬間、頭の中に叩きつけるように響く。
『だめーーーーーーっ!!』
シンたちの頭の中に直接声が聞こえた。
ステラの声だ。
こんな戦場のど真ん中に、なぜステラの声が聞こえるのか。
そして――
その“声”は、懇願であると同時に、何かを止める鍵のようでもあった。
次回予告
ステラの声に動揺しつつも、少女は恐怖に駆られてデストロイを起動する。
怯えた叫びとは裏腹に、機体制御だけは異様な精度で最適解を選び続けていた。
ミサイルの雨にシンとルナは一時後退を余儀なくされ、戦場に不穏な空気が走る。
接近戦に持ち込むも、巨体は予測不能な機動で二人の刃を回避。
被弾したインパルスを庇い、隊形は辛うじて崩壊を免れる。
レイの精密射撃さえ紙一重で外れ、異常な反応速度が露わになった。
恐怖で震えながらも、少女の機体だけが冷酷に最善手を刻み続ける。
止まりたいと願いながら、少女の牙はなお戦場へ向けられていた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百十九話 怯える牙――恐怖の奥で、少女は最適解を選び続ける――