機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百二十三話 見捨てられた少女達――戦場の外で下された静かな決断――
戦況は、膠着しつつあった。
デストロイガンダムの発射するビームが地面を抉り、爆発四散した連邦軍のウィンダムが空中でばらばらに砕け散る。
だが――それだけの火力をもってしても、戦局は決定的には動かない。
ブルーコスモス側は、ユーラシア連邦から離脱しようとしたベルリンへの懲罰のため、十分な戦力を投入していた。
しかしミネルバ隊の活躍により、大半のMSは既に撃破されている。
虎の子のデストロイガンダム三機も足止めされ、もはやベルリンの完全破壊は難しい。
ウィンダムの援護がなければ、長くは戦えないだろう。
このままだと、周辺のザフト軍の援軍が到着し次第、撃退される――。
司令官ロコソフスキー将軍は、決断を迫られていた。
「エルミナ機、リュシエ機、戦闘能力一〇%低下。サリナ機は機体損傷軽微ですが──パイロットの精神安定、限界突破ラインです」
副官イリーナは、掠れた声で報告した。
額を伝う汗が、頬を滑り落ちる。
コンソールを握る指が、わずかに震えていた。
モニターに表示される三機の挙動から、目が離せない。
無意識に、唇を噛む。
もともと三人の日々の生活を見ているイリーナにとって、彼女たちは年の離れた妹のような存在だった。
こんな消耗戦に使われていいはずがない。
──だが。
ブルーコスモスの一員である彼女にとって、上官の命令は絶対だ。
そしてコーディネイター――自分の両親と恋人を殺した存在を、許すことも出来ない。
「エクステンデッドというのは、役立たずだな」
感情の色を一切含まない声で、ロコソフスキー将軍は呟いた。
作戦成功率。
敵増援到達予測。
味方損耗率。
並ぶ数値に一瞥だけを落とし、即座に結論を下す。
――作戦は失敗だ。
ロゴスに関わりの深い彼にとって、この程度の損失は取るに足りない。
だが、コーディネイターに捕らえられることだけは、耐え難い屈辱だった。
「撤退する。直ちに撤収しろ」
「ではエクステンデッドを収容して後退します」
イリーナの言葉に、将軍は即座に首を振った。
「役立たずの道具は足止めには使えるだろう。置いていけ」
「──っ! それでは、あの子達はどうなるのですか!?」
思わず声が上ずる。
だが返ってきたのは、氷のように冷たい一言だった。
「使えない道具など何の価値もない。放っておけ」
唖然としたまま、イリーナは言葉を失った。
喉の奥で、叫びたい言葉が溢れそうになる。
だが――歯を食いしばり、飲み込む。
悔しげに、拳を握り締めた。
──命令には、逆らえない。
震える指でコンソールを操作しながら、イリーナは退却準備を開始した。
この作戦は既に失敗している。
ロゴスに支援されているとはいえ、ブルーコスモスのトップ――ジブリールへの報告も避けられないだろう。
作戦を放棄し、撤退を開始するブルーコスモス。
その退路を守るように、未だ健在のサリナ機がミネルバ隊の前に立ちふさがっていた。
アグネスとニコルは、エルミナ機、リュシエ機の二機と対峙する。
シン、ルナマリア、レイも参戦しようと接近を試みるが、サリナの機体は異様なまでの堅牢さでそれを阻んだ。
三機がかりでも、崩れない。
警告音だけが、コクピットにしつこく鳴り続ける。
普通の兵士なら――とっくに心が折れている。
それでも。
サリナ機は、まだ戦っている。
だが。
その動きが、わずかに鈍った。
最初は複数機を相手にしてなお、互角以上に渡り合っていた機体。
しかし今、機動の端々に微かな遅れが滲み始めている。
限界が、近いのかもしれない。
◇◇◇
その異変に最初に気が付いたのは、戦場から離れた場所で双眼鏡を手に観察していたアスランだった。
デストロイガンダムを支援していたブルーコスモスのMSが、少しずつ後退していく。
最初は巻き添えを避けた戦術後退かと思った。
だが――違う。
あれは離脱の動きだ。
アスランの視線が鋭くなる。
シン達と互角以上に戦えるエースパイロットを、なぜ放置する?
双眼鏡を持つ手に、無意識に力が籠もった。
本来なら、巨大MAから支援要請が出ているはずだ。
単機で戦い続けるなど、戦術的にあり得ない。
通信波形も拾えない。
……意図的に、切り離されている。
アスランは奥歯を噛んだ。
──見捨てようとしている。
よく見れば、シン達と戦っている一機の動きがぎこちない。
先ほどから被弾回数も増えている。
限界が近い。
それでも、退かない。
その時だった。
「アスラン。あの子──怖がってる」
歌い終えたステラが、いつの間にか隣に立っていた。
その隣にはマユの姿もある。
ステラは、シン達と戦うデストロイガンダムを真っ直ぐに指さした。
その瞳は、揺れていない。
思いつきでも、同情でもない。
確信に満ちた眼だった。
マユも、小さく頷く。
ステラもマユも、アスランには見えない何かを感じ取っているのだろうか。
「アスランさん。あの子達、敵じゃないと思う」
マユの言葉に、アスランは一瞬考え込んだ。
現時点では、明確に敵だ。
だが――。
「アスラン。ステラわかる。あの子達……ステラと同じ」
その言葉に、アスランの表情が僅かに歪む。
地球連合が行っていた、非人道的な強化人間計画。
コーディネイターに勝つという大義名分で行われた、愚行。
その犠牲者だというのか。
……どうする。
いや、違う。
ここで考えるべきは、それじゃない。
アスランは、静かに問いかけた。
「ステラは、どうしたい?」
返ってきたのは、迷いのない声だった。
「ステラ、あの子達助ける」
「マユだって助けたい」
アスランは、わずかに目を伏せた。
戦場を見渡す。
退き始めたブルーコスモス部隊。
なおも前に残された三機。
そして――必死に戦い続けるデストロイ。
短い、呼吸。
「……わかった」
出来ないとは言わない。
だが、やると言うなら――協力は惜しまない。
アスランは戦場に乗り捨てられていたブルーコスモスのジープから無線機を外し、操作する。
断片的な暗号通信を拾う。
完全には読めない。
だが、撤退命令が出ていることだけは理解できた。
「二人とも乗れ」
そう言ってアスランはステラとマユを後部座席に乗せた。
そしてジープを発進させる。
崩れた瓦礫を乗り越え、液状化した道路を走った。
途中で破壊された戦車や痛ましい死体が見える。
死体を見るたびにステラとマユが痛々しい顔で俯く。
二人の手足が恐怖に震えているが、瞳は揺らいでいなかった。
「おい!!とまれ!!」
途中で何度か停止を命令されるが
「撤退命令が出ているんだ!!死にたいのか!!」
アスランがそう叫ぶと大慌てで逃げ支度をしだす。
彼らも見捨てられた部隊のようだ。
ザフト軍人をしていたアスランにとって、こんな規律のない軍隊は見た事がない。
正規軍なのだろうが、ブルーコスモスの部隊の中でも訓練が出来ていないのだろう。
だからこそ、撤退命令というキーワードを伝えるだけで簡単に信じてもらう事が出来る。
しばらく進むと巨大な野戦陣地に辿り着いた。
周囲に高い見張り台があり、無数の砲塔が沈黙している。
戦場特有の硝煙と火薬の匂いが漂っていた。
次回予告
瓦礫の陰から司令部へ潜入した三人は、静かに中枢を制圧する。
現場では、ある判断が下され、秘匿された命令が戦域へ送信された。
その瞬間、前線の巨影たちの挙動に、説明のつかない乱れが走る。
回避の精度が鈍り、機体の反応にわずかな遅延が滲み始めた。
異変に最初に気づいたのは、前線で対峙するパイロットたちだった。
優勢でも劣勢でもない、“止められている”ような違和感が広がる。
そして戦場全体に、思いがけない報が割り込む。
静かに下された決断が、ついに戦局そのものを揺らし始めていた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百二十四話 強制停止――戦場に走った、静かな異変――