機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百二十四話 強制停止――戦場に走った、静かな異変――
アスランはジープを止め、ステラとマユを連れて瓦礫の影に身を潜めた。
ステラは元エクステンデッドらしい無駄のない動きでアスランに追随し、自然な所作でマユを庇う位置に入る。
そのマユは、瓦礫の隙間から双眼鏡を覗き込み、司令部周辺を素早く観察していた。
わずか数秒。
だが、彼女の視線はもう迷っていない。
「アスランさん。あそこと……あそこ。それに、あそこの裏にもいます」
小さく、しかし確信のある声。
指し示された位置は、いずれも死角に近い配置だった。
ドラグーンを操るマユの空間把握能力は、静止した地上戦ではほとんど反則に近い。
二年前のヤキン・デゥーエでクルーゼのドラグーンを全て撃ち落としたほどだ。
マユにとって、この程度の配置把握はドラグーン戦闘時の空間処理に比べれば遥かに単純だった。
アスランは一度だけ頷き、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
ゆっくりと構える。
呼吸を整える。
視界の端で、見張りの兵士が気怠げに周囲を見回していた。
――まだだ。
その瞬間。
遠方でデストロイガンダムのビームが発射され、大気を震わせる轟音が戦場を覆い尽くした。
爆音が、空気を叩き潰す。
――今だ。
引き金を絞る。
乾いた発砲音は、激しい爆音の中に完全に呑み込まれた。
見張りの兵士は、自分が撃たれたことを理解する間もなく、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
アスランの視線は、すでに次の標的へ移っていた。
もう一発。
さらに一発。
外周に配置されていた見張りが、音もなく地面に伏していく。
だがアスランは気を緩めない。
双眼鏡越しに周囲の動きを再確認するマユ。
息を潜めて気配を探るステラ。
――まだ、終わっていない。
瓦礫の向こうには、ブルーコスモスの司令部が沈黙したまま横たわっていた。
司令部周辺の制圧を終えた三人は、そのまま音もなく入口へ忍び寄った。
マユは瞳を閉じ、耳に意識を集中させる。
兵士の軍用ブーツの立てる足音。
呼吸音や会話など。
マユの頭の中に正確な室内配置図が映し出された
数秒。
小さく頷き、最小限の動きでアスランに配置を伝えた。
そして自分は一歩下がり、アスランに射線を空ける。
アスランは呼吸を整え、待った。
次のビーム射撃と爆発が空気を震わせる。
――今だ。
ドアを蹴り破り、滑り込むように室内へ躍り込む。
発砲。
マユが示した位置の兵士が、何が起きたのか理解する前に崩れ落ちた。
数人が拳銃に手を伸ばすが間に合わない。
司令官ロコソフスキーと副官イリーナの瞳が驚愕に見開かれる。
イリーナも反射的に拳銃へ手を伸ばす。
乾いた銃声。
弾き飛ばされた拳銃が床を跳ねた。
その一瞬の隙。
ステラが動く。
倒れた兵士のナイフを抜き取り、流れる動作でロコソフスキーの喉元へ突きつけた。
「あの子達……やめさせて」
その瞳を見た瞬間、ロコソフスキーの表情が僅かに強張る。
――脅しではない。
長年の軍経験が、直感的にそう告げていた。
将軍はゆっくりとイリーナへ視線を向ける。
イリーナは瞬時に理解した。
侵入者は三名。
外見は民間人。
だが動きは完全に実戦要員。
コーディネイターの精鋭だろう。
そして好機だと理解する。
――今なら。
今なら、合法的にあの子達を止められる。
ロコソフスキーの視線を、彼女は降伏の意思と勝手に受け取った。
たとえこの後、軍法会議にかけられようと構わない。
それでも――。
「エルミナ、サリナ、リュシエ。直ちに戦闘停止。降伏しなさい」
小さく、息が漏れる。
これでいい。
イリーナは三人の可愛い妹を死なせなくて済んだ事に心底安堵した。
元々、強化人間など反対だったのだ。
薬物投与と洗脳で戦う兵士など人道に反する。
これでは遺伝子操作などという、おぞましい行為を行っているコーディネイターより劣るではないか。
◇◇◇
エクステンデッドには強制停止ワードが組み込まれていた。
かつては錯乱するレベルだったが、現在は技術研究が進み、命令を無視すると身体機能そのものが停止するよう改良されている。
かつてステラ達が脱走した際に考案された非常時用の措置だ。
『戦闘停止』
命令ワードを受信した瞬間、サリナの指先がびくりと跳ねた。
操縦桿を握る手に、細かな震えが走る。
機体はまだ動く。計器も正常。警告表示も出ていない。
――なのに。
スロットルを押し込んだ瞬間、反応が半拍だけ遅れた。
「……っ?」
自分でも気付かぬほど小さな息が漏れる。
次の瞬間、背骨の奥を冷たい痺れが駆け上がった。
筋肉の動きが、内側から鈍く縛られていく。
逆らえば、止まる。
本能が、それを理解してしまう。
サリナの瞳が揺れた。
回避運動が、わずかに遅れる。
ビームが肩部装甲を掠め、火花と破片がコクピットの外を流れていった。
やがてサリナは抵抗をやめ、シンとルナマリアの攻撃を避けようとしなくなる。
被弾が増え、手足が吹き飛び、デストロイガンダムの巨体が大きく上体を崩した。
そのコクピットの中で、サリナは両膝を抱え、迫る死の恐怖に震えていた。
背けば死。
無抵抗でも死。
───その異変に最初に気付いたのはルナマリアだった。
「待ってシン、様子が変よ」
ルナマリアの声には、はっきりとした違和感が滲んでいた。
「変って何がだよ?」
「このMS……何かおかしい。さっきと動きが違う」
言いながら、ルナマリアの背筋に薄い悪寒が走る。
追い詰めた動きではない。
追い詰められた動きでもない。
――止められているような。
一方その頃。
ニコルの機体が割り込んできた瞬間、アグネスの呼吸が一瞬だけ止まった。
胸の奥が、じんと熱い。
――なんでよ。
自嘲するように、唇の端がわずかに歪む。
「あなたは馬鹿よ」
ニコルに届かないほどの小声で呟いた。
本当なら、次の瞬間には終わっていたはずだった。
誰かを頼ったことなどない。
誰よりも強くあろうとしてきた。
だが――ニコルは違った。
あの瞬間、認めざるを得なかった。
自分が本当に求めていたものが何だったのかを。
その時だった。
視線の先で、デストロイガンダムの巨体が不自然なほど静止している。
ぴくりとも動かない。
コクピット越しに、かすかな震えだけが伝わってきた。
アグネスの眉が、わずかに寄る。
――何が、起きてるの……?
ビームは来ない。
代わりに、エルミナとリュシエのデストロイガンダムが、まるで糸を切られた人形のように動きを止めていた。
二人ともコクピットの中で、歯を鳴らしながら震えている。
「撃って来ない?」
「分かりません。何が起きたかは知りませんが、チャンスです。今なら安全に破壊できます」
ニコルの言葉に、アグネスは呆然と巨体を見上げた。
ついさっきまで、死と隣り合わせで戦っていた相手が――
今は、ぴくりとも動かない。
本能が、何かがおかしいと告げている。
その時。
全ベルリン市の回線を強制的に割り込む形で、通信が流れ込んだ。
『こちらはベルリン市です。先ほど地球連合軍が降伏しました。繰り返します――現在ベルリンを攻撃している地球連合軍は降伏しました。ベルリン市軍、およびザフトはただちに戦闘を中止してください』
次回予告
戦火の収まったベルリンで、前線の兵士たちは思いがけない現実と向き合う。
明らかになった真実は、勝敗とは別の重い問いを彼らに突きつけた。
怒り、戸惑い、そして守りたいという想いが、それぞれの胸に揺れる。
やがて提示された一つの選択が、場の空気を静かに変えていく。
全員が同じ方向を見据えたとき、小さな決断が下された。
別れの気配を孕みながら、救われる命と残る者の道が分かれていく。
それでも彼らは、それぞれの信じるやり方で前に進む。
戦いの余熱が残る空の下、物語は次の局面へと歩み始めていた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百二十五話 戦闘停止――救われた命と、残された者――