機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百二十六話 戦争とアイドル――若者を死地に追いやる歌――
第百二十六話 戦争とアイドル――若者を死地に追いやる歌――
ベルリン市での救助活動を行った後、ジブラルタル海峡にある基地へ向かっていたミネルバ艦内に激震が走った。
最初は先の戦闘でほぼ壊滅したベルリン市の映像が映し出され、その後に行われたギルバート・デュランダル議長の演説。
現在の戦争。
戦争を影で操る組織、ロゴスの存在。
薄暗いブリーフィングルームに、議長の低く通る声だけが静かに響いていた。
誰一人として軽口を叩く者はいない。
映像に映る瓦礫の街と、淡々と事実を告げる議長の声が、奇妙な現実感を伴って艦内に沈殿していく。
───そして
『我々はロゴスと戦う事を、ここに宣言します!!』
そうして締めくくられた宣言の言葉。
その瞬間、室内の空気が目に見えない形で張り詰めた。
誰かが小さく息を呑み、別の誰かが無意識に拳を握りしめる。
それは単なる政治演説ではない。
これから自分たちが向かう戦場の形を、明確に示す言葉だった。
───プラントの放送局で行われた映像の間、ミーア・キャンベルの心の中は大役をやり遂げなければという使命感と恋人ニコルへの想いがせめぎ合っていた。
この宣言の後、プラントとロゴスは全面戦争に突入する。
その最前線に立つニコルにもしもの事があったら。
スタジオの照明は、いつも通り眩しいほどに明るい。
だがミーアの指先だけが、衣装の裾を無意識に握りしめていた。
「ミーアはん。次は戦時国債のキャンペーンでっせ、はよ準備せな」
「はい。わかっています」
「またニコルはんの事かいな。ミーアはんに一途に想われて、ほんま幸せな男やで」
笑うプロデューサーの言葉に、ミーアは完璧な笑顔で返した。
——ちゃんと、笑えている。
鏡に映る自分の表情は、どこから見てもアイドルのミーアだった。
ラクス・クラインに変わる非の打ち所のない、プラントの歌姫。
それなのに。
胸の奥だけが、どうしても静まらない。
ニコルだけじゃない。
自分の歌が、自分の言葉が、
これからどれだけの人を戦場へ送り出してしまうのか。
——わたしは、本当に……。
そこまで考えて、ミーアは小さく息を呑んだ。
こんな顔、見せちゃだめ。
ふと鏡に映った自分の表情に気づき、ミーアは慌てて口元を引き上げる。
作り慣れた、アイドルの微笑。
それはもう、反射のように身体に染み付いていた。
「お願いニコル。無事で……無事でいて」
胸に手を当て、小さく呟く。
そして次の瞬間には、何事もなかったかのように顔を上げた。
今の自分に出来る事は、ただ一つ。
——笑顔で、歌うこと。
◇◇◇
ニコルはデュランダル議長の演説を聞いた後、食堂へと向かう。
そこにはシン達がいた。
予想通り、演説についての討論になっていた。
「随分大見えを切ったものね」
ジャーマンポテトをフォークに突き刺して言うのはアグネスだ。
彼女はためいきをつきながら言葉を続ける。
その表情は呆れたという面が濃かった。
「ロゴスって言ってもね。プラントだって関係してる企業の集まりなのよ。それって世界中の企業を敵に回すって事じゃない。どうやって戦えって言うのよ」
アグネスの言葉に反論しているのはシンだ。
以前と違って角は少し削れたが、血気盛んさは残っている。
「だからって、あんなの認められる訳ないだろ!アグネスだって見たじゃないか!ベルリンだけじゃなくてあちこちであんな事が行われてるって!」
どちらも、間違ってはいない。
ニコルは何も言わなかった。
ロゴスの中枢を断っても――
それだけで、この戦争が終わるとは思えなかった。
「だからあんたは単純なのよ。あんたが立ってる床やこのテーブル、このポテトだってみんなロゴスに関係がある企業の物なの。全部を解体なんて出来ないのよ」
アグネスは心底シンに呆れているようだ。
「だったら!」
シンの声が一段と高くなる。
「だったら俺たちが戦わないで……どうするっていうんだよ!」
シンの拳は、気づかないうちに強く握り締められていた。
爪が掌に食い込む。
それでも力は緩まない。
ベルリンの瓦礫の匂いが、まだ鼻の奥に残っている気がした。
焼けたコンクリート。
崩れた建物。
そして――泣いていた、あの子たちの目。
「……理屈は、分かるよ」
押し殺した声だった。
「ロゴスが簡単に消えないのも……全部ぶっ壊せば終わりじゃないってのも……」
一度、言葉が途切れる。
それでもシンは視線を逸らさなかった。
「でも――だからって」
ぐっと奥歯を噛み締める。
「……見捨てろっていうのかよ」
食堂の空気が、わずかに張り詰めた。
シンの脳裏に浮かぶのは、理屈でも戦略でもない。
ただ一つ。
助けを求めていた、あの小さな背中。
「ベルリンで見ただろ……!」
声が、わずかに震える。
「俺たちが動かなきゃ、ああいうのは……また繰り返されるんだぞ……!」
それは正論ではなかった。
だが、紛れもなく本音だった。
その問いは、食堂にぽつりと落ちた石のように波紋を広げていく。
誰もすぐに答えられなかった。
アグネスはポテトに視線を落とし、ルナマリアは湯気の立つスープカップを手にしたまま沈黙した。
レイは無言でコーヒーを飲んでいるが、その瞳の奥にわずかな硬さが宿っていた。
そしてレイが口を開いた。
「だがいずれ戦わなければならない相手だ。そして戦うべき時は今しかない。それとも一万年後も人類は戦い続けるのか?」
「戦ってるんじゃない?人類が戦争を止められる訳ないもの」
「戦争をするのも人なら、止めるのも人だ」
静かな声だった。
だがその一言には、普段のレイにはない硬さが滲んでいた。
アグネスが、わずかに言葉を失う。
「あたしはアグネスの言う事もわかるし、シンとレイの言う事も間違いじゃ無いと思う」
ルナマリアがそう言うと、皆の視線が一斉に彼女へ集まった。
普段は場の空気を和らげる側の彼女が、こうして議論の中心に立つのは珍しい。
ルナマリアは一瞬だけ言葉を探すように視線を泳がせ、それから小さく息を吐いた。
胸の奥が、わずかに重い。
――本当は、こんな話したくない。
戦争の理屈も、政治の思惑も、正直言って好きじゃない。
できることなら、シンと軽口を叩いて、くだらないことで笑っていたい。
けれど。
ベルリンで見た光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
瓦礫。炎。泣き声。
そして――ステラと同じ目をした、あの子たち。
目を逸らすわけにはいかなかった。
「心情的に言うと、私達だって好き好んで戦争をしてる訳じゃないでしょ?」
声は努めて平静だったが、その奥にかすかな震えが混じる。
「だけどアグネスが言うように、ロゴスなんてあやふやなものを相手にして、どうやって戦うの?どうすれば勝てるの?」
言い終えたあと、ルナマリアは無意識に拳を軽く握っていた。
感情だけでは、戦場は動かない。
それは彼女自身、これまでの戦いで嫌というほど思い知らされている。
それでも――。
視線の端で、シンが悔しそうに唇を噛んでいるのが見えた。
ルナマリアの胸が、ちくりと痛む。
(……でも、シンの言ってることも、間違ってないのよ)
だからこそ、簡単に割り切れない。
正しさと現実が、きれいに噛み合わないこの感覚が、どうしようもなく苦しかった。
ルナマリアの発言はもっともだとニコルは思う。
そもそも、戦争は話し合いをやめ暴力にうったえて始まるものだ。
ロゴスの中枢を断ったとして――
本当に、それで終わるのか。
社会の構造そのものに根を張った存在を、
ただ排除するだけで。
ニコルは小さく息を吐いた。
人が人である限り、
第二、第三のロゴスは、きっとまた生まれる。
ニコルがそう考えた後会話に入ろうとしたら、艦内放送でタリア艦長からジブラルタル入港が告げられる。
デュランダル派に潜入してからデュランダル議長と直接やりとりをする事が増え、彼の政治手腕を理解し始めていた。
自分は手を汚さない。
誰かに手を汚させたあとで調停者になる。
そういう手法にも見えた。
今回のロゴス騒ぎで、民衆は怒り狂いロゴス主要メンバーと関連企業を襲撃するだろう。
シンが言うように、こんな状態は嫌だからだ。
だがアグネスが言うように、完全にロゴスは排除できない。
ニコルは小さく息を吐き、天井を見上げた。
なぜ僕達の世界はこんなに救いが無いのだろう。
みんなただ幸せになりたいだけなのに。
次回予告
――世界は今、ひとつにまとまろうとしていた。
かつて敵だった者たちが、同じ空の下に集う。
その光景は、希望にも――見えた。
だが。
静かな海の底で、別の流れが動き出している。
選ばれる力。
託される未来。
そして少年は、まだ知らない。
その一歩が、何を背負うのかを。
――DESTINYは、新たな姿を与える。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百二十七話
運命の受領――少年は、次の戦場へ踏み出す――