機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百二十八話 揺れる距離――仲間と、そして未来と――
ハンガーでMSヴァルキュリアを見上げてルナマリアは誇らしげに笑う。
自分の働きが正当に評価されたのと、デュランダル議長の信頼があつい事を知ったのだ。
背中に生えたスラスター部はまるで天使の羽のようだった。
ルナマリアのパーソナルカラーの赤も反映されていて、身体を炎で包む戦乙女のようだった。
MAに変形すれば戦闘機状態になるなど、セイバーに慣れたルナマリアの特性を理解している。
(これならどこまでも飛んで行ける)
「ルナ、そろそろ飯食いに行かないか?」
シンに声をかけられてルナマリアは頷いた。
今はレイ、ニコル、アグネスと共に夕食を取る為、食堂へ向かう途中だった。
ジブラルタル基地に駐留するザフトや連合のパイロットや兵士が、あちこちのテーブルで食事を楽しんでいた。
基地内の空気は弛緩していて、みんな笑顔を見せていた。
今日のメニューはステーキとポテトの付け合わせだ。
いつもはパイロット皆と打ち合わせをかねて食事だが、ニコルとレイは打ち合わせで欠席し、アグネスは機体の整備に忙しい。
「それにしてもアグネスったら、こんな時でも整備に没頭してるなんて。ちょっと変わったわよね」
窓の外では、整備クルーが行き交っている。
その背中は忙しなく、それでもどこか落ち着いていた。
「ああ」
シンは短く相槌を打つ。
ポテトを噛む音がやけに静かに響く。
「前はこういう時間にも俺たちと一緒に飯食ってたのに。最近は一人でコックピットにこもってるし、話しかけても素っ気ない時あるしな」
ほんの少しだけ、寂しそうな声。
「気持ちはわかるけどね」
ルナマリアはフォークを置く。
紅茶の表面に、天井の灯りが揺れて映っていた。
「エグゼキューターってかなり複雑らしいし。議長の期待も大きいだろうからプレッシャーもあるんでしょう」
ルナマリアは紅茶の縁に指先を滑らせながら、ふと視線を落とす。
それだけではない、と心の中で続けた。
ベルリン戦の後、整備ハンガーで見かけた光景を思い出す。
アグネスが、珍しく真剣な顔でニコルの話を聞いていた。
「よく支えてくれたね。ありがとうアグネス」
ただ一言。
ニコルがそう言っただけだ。
けれど、その時のアグネスの表情は、まるで初めて勲章をもらった子供のようだった。
議長の期待も重いだろう。
だが――
ニコルに認められた。
それが、あの子の背中を押している。
ルナマリアは知っている。
アグネスは、思っている以上に一途だ。
「それ以上に、ニコルに認められたのが嬉しいんでしょうね」
ぽつりと付け加える。
シンは一瞬きょとんとした後、納得したように小さく笑った。
「……ああ、ありそうだな」
その短い同意が、どこか優しかった。
ルナマリアは肩をすくめながら、紅茶の湯気越しにシンを見る。
湯気がふわりと揺れ、夕方の光を柔らかく滲ませた。
「あの子、あれで努力家なのよ」
「そうなのか?」
「訓練も授業も、誰よりも真面目だったわ。見せないだけで」
シンは少し意外そうに目を瞬かせる。
皿の上のステーキから立ち上る香りが、やけに穏やかに感じられた。
ルナマリアはフォークでポテトを転がす。
カチ、と陶器に当たる小さな音が、食堂のざわめきの中に溶けた。
「そうは見えないな」
シンは苦笑する。
照明に照らされたテーブルの木目が、妙に落ち着いた色をしている。
「そう見えないように振舞ってるもの」
ルナマリアはくすりと笑う。
その笑い方は、戦場で見せる鋭い表情とは違っていた。
「ニコルって、そういうところ気づくのよね」
「そうなのか?」
「アグネスの扱い上手いのよ。褒めて伸ばす?」
(……こんな会話ができるのも、戦場じゃないからこそか)
「でもさ」
ナイフを置き、シンは少し身を乗り出す。
遠くのテーブルから弾ける笑い声が、ふっとこちらまで届いた。
「ヴァルキュリア、カッコよかったな。特にあの可変機構、空飛ぶ時は鳥みたいだった」
言葉と同時に、シンの瞳がわずかに輝く。
純粋に“いいもの”を見た時の顔だ。
「でしょう?」
ルナマリアは嬉しそうに目を細める。
テーブル越しに差し込む夕光が、赤い髪を淡く照らした。
「議長も『ルナマリア君の自由な動きに最適化した』って言ってたし。なんか……私のために作ってくれたんだなって感じたの」
その言葉の奥にある誇らしさを、シンはちゃんと受け取っている。
「俺も同じだよ」
即答だった。
迷いも、照れもない。
ルナマリアの胸が、ほんの少しだけ温かくなる。
「デスティニーは絶対俺専用だって感じる。武器も多いし機動性もすごそうだし……早くテストしたい!」
子供のような声音。
戦場で見せる激しさとは違う、無邪気な高揚。
「まあまあ、焦らないで」
ルナマリアは笑いながらも、どこか安堵する。
こうして笑っているシンを見るのは、久しぶりな気がした。
シンは水を一口飲み、ふと思い出したように言った。
「そういえばさ、さっき連合のパイロットと同じテーブルになったんだ」
ルナマリアは少しだけ眉を上げる。
「気まずくなかった?」
「最初はな。向こうもこっちも様子見って感じでさ」
ステーキの皿に視線を落としながら、シンは苦笑する。
「でも、普通に『そのソースうまいな』とか言われてさ。なんか拍子抜けした」
ルナマリアは小さく笑った。
「昔のあんたなら、殴り合いになってたわよ。ステラのお陰ね」
「……そんなに短気じゃない」
少し間を置いてから、シンは苦笑する。
ほんの数日前まで銃口を向け合っていた相手。
ベルリンの空で撃ち合った機体のパイロットかもしれない。
それでも今は、同じ食堂で同じ肉を食べている。
「変な感じよね」
「ああ。でも……悪くない」
シンは静かに言う。
その声音には、怒りよりも戸惑いが勝っていた。
かつてなら、敵は敵でしかなかった。
今は違う。
それが良いことなのかどうか、まだ分からない。
けれど――
少なくとも、あのまま殺し合うよりはずっとましだ。
ルナマリアはそんなシンの横顔を、そっと見つめた。
少し間を置いて、ルナマリアは話題を変える。
「レイ、最近議長とよく話してるわよね」
「ん?」
「さっきも呼ばれてたし。前より距離が近い気がする」
シンはフォークを止める。
「あいつは昔から議長のこと尊敬してるだろ」
「そうだけど……レイ、最近少し冷たい気がするの」
「何か考え事が多いよな」
言葉を濁す。
レイは冷静で、優秀で、揺らがない。
だからこそ、議長の傍に立つ姿が妙にしっくり来てしまう。
それが、少しだけ不安だった。
「議長もレイを信頼してるんでしょうね」
「だろうな。レジェンドだってレイ向きだし」
シンはあっさり言う。
疑っていない。
深く考えてもいない。
それがシンらしい。
ルナマリアは紅茶を口に含みながら、思う。
(信頼って、強いわよね)
良くも、悪くも。
「シン、外の空気吸いに行かない?」
食堂の空気は温かい。
けれど、どこか満ちすぎている。
「いいぞ。ずっと艦内だと息が詰まるからな」
「戦争が終わったら、外で食事がしたいわね」
「基地のメシよりうまいとこがいいな」
「ステラと三人でね」
二人は並んで歩き出す。
肩が触れそうで触れない距離。
抱擁には遠く、ただの仲間には少しだけ近い距離。
次回予告
――守るという想いは、それぞれに形を変えていく。
遠く離れた場所で、誰かの未来を願いながら。
同じ空の下で、それぞれの役割を見つめていた。
強さとは、ただ戦うことではない。
誰かを支え、包み込むこともまた――力。
揺れながら、それでも選び続ける心。
言葉にしない想いが、静かに積み重なっていく。
――その優しさが、戦場で試される。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百二十九話 包む者――それが私の戦い方――