機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第十三話 盾の誓い

第十三話 盾の誓い

 

 夜の湖が、静かに息をしていた。

 風が波を撫で、細い音を立てる。

 月が高くて、水面が銀色にきらめいていた。

 

 ステラの歌声が、その光の上を滑っていく。

 柔らかくて、少し切なくて、でもどこか温かい。

 ――あの日と同じ声。あの焦げた中庭で聴いた、あの歌。

 

 ルナマリアは、ただ立っていた。

 近づくことも、声をかけることもできなかった。

 笑う二人――ステラとシン――を見ているだけで、胸がちょっと痛くなる。

 

 (また……だめだな、私)

 

 笑っているのに、息の奥が熱い。

 ステラの声が風に溶けて、ルナマリアの中に流れ込んでくる。

 やさしい音なのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。

 

 「ルナ?」

 

 不意に、シンが顔を上げた。

 視線がぶつかる。

 ルナマリアは、反射的に笑った。

 

 「あっ……ちょっと、風にあたってただけ!」

 

 「また報告書か?」

 

 「うん、まぁ……そんなとこ」

 

 自分でも声が少し上ずってるのがわかった。

 シンが笑って、ステラも小さく手を振る。

 

 「ルナマリア、座って」

 

 「……いいの?」

 

 「うん。風、きもちいい」

 

 ステラの隣に腰を下ろす。

 湖の匂いがして、夜風が頬に触れた。

 少しひんやりして気持ちいいのに、胸の奥が熱い。

 

 ステラがまた歌い始める。

 悲しいのに、優しい。

 まるで人の痛みを包むみたいな歌。

 歌の途中で、シンが静かに目を閉じる。

 光の下で、彼の横顔が穏やかだった。

 

 (……シン、そうやって笑ってるのが一番好きなんだね。ステラ)

 

 ステラの歌が終わったあと、風だけが残った。

 その静けさの中で、ステラがぽつりと言った。

 

 「ねえ、ルナマリア」

 

 「うん?」

 

 「シンのこと、好きなんだね」

 

 ……息が止まった。

 何かが心臓の奥で“跳ねた”みたいに。

 

 「えっ……な、なにそれ……」

 

 笑おうとしたけど、うまく笑えなかった。

 喉が乾く。

視界が少しぼやける。

 ステラはただ、微笑んでいた。

 優しくて、まるで見透かすような目で。

 

 「うん。わかるよ。ステラも、同じだから」

 

 その一言で、世界が少し傾いた気がした。

 ルナマリアは俯いた。

 顔が熱い。

 胸が痛い。

 息が浅い。

 

 ───心が痛んだ。

 

 「ち、違うの! 私、そんなつもりじゃ――あんたたちのこと、応援してるし……!」

 

 「うん、知ってる。ルナマリア、優しいもん」

 

 ステラの声が、やわらかく風に溶けた。

 その優しさが、逆に痛かった。

 

 「シンはね、たくさんの人に想われてる。

  それって、すごいことだよ。

  シンが優しいから、みんなシンを好きになる。

  ステラね、嬉しいの。ルナマリアがシンを好きで」

 

 「……え?」

 

 「だって、シンは、そんなルナマリアに想われてるんだもん。

  だから、傷つかなくていいよ」

 

 ステラの言葉が、湖の波みたいに心に広がった。

 ルナマリアは何も言えなかった。

 ステラは……本当にすごい。

 研究所は辛い事ばかりだったはずなのに、人を傷つける言葉を一つも言わない。

 

 「ねぇ、ステラ」

 

 「うん?」

 

 「どうして、そんなに優しくできるの?」

 

 ステラは首をかしげて、少しだけ考えてから言った。

 

 「シンが笑うのが好き。

  笑ってると、世界がちょっときれいに見えるから。

  だから、シンが笑ってるなら、なんでも頑張れる」

 

 ルナマリアは目を伏せた。

 視界の端で、シンは夜空を見て笑っている。

 それを見ている自分の胸が、ずきんとした。

 

 (私も……同じだよ。

  笑ってるシンを見てると、泣きたくなるくらい嬉しいのに。

  でも、その笑顔は、私じゃない。

  ステラに向いてるんだよね)

 

 唇が震えた。

 息を吸い込んでも、空気が重くて喉を通らなかった。

 

 「……私、だめだな」

 

 「え?」

 

 「忘れようと思ってたのに、どうしても無理みたい」

 

 ステラがそっと手を伸ばして、ルナマリアの手を握った。

 その手は温かかった。

 

 「忘れなくていいよ」

 

 「……でも、ステラ……」

 

 「シンを想うルナマリアの気持ち、きれいだもん」

 

 その言葉が、胸の奥で弾けた。

 涙が出そうになって、慌てて顔を背ける。

 

 シンが二人を見て、ちょっと困ったように笑った。

 

 「なんだよ二人して……まるで秘密話してるみたいじゃないか」

 

 ステラが笑って立ち上がる。

 

 「シン、ルナマリアも一緒にご飯食べよう?」

 

 「お、おう!」

 

 ステラが幸せそうに笑いながら振り向いて、シンとルナマリアの手を引く。

 ルナマリアはついて歩きながら、二人の背中を見つめた。

 その距離が、少しだけ遠い気がして。

 でも――それでいい、と思った。

 

 (ステラがいるから、シンは笑える。

  私は……あの背中を守る)

 

 夜風が吹いた。

 ステラの歌の残響が、まだ耳の奥に残っている。

 それが、痛みを包むように、静かに流れていった。

 

 「私は――盾になる」

 

 誰にも聞こえない声で呟いた。

 シンと、ステラ。

 二人の笑顔を、守ってみせる。

 

 夜の湖がゆらめいた。

 光が揺れて、まるで頷くみたいにきらめいた。

 ルナマリアは小さく笑った。

 涙で滲んだ景色の中で、それでもちゃんと、前を向いていた。

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