機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百二十九話 包む者――それが私の戦い方――

 第百二十九話 包む者――それが私の戦い方――

 

 潮風が頬を撫でる。

 塩の匂いを含んだ風が、軍服の襟元をすり抜けていく。

 西の空は燃えるような朱に染まり、ゆっくりと溶けるように海へ沈みかけていた。

 波は穏やかで、桟橋に寄せては引き、規則正しい音を刻んでいる。

 

 「……ステラとマユちゃんに会えたのに残念だったね」

 

 「仕方ないけどな。あそこにステラ達がいたらおかしいって俺でもわかるさ」

 

 シンの声は落ち着いている。

 だがその横顔は、夕日に照らされてどこか影を帯びていた。

 沈みゆく太陽が彼の頬を赤く染め、その瞳の奥に小さな光を宿す。

 

 「あの子達、無事にハーバーコロニーへ行けたかしら」

 

 遠くでクレーンがゆっくりと動き、金属の軋む音が微かに響く。

 ベルリンの廃墟で見た、怯えた瞳が脳裏をよぎる。

 冷たい床、無機質な照明、無自覚な殺戮をさせられた子供たち。

 海の匂いは、あの場所とはあまりに違う。

 

 ドミニオンに預けられ、ハーバーコロニーへ移送された時、ルナマリアは胸を撫で下ろした。

 夕焼けに照らされた海面は、まるで何もなかったかのように穏やかだ。

 

 「少なくとも、もう戦場には戻らない」

 

 シンは静かに言う。

 背後で旗がはためき、その影が甲板に揺れた。

 守るために戦う、と決めた少年の背は、以前よりもわずかに広く見える。

 

 「……マユもな」

 

 低く落ちた声が、波音に溶ける。

 

 夕日が海に半ば沈み、光はやわらかい橙へと変わる。

 

 「ニコルがいるしね」

 

 何気ない言葉。

 だがその指先は、無意識に手すりを握っていた。

 

 ニコルは信頼している。

 戦場で背中を預けられる男。

 冷静で、優しくて、誰よりも周囲を見ている。

 

 それでも。

 

 マユは、ずっと自分の後ろに隠れていた。

 夏の強い日差しの下、転んで膝を擦りむき、

 「お兄ちゃん、痛い」と涙目で見上げた小さな顔。

 その時の空の青さまで、思い出せる。

 

 胸の奥が、わずかに波立つ。

 

 「取られた気分?」

 

 ルナマリアが笑う。

 風が彼女の赤い髪を揺らし、夕光を受けて淡く光る。

 

 「取られてねぇよ」

 

 即答。

 だが海を見つめる目は、少し遠い。

 

 ニコルなら安心だ。

 あいつなら、任せられる。

 それでも――兄という立場は簡単には降ろせない。

 

 夕日が完全に沈み、空は紫から群青へと色を変えていく。

 港の灯りが一つ、また一つと灯り始めた。

 

 海の向こうに、大人になったマユの姿を思い描く。

 コロニーの人工空の下、柔らかな光に包まれて笑っている姿。

 

 ニコルが隣に立っているだろう。

 あいつはきっと、少し距離を保ちながら歩く。

 触れそうで触れない距離で、でも確実に守れる位置にいる。

 

 マユは昔からそういう優しさに弱い。

 

 強引に引っ張るタイプよりも、

 気づけば隣にいてくれる人を選ぶ。

 

 小さい頃、泣き虫だったあの子は、

 転んでもすぐに立ち上がれなかった。

 「お兄ちゃん、手ぇ」と差し出してきた小さな掌。

 

 あの掌は、今はもう自分のものじゃない。

 

 寂しさがないと言えば嘘になる。

 だが、それ以上に――

 

 あいつが選んだのがニコルであることに、

 妙な安心を覚えている自分がいる。

 

 兄としての役目は、終わらない。

 ただ、独り占めする時代が終わっただけだ。

 

 「マユが笑ってるなら、それでいい」

 

 夜風が静かに吹き抜ける。

 波は変わらず、同じ音を刻み続けている。

 

 ルナマリアは横目でシンを見る。

 街の灯りを映した瞳は、もう怒りではなく、守る覚悟を宿している。

 

 「ハーバーコロニーなら大丈夫よね」

 

 「ステラ達ならきっと大丈夫だ。アスランが守ってくれる」

 

 その声は、夜の始まりに溶けた。

 

 空には最初の星が瞬き始める。

 

 「シンってわかりやすいわよね」

 

 「そうか?」

 

 「ステラの話してる時、生き生きしてる」

 

 胸の奥が、ほんの少しだけ疼く。

 けれど、その痛みはもう刺さるものではない。

 

 「シン」

 

 「なんだ?」

 

 夜の風が二人の間を通り抜ける。

 

 「この戦争が終わったら、幸せになりたいわね」

 

 遠くの灯台がゆっくりと光を回す。

 

 「なんだよそりゃ」

 

 その笑い声が、夜にやわらかく響く。

 

 「なんでもないわよ」

 

 言わなかった言葉は、波間に沈める。

 

(好きよ、シン)

 

 夜の海は広く、静かだ。

 

 ステラの笑顔が浮かぶ。

 あの子は今、どんな顔で空を見上げているだろう。

 

 出会った頃のステラは、

 壊れかけた硝子みたいな目をしていた。

 触れれば砕けそうで、

 それでも必死に立っていた。

 

 今は違う。

 

 笑うことを覚えた。

 自分の名前で呼ばれることを覚えた。

 誰かの隣に立つことを覚えた。

 

 それでも――

 

 夜になると、不安になることもあるはずだ。

 過去が夢に出ることもあるはずだ。

 

 シンは、誰よりも自分を後回しにする。

 守ると言って、無理をする。

 

 ステラは全部信じる。

 人を信じて、無理をする。

 

 似た者同士だ。

 

 だからこそ。

 

 壊れる前に、支えが必要だ。

 

 ルナマリアは静かに息を吐く。

 

 自分は奪わない。

 割って入らない。

 

 ただ、横に立つ。

 

あどけなく、危うく、それでも強くなろうとする少女と、何もかも抱え込もうとする不器用な男の、すぐ横に。

 

 だからこそ――

 

(だったら、私がまとめて面倒見ればいいじゃない)

 

 ルナマリアは手すりに指を置いたまま、静かに海を見つめる。

 冷たい金属の感触が、現実を確かめるように掌に伝わる。

 

 私は、守られる側じゃない。

 

 戦場で何度も引き金を引いた。

 仲間を失う恐怖も、置いていかれる痛みも知っている。

 それでも立っている。

 

 強いからじゃない。

 倒れている暇がないだけだ。

 

 ステラは守られる儚さを持っている。

 シンは守る強さを持っている。

 

 だったら私は――

 

 支える強さでいい。

 

 揺れたときに踏みとどまらせる。

 間違えそうになったら引き戻す。

 二人が互いだけを見て視野を狭めたら、外側から叩いてやる。

 

 泣くなら泣けばいい。

 怒るなら怒ればいい。

 

 でも、壊れるのだけは許さない。

 

 恋に溺れるほど、私は弱くない。

 

 好きだからこそ、冷静でいられる。

 

 それが、私の戦い方だ。

 

 誰にも決められたわけじゃない。

 私が選んだ立ち位置だ。

 

 夜風に髪を揺らしながら、ルナマリアは微笑む。

 

「ちゃんと守りなさいよ」

 

「……ああ」

 

「あの子を泣かせたら承知しないわよ」

 

「お、おう……」

 

 港の灯りが二人を照らす。

 夜は深まるが、闇は冷たくない。

 

(あんたも含めてよ)

 

 星が増えていく空を見上げながら、彼女は思う。

 

 シンがステラを守るなら。

 あの子も、あんたも。

 私はシンごと守る。

 

 海は静かに、変わらぬリズムで波を打ち続けていた。

 

 次回予告

 

 ――想いは、必ずしも同じ形で届くとは限らない。

 

 寄り添う優しさも、

 すれ違う選択も、どちらも嘘ではなくて。

 

 差し出された手を、取れない理由がある。

 守るために、踏み込めない距離がある。

 

 それでも人は、誰かを想い続ける。

 

 歌は、ただ一人へと向けられていた。

 

 ――その祈りは、どこへ届くのか。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第百三十話 愛の歌───応えられない想い

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