機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百三十三話 引き金の向こう側――守るべき命がある――
シン達の穿った穴から、ザフト軍のMSが大挙して進撃してきた。
海岸線はすでに爆撃で抉られ、黒く焦げた砂と砕けたコンクリートが入り混じっている。
その裂け目のような突破口へ、次々と機影がなだれ込んでいった。
爆風に巻き上げられた砂塵が低くたなびき、視界の端でゆらゆらと揺れている。
まるで大地そのものが呼吸しているかのように、戦場は不気味に脈打っていた。
水陸両用MSアッシュが上陸を開始し、海面を割って姿を現す。
その脚部が水を蹴り上げ、白い飛沫が霧のように舞う。
潮と焦げた油の臭いが混ざり、コックピットのフィルター越しでもわずかに感じられた。
ヘルメットの内側にこもる湿った空気が、じわりと肌にまとわりつく。
息をするたびに、戦場の匂いが肺の奥へ沈んでいくようだった。
ロゴス側の砲撃が雨のように降り注ぐ。
対艦砲の重低音が空気を震わせ、着弾のたびに地面が跳ね上がる。
衝撃はコックピット越しでもはっきりと伝わり、機体がわずかに軋む。
それでもアッシュは止まらない。
弾幕をかいくぐり、港湾施設へと突き進む。
前へ進む以外に、生き残る道がないとでも言うように。
崩れかけたクレーンが傾き、コンテナが炎を上げて転がる。
燃料に引火したのか、炎は粘つくように地面を這い、黒煙を吐き続けていた。
すでにここは港ではなく、戦場だった。
いや――最初からそうだったのかもしれない、とシンは一瞬だけ思う。
───その時だ。
耳をつんざくビームの轟音。
空気が焼ける匂いとともに、白い閃光が走る。
光が視界を塗り潰し、一瞬、何も見えなくなる。
先頭を進んでいたアッシュが、一瞬で消えた。
蒸発した装甲の破片すら残らない。
そこにあったはずの質量が、まるで最初から存在しなかったかのように消失する。
続いて後方の艦船を貫通。
遅れて爆発。
内部から膨れ上がる炎が船体を裂き、海面へと叩きつける。
衝撃で海水が大きく跳ね上がり、黒煙と混ざって灰色の霧を作る。
重い鉄の塊が沈んでいく鈍い音が、水を通して響いた。
その音は、妙に現実感を伴ってシンの耳に残る。
煙と炎の向こう。
ゆっくりと姿を現したのは――
五つの巨影。
デストロイガンダム。
その巨体は、まるで動く要塞だった。
ただそこに立っているだけで、周囲の空間を圧迫するような威圧感を放っている。
砲門が一斉に開き、無機質な光が蓄えられていく。
ビームが放たれる。
空気が裂け、海面が蒸発し、近づいたMSがまとめて薙ぎ払われた。
爆発すら許されず、ただ光の中で消える。
光が通り過ぎた後、そこには何も残らない。
音だけが遅れて追いかけてくる。
圧倒的だった。
シン達の視界にも、その光景ははっきりと映っていた。
センサーが警告を鳴らし続け、画面には赤い警戒表示が溢れている。
だが、それ以上に――
身体が、理解していた。
これは、勝てる相手ではないと。
シンもルナマリアも、皆がビームライフルを構える。
だが――撃てない。
引き金にかけた指が、動かない。
ほんのわずかに力を入れれば、それで終わるはずなのに。
あの中にいるのは敵ではない。
年端も行かない子供だ。
デストロイの装甲の奥。
あの中に、今も震えながら戦わされている子供がいる。
「どうするニコル!?あの中には!」
シンの叫びに、誰もが言葉を失う。
戦場の音が、遠く感じられる。
爆発も銃声も、すべてが水の底から聞こえてくるように鈍くなる。
代わりに、自分の心臓の音だけがやけに大きく響いていた。
敵が軍人なら撃てる。
だが、これは違う。
強制されている子供だ。
ノイズに混じって、声がした気がした。
怖い……撃たないで。
そんな、かすかな声。
聞こえるはずがない。
通信にそんな回線は開かれていない。
だが確かに、耳に残る。
今も、あの中で震えている。
子供用のパイロットスーツに身を包まされ、逃げ場もなく、
何が起きているのかも分からないまま、戦場の中心に放り込まれている。
シンは唇を強く噛んだ。
血の味が広がる。
その生々しさだけが、今ここが現実だと教えてくる。
「こんなの、撃てる訳ないだろ」
吐き出すような言葉。
だがその間にも、ビームが味方を薙ぎ払っていく。
海面に炎が広がり、黒煙が空を覆う。
焦げた残骸が降り注ぎ、機体の装甲をかすめていく。
このままでは被害が増える一方だ。
撃つか。
撃たないか。
その選択が、今この瞬間に迫っていた。
シンが決断しかけた、その時。
「僕が囮になって引き付けます。その間に手足を狙って無力化してください」
ニコルの声が、静かに割り込む。
その声だけが、不思議と揺れていなかった。
戦場の喧騒の中でも、はっきりと聞こえる。
そう言ってニコルのリジェネレイトはMA形態になる。
まるで甲殻類のように、四本の爪を思わせる手足で一機のデストロイガンダムに組み付いた。
突然の事にデストロイガンダムはバランスを崩す。
同等の巨体同士がぶつかり合い、鈍い衝撃が海面を震わせた。
そしてニコルは、そのまま押し込むようにリジェネレイトでデストロイを抑え込んだ。
「いまだ!」
「了解!」
「任せて!」
DESTINYが対艦刀を振るい、エグゼキューターがビーム薙刀を閃かせる。
狙うのは破壊ではない。関節。
巨体の手足が次々と切断され、火花と破片が周囲に散った。
尚も抵抗するデストロイに、ニコルは音波衝撃波を至近距離で照射する。
見えない振動が内部へと叩き込まれ、機体の動きが一瞬、止まる。
パイロットが気絶したのだ。
本来は対歩兵装備だが、咄嗟にこうした使い方も可能だった。
次の瞬間――完全な沈黙。
暴れていたデストロイガンダムが、力を失ったように動きを止める。
その瞬間、歓声が上がる。
破壊でも、撃墜でもない。
――止めたのだ。
◇◇◇
「二号機沈黙! 三号機も組み付かれました!」
「ええい、何をやっている! 第六大隊のMSとMAを奴らに集中しろ!!」
ヘブンズベース基地司令の怒号を聞きながら、ロード・ジブリールは膝の上の猫を撫でつつ、忌々しげにモニターを睨む。
予想以上に敵は手ごわかった。
デュランダル議長を引き寄せたまではよかったが、これでは罠にはまったのはこちらではないか。
幸い、大気圏降下してきたザフト軍は全滅させた。
だが、それでも戦況は不利だった。
それもこれも、ザフトが投入してきた五機のガンダムのせいだ。
しかも連携が神がかっており、まったく隙がない。
あの五機のせいで前線は食い破られ、崩壊しかかっている。
今は第二線で辛うじて食い止めているが――
このままでは、目の前のロゴスの老人たちと共に捕虜となり、裁判で死刑を待つばかりになる。
ならば、逃げるしかない。
中立国のスカンジナビア王国も、オーブも受け入れてはくれないだろう。
なら――月に逃げるしかない。
ジブリールは、目の前で狼狽えるロゴスメンバーの老人たちを見捨て、脱出の算段を進めていた。