機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百三十四話 終わらせる者――逃げ場のない空へ――
ヘブンズベースは陥落しつつあった。
MS隊もMA隊も突破され、各地で包囲されている。
スクリーンに映るのは、絶望的な戦況を示すものばかりだった。
赤く点滅する警告表示。途切れ途切れに入る悲鳴混じりの通信。
爆発の衝撃で映像が歪み、ノイズが走る。
戦況図のラインは崩れ、制圧区域は急速に塗り替えられていく。
それはもはや戦闘ではなく、崩壊だった。
戦争の専門家ではないロゴスメンバーたちも、長年の勘と数値の低下で事態を理解していた。
顔色を失い、言葉を失い、ただ画面を見つめるしかない。
「駄目です! デストロイ全機沈黙!」
報告が、止めを刺す。
虎の子のデストロイガンダムが、シン達の手で無力化された。
それが意味するのは、ただ一つ。
もはや、この戦闘に勝ち目はない。
「ジブリール、どうするんだジブリール!」
縋るような声が上がる。
だが――
そこにいるはずの男は、すでにいなかった。
◇◇◇
ジブリールは、脱出シャトルへと続く廊下を走っていた。
足音が硬い床に反響し、やけに大きく響く。
まったくの計算外だ。
ギルバート・デュランダルをおびき寄せ、奴らもろとも吹き飛ばす。
完璧な計画のはずだった。
それが、たった五機のガンダムによって覆された。
壁の照明が明滅する。
遠くで爆発音が響き、床がわずかに揺れた。
基地そのものが、崩れ始めている。
それでもジブリールは走る。
まだ死ぬ訳にはいかない。
自分には使命がある。
あの薄汚い遺伝子操作の化け物から、人類を救うという崇高な使命が。
特別な人間である自分が、ここで終わるはずがない。
「そうとも……まだ私には切り札がある。月に行けば、あれがある!」
荒い呼吸が通路に響く。
額には脂汗が滲み、顔は恐怖と焦燥で歪んでいた。
追い詰められている自覚が、思考をさらに歪ませる。
「私は逃げるのではない……私こそが人類の救世主となるのだ!」
自己正当化だけが、彼を支えていた。
やがて扉が現れる。
厳重なロックと監視装置に守られた、脱出用シャトルの入り口。
震える指でパスコードを打ち込む。
認証音。ロック解除。
ドアが開くと同時に、外光が差し込んだ。
焼けた空気と、噴き上がる炎の匂い。
ジブリールは安堵の息を吐く。
ドアの向こうでは、若い士官が待っていた。
まだ二十代。顔には緊張が浮かんでいる。
ジブリールはそれを一瞥するだけで、悠然とシャトルに乗り込んだ。
逃げる男の姿ではない。
自分こそが選ばれた存在であるという、歪んだ確信。
「こういう時は I shall return とでも言うべきかな」
皮肉めいた笑みを浮かべる。
「もっとも、こんな辛気臭い基地に戻るつもりなどないが」
次の瞬間、シャトルが轟音を上げた。
ブースターが点火し、灼熱の炎が後方に吹き出す。
地面が震え、周囲の瓦礫が跳ねる。
急激な加速。
機体が空へと持ち上がる。
内装の簡素さに眉をひそめながらも、ジブリールは満足げに背を預けた。
その時、ふと思い出す。
――猫を、置いてきた。
わずかな違和感。
だが、すぐに意識から消えた。
◇◇◇
その轟音を、シン達は見逃さなかった。
焼け焦げた大地の上、煙の柱がいくつも立ち上る。
崩れ落ちる施設、爆発する弾薬庫、逃げ惑う残存兵力。
その中を、一本の炎の軌跡が空へと伸びていく。
明らかに要人を乗せた脱出シャトルだった。
「ルナ!」
シンの声が飛ぶ。
だが、その返事を待つ間もなく――
ヴァルキュリアは動いていた。
機体が変形し、空気を裂く。
スラスターが唸り、音速を超える衝撃が周囲の煙を吹き飛ばす。
一直線。
ただ一つの目標へ。
「逃がさない」
ルナマリアの視界に、燃え上がる戦場が映る。
その奥に、ベルリンで見た光景が重なる。
泣いていた子供たち。
怯えた目。
震える声。
戦争だから。
そんな理由で、あの子たちを使い捨てていいはずがない。
ヴァルキュリアはさらに加速する。
大気が擦れ、機体表面が熱を帯びる。
距離が詰まる。
逃げるシャトルの輪郭が、はっきりと視認できる。
ロックオン。
電子音が響く。
ピピピピピ――
照準が固定される。
この距離、この角度。
引けば――確実に、殺す。
指が、止まる。
もし、あれが民間人だったら。
だが、この状況でそんな可能性は低い。
それでも。
「こちらザフト軍。貴船を射程圏内に捕らえたわ。直ちにブースターを停止し、降伏しなさい」
一度だけ。
警告。
「従わない場合は、撃墜する」
◇◇◇
シャトル内部。
警告音が鳴り響く。
「ロックオンされています! 降伏を――」
「黙れ!」
ジブリールが怒鳴る。
「逃げろ! 逃げるんだ! 大気圏まで出れば追っては来られん!」
「他の連中はどうするのですか!?」
若い士官の叫びに、ジブリールは一瞬だけ顔を歪め――すぐに吐き捨てた。
「あんな老いぼれ共に何の価値がある!世界に必要なのは私だけだ!」
その声には、もはや威厳はなかった。
ただの恐怖と焦燥。
かつて世界を動かしていた男の面影は、どこにもない。
◇◇◇
ルナマリアは、唇を噛む。
視界の奥に、あの子たちの姿が浮かぶ。
デストロイの中で、震えていた子供たち。
――許せない。
(あの子たちみたいなのを……もう増やさない)
迷いが、消える。
「もう終わりにする」
トリガーを引いた。
次の瞬間、シャトルの警報が一斉に鳴り響いた。
機体後部に直撃したビームが推進系を焼き切り、制御を失ったシャトルは激しく姿勢を崩す。
「な、何だこれは! なぜだ! なぜ当たる!」
ジブリールはシートにしがみつき、醜く叫んだ。
先ほどまでの余裕は消え失せ、顔は恐怖に歪みきっている。
「私は選ばれた人間だぞ! こんな所で終わるはずが――!」
次の瞬間、衝撃。
機体が捻じれ、警告音が悲鳴のように鳴り続ける。
「やめろ……やめろぉぉ!!」
叫びも虚しく、コックピットに閃光が走った。
その存在ごと、焼き消される。
一瞬。
それで、すべてが終わった。
機体は消え、存在は断ち切られる。
遅れて、爆光が空に広がった。
破片が燃えながら散り、尾を引いて落ちていく。
静寂。
ほんの一瞬、戦場の音が遠のいた。
「……これで終わり、よね」
誰にともなく、呟く。
返事はない。
ただ、空に残る光だけが、ゆっくりと消えていった。
その下で。
戦いは、確かに終わりへと向かっていた。
だが――
その代償の重さを、ルナマリアはまだ、胸の奥で受け止めきれてはいなかった。