機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百三十五話 勝利の代償――計画は、次の段階へ――
第百三十五話 勝利の代償――計画は、次の段階へ――
ヘブンズベース基地にいたロゴス派将兵は、空中で四散するシャトルを見つめ悟る。
爆炎と残光が彼らの瞳に映り、痛々しいほど悲痛な表情にかわる。
焼け焦げた破片が、尾を引きながら空から降り注ぐ。
金属片はまだ赤熱し、海面に落ちるたびに鈍い音を立てた。
その一つ一つが、彼らの信じていたものの終わりを告げているようだった。
命懸けで守った者。
ロゴスに自分たちは見捨てられたのだと悟る。
その事実は、言葉よりも早く全身に染み込んでいく。
誰も命令を出さない。
誰も叫ばない。
ただ、力だけが抜けていく。
やがて一人、また一人と銃を地面に置く。
乾いた音が連なり、戦場の喧騒の中に沈んでいった。
引き金にかけていた指が離れ、肩に入っていた力がほどける。
その動作は、抵抗をやめたというよりも、戦う理由を失った者の自然な帰結だった。
ロード・ジブリールの無様な逃走劇は、彼らの戦意を崩壊させるのに十分すぎる物だった。
◇◇◇
対するザフト、反ロゴス同盟の将兵が拍手を贈る。
それは最初はまばらだった。
誰かが叩き、隣がそれに応じる。
やがてそれは波のように広がり、歓声へと変わっていった。
戦場の緊張が一気に解け、誰もが肩の力を抜く。
その場に座り込む者、仲間と抱き合う者、空を見上げてただ息を吐く者。
ようやく終わったのだと、身体が理解していく。
天翔ける戦乙女、ヴァルキュリアガンダム。
そのパイロット、ルナマリア・ホークを讃える賞賛の声に満ち溢れていた。
だがその声に反して、ルナマリアの表情は暗い。
───本当にこれで終わったの?
歓声が遠くに聞こえる。
まるで水の中にいるように、音が鈍く歪んでいた。
胸の奥に、消えない感覚が残る。
終わったはずなのに、終わったとは思えなかった。
ロゴスメンバー全員の排除に成功したが、アグネスが言う通り新たなロゴスが生まれるだけだろう。
いったいいつまで戦わなければならないのか?
いつになったらシンは銃ではなくステラの手を取る事が出来るのだろうか。
焼けた地面から立ち上る熱が、まだ足元に残っている。
遠くでは炎がくすぶり、黒煙が空へと伸びていた。
終わったという実感と、終わっていない現実が、同時にそこにあった。
「ルナ!」
地上に降りたルナマリアをシンが抱きしめる。
「シ、シン!?」
「やったなルナ!これで戦いは終わるよな!」
その声は、疑いを知らない。
ただまっすぐに未来を信じている。
本当にそうだろうか。
だがシンの無邪気な笑顔にルナマリアは微笑んだ。
その笑顔の奥で、ルナマリアはまだ何かを探していた。
その温もりに応えるように腕を返しながらも、心の奥では別の問いが消えない。
この戦いの先に、本当に安らぎはあるのか。
◇◇◇
その光景をギルバート・デュランダルはミネルバ艦橋で見ていた。
整然と並ぶモニターには勝利のデータが並ぶ。
損害は想定以下。
作戦は成功。
彼にとって予想の範囲内の勝利だった。
───だが。
少し勝ちすぎた。
その思考が、ほんの一瞬だけ彼の表情を曇らせる。
すぐにそれは消え、いつもの穏やかな笑みに戻った。
◇◇◇
ヘブンズベースでの戦闘は事実上終了し、ミネルバに帰還したシン達はデュランダル議長の出迎えを受けた。
格納庫にはまだ熱がこもっている。
整備兵たちが慌ただしく行き交い、焦げた装甲に触れては顔をしかめていた。
戦いは終わっても、その痕跡は確かにそこに残っている。
特にジブリールを撃墜した殊勲者であるルナマリアには惜しみない賞賛の声がかけられる。
「よくやってくれたルナマリア君。君のお陰で戦火は収まりそうだよ」
「いえそんな、私は任務に忠実だっただけです」
「謙遜しなくていい。君のお陰でジブリールの逃亡は防げた。生き残れば再び戦火は広がっただろう」
そう言って笑うデュランダル議長の顔色が一瞬だけ変わった事に、ニコルは違和感を覚えた。
その変化はあまりにも微細だった。
だが、確かに何かが引っかかった。
デュランダル議長はこの戦闘の結果が気に入らないのだろうか?
だがその表情はすぐにかき消された。
ニコルは先ほどの違和感を考える。
ただの気のせいだろうか?
だが、胸の奥に小さな棘のように残る。
デュランダル議長と個人的にも親しくしているニコルには、どうしてもぬぐえない不安がある。
きっとまだ何かが残っている。
「諸君の活躍で予想より少ない損害で基地の制圧に成功した」
誰一人としてその言葉を疑わない。
シン達の活躍で、五機のデストロイガンダムは無力化され子供たちは救出された。
中に乗っていたパイロットの子供たちはザフトの保護下に入る。
プラントに子供たちの治療方法はないが、ハーバーコロニーのモルゲンレーテの病院で治療できる。
今頃ニコルの父親ユーリ・アマルフィが手配しているだろう。
戦況を有利に運べたのはシン達のお陰だと、全軍が知っていた。
◇◇◇
───散々マスコミに取材され、ヒーローインタビューされて目を回したルナマリアを休ませてから、ニコルは展望台へと上がる。
海風は冷たく、戦闘で負った熱を冷ましてくれるようだ。
遠くの海は黒く沈み、ところどころにまだ炎の名残が揺れている。
ニコルは白い息を吐いて考える。
先ほど感じた違和感は何だろうか。
「こんな所にいると風邪をひくわよ」
後ろを振り向くとアグネスが湯気の立つ紙カップを二つ持っていた。
ニコルの好きなバルトフェルドブレンドのコーヒーだ。
「ありがとうアグネス」
「どういたしまして」
そう言ってアグネスはニコルの隣に立つ。
自然と肩が触れるくらいの距離になった。
アグネスの頬が少し赤くなる。
ニコルの肩に頭をもたれさせたい欲求を抑える。
かつてのアグネスなら躊躇しなかっただろう。
ニコル以外の男なら、それで奪えたのだから。
アグネスの笑み一つで篭絡される男に、もはや興味はない。
身体を奪うのではない。
ニコルの心が欲しいのだ。
「アグネスはこれで戦争が終わると思う?」
「まさか。ロゴスを倒しても別のロゴスが生まれるわ」
アグネスの言う通りだとニコルも思っている。
このコーヒーも紙パックも、全てロゴスの企業と繋がっている。
世界企業の集合体。
そんな組織を倒せるわけがない。
「デュランダル議長は今後どうするつもりだろうね」
「自分がとってかわるだけじゃない?」
アグネスが小ばかにしたような口調で言う。
器の小さい男なら、自分が馬鹿にされたと思い不機嫌になるだろう。
そしてアグネスはニコルがそんな男では無い事を知っていた。
「そうだね。普通ならそれで終わり」
コーヒーを飲みながらニコルは海を見る。
静かな波。
戦いの痕跡を飲み込みながら、何事もなかったかのように揺れている。
ふと視線に気が付くと、アグネスが優しく微笑んでいた。
最初に会った頃の作った笑みでなく。
男を値踏みする瞳でなく。
信頼してくれている笑顔。
「今後どうするか。とても興味があるわ。デュランダル議長がただの野心家ならそこまでよ」
アグネスの笑みにニコルも笑顔で返す。
一瞬だけアグネスが驚いた様子を見せる。
そして二人で笑いあった。
その笑いは短く、だが確かな温もりを持っていた。
この日、幾多の涙をのみこんで。
ロゴス戦争は終結した。
――だが。
その終わりが、次の何かの始まりであることを。
まだ誰も知らない。