機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百三十六話 変わったもの、変わらないもの――それでも、友であるために――
暗い宇宙に星が瞬く。
冷たく、そして鈍く輝くコロニー群とちがってそこには何も存在しないように見えた。
音もなく、ただ無限に広がる黒。
その静寂は、戦場とはまるで違う種類の圧を持っていた。
その空間に近づくザフトのナスカ級高速戦闘艦を中心にした3隻の艦隊。
推進剤を噴かずとも慣性で滑るように進む艦影は、まるで虚空に溶け込む影のようだった。
その艦隊司令官席でイザーク・ジュールはいつも通りの不機嫌な顔をしていた。
だがその表情の奥には、わずかな苛立ちと、置き場のない焦燥が混じっている。
「そんなにむくれるなよイザーク。これも立派な仕事だぜ、そりゃ戦場に出れなかったのは悔しいけどさ。降下作戦に参加していたら、俺たちは全員あの世行きだったな」
不機嫌なイザークの隣にいるのは、ディアッカ・エルスマンだった。
ザフトの誇る優秀なパイロットで、間違ってもこんな辺境にいるべき面々ではない。
形の上ではイザークの部下ということになっているが、部下の見ていない所ではお互いの友人だ。
軽口の調子とは裏腹に、その視線は前方の虚空を捉えている。
戦場を離れた今でも、どこか気を抜いてはいなかった。
「……わかっているさ。だがな、気に食わん」
「気に食わんって何が?」
「アスランもニコルもだ。最高評議会の命令などと回りくどい事をせず、助けてくれといえば俺はいつだって」
「まあまあ。一応命令ってのが必要なんだって」
彼らは最高評議会議員、ユーリ・アマルフィ。
つまりニコルの父親から依頼という形でここに来た。
その言葉の後、短い沈黙。
誰もが同じ事を思っていた。
――命令でなければ、もっと早く動けたのではないか。
その彼らの目の前で、漆黒の闇に包まれていたはずの空間が揺らぐ。
まるで水面に石を落としたかのように、空間そのものが歪み、波紋のように広がっていく。
瞬き。
霧が晴れるように、コロニーが現れた。
全身をミラージュコロイドで偽装されたコロニー『ハーバーコロニー』
放棄されたメンデルコロニーの近くにあったコロニーを自走可能にした実験コロニーだ。
人工の光が、闇の中にぽつりと浮かぶ。
それはどこか不自然で、それでいて――温かさを感じさせた。
ここでは人類の未来を示す実験が行われている。
ナチュラルとコーディネイターの共存共栄。
アマルフィ家のマイウス市とオーブのモルゲンレーテ社が共同で運営しているコロニー。
所属はマイウス市だからプラントだが、オーブも関係している事から自治権を持つ中立コロニー。
ナスカ級は入港指示にしたがってハーバーコロニーの宇宙港に入港する。
人工重力に切り替わる瞬間、わずかな違和感が身体を揺らした。
同時にミラージュコロイドがコロニーを覆い、外からは絶対に探知できない状態になった。
イザークとディアッカが宇宙港に着くと、私服のアスランが出迎える。
整備用ライトに照らされたその姿は、かつての軍服姿とはまるで違っていた。
アスランはかつてと違い、整えられた明るいベージュのジャケットとシャツ、そして細身のパンツ。
サイズもぴったりと合っていて、アスランが選んだのではない事が一目でわかった。
すかさずディアッカが口笛を吹く。
「よく似合ってるじゃん。婚約者が出来ると、ここまで変わるのかね」
「まったく、早速尻にしかれおって。軟弱者が」
憎まれ口を叩くイザークも口元が笑っている。
そのわずかな緩みが、再会の安堵を物語っていた。
「お前たちも婚約者が出来れば苦労がわかるよ」
笑いながら肩をすくめるアスラン。
だがその仕草のどこかに、照れのようなものが混じっていた。
カガリがこの服を選んだ時は、色合いが自分に合わないと言ったのだが、いざ着てみるとキラは勿論ラクスやミリアリアなど女性陣からの評判がよかった。
「まあいい。早速話をするか」
そう言ってアスランがモルゲンレーテ社の乗用車を示す。
車体は滑らかな曲線を描き、無駄のない設計がオーブらしさを感じさせた。
イザークとディアッカが車に乗り込み、ドアが静かに閉まる。
外の音が遮断され、密閉された空間に変わる。
アスランが運転を始めた。
エンジン音はほとんど聞こえず、車は滑るように発進する。
三人ともザフトレッドなので抜かりはないが、盗聴器の類などは見当たらない。
それでも、自然と声は低くなる。
「ヘブンズベースでの戦闘は終結したらしいな」
アスランの言葉にイザークが頷く。
その表情は硬かった。
圧勝とはいいがたく、イザークの知り合いも何人も犠牲になった。
「ああ。戦後処理が残っているが、これで地球連合に残っているのは月基地だけと言っていいだろう」
「このまま平和になってくれりゃいいけどね」
ディアッカが腕を組んで背もたれに身体を押し付ける。
ロゴスという共通の敵を倒した今なら、プラントと地球が対立する理由はもうない筈だ。
「その事でニコルから連絡が来ている」
そう言ってアスランはイザークとディアッカに資料を渡した。
そこにはギルバート・デュランダルがメンデルコロニーで行っていた、種の遺伝子による選別と政治利用。
そして直近の会話まで詳細に記されていた。
その資料を読んでイザークとディアッカは血相を変える。
この情報をニコルが流したと知られれば、ニコルが粛清されるのは間違いない。
イザークとディアッカになら知られてもいい。
ニコルの二人への信頼に口の中が乾く。
紙を持つ手がかすかに震えていた。
「まったく。人の迷惑も考えずによくこんな事に巻き込んだな」
憮然とした表情でイザークが呟く。
手の震えは少し収まったが、動悸はまだ収まりそうにない。
自分たちの指導者が尋常でない事を企んでいる証拠だからだ。
「信頼されてるのはわかったけどさ。危険だって思わなかったのか?」
ディアッカもいつもの軽口ではない。
同じく紙を握る手に力が入り、紙がしおれているのに気が付いたくらいだ。
頭を振って落ち着こうとして、口を開き深呼吸した。
「ニコルが望んだ事だ。そして俺も、お前たちを信頼している」
アスランの生真面目な返事にイザークは一瞬驚いたがぎこちなく微笑む。
対してディアッカは楽しそうに笑った。
つられてアスランも苦笑いする。
離れていても、彼らは信頼しあう友だった。
「やっぱりお前変わったよ。婚約者効果抜群だな。あーあ、俺も婚約者欲しいぜ」
いつもの軽口に戻ったディアッカ。
この短時間で覚悟を決めた男の目に迷いはない。
ディアッカが望めばプラント中から婚約者候補が殺到するだろう。
実力も人望も男気もある美青年を放っておくわけがない。
「で、俺たちに何をさせようと言うのだ?」
同じく覚悟を決めた瞳でアスランを見つめるイザーク。
紙の束を握る手はもう震えていない。
動悸はすでにおさまった。
「ザフトの掌握だ」
「……無茶を言うな。俺は一介の艦隊司令だぞ」
イザークが呆れたように言う。
実力は兎も角、権限がない。
「詳細はここに書いてある」
アスランが次の資料を渡すと、ユーリ・アマルフィのマイウス市守備隊とクライン派部隊への命令コードが記されていた。
「おいおい、俺たちにクーデターでもおこせっていうのか?」
「デュランダル議長が遺伝子を使って何をしようとしているのかは分からないが、彼が正規の手続きではなく武力で自身の理想を押し付けようとした時の保険だ」
アスランの言葉にイザークもディアッカも事態の深刻さが理解できた。
対ロゴス戦争は終わったが、まだ終わりじゃない。
「アスラン。この車から降りるって選択肢はないのか?」
ディアッカがいつもの斜めに構えた皮肉ではなく本気の目をする。
「降りてもいいぞ。これ以上関わると引き返せなくなる」
アスランは努めて冷静に言った。
だがそうならないと確信もしていた。
ディアッカもそれを察してため息をつく。
「馬鹿者。今更降りれるか。ただし条件がある」
イザークが不敵に笑う。
「なんだ?」
「助けてくれ、と言え。それなら助けてやる」
イザークが勝ち誇った顔で言った。
「……助けてくれ。これでいいか」
「上等だ」
隣で大声で笑うディアッカを睨んだ後、イザークが鼻を鳴らして頷く。
そして窓の外を見た。
柔らかな人工光に照らされた草原。
子供たちが無邪気に走り回り、笑い声が遠くに弾けている。
ナチュラルとコーディネイターが共に生きるコロニー。
戦場とは無縁の、穏やかな日常。
その光景を、イザークは無言で見つめる。
守るべきものが、そこにあった。
アスランの運転する車が市街地にある市庁舎についたのは、それから一時間後だった。