機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百三十七話 見えない戦火――守るべき日常のために――
アスラン達が乗った車がハーバー市庁舎に到着した。
アスランの案内で最上階に到着し、会議室に通される。
そこでイザークとディアッカを待っていたのは意外な人物だった。
「初めまして。マイウス市のハインライン設計局の技術者、アルバート・ハインラインです」
片眼鏡をかけた、いかにも技術者らしい青年が参考資料を手に立ち上がった。
神経質そうな外見と早口が特徴的だ。
その隣には、軽くウェーブのかかった茶色の髪の女性がいる。
「オーブのモルゲンレーテ社で勤務しているエリカ・シモンズです」
二人の挨拶にイザークとディアッカが挨拶を返すと、早速会議が始まる。
モニターに映し出された月基地の一角に、巨大な砲門が見えた。
「なんだこれは?」
イザークが驚いてエリカを見る。
エリカは頷いて説明を続けた。
「ジャンク屋のロウ・ギュール氏から提供された情報で割り出した、地球連合の戦略兵器『レクイエム』です」
レクイエム。
大質量のレーザー兵器で、巨大都市すら一撃で壊滅させ得る出力を持つ。
ジャンク屋組合から提供された部品と資材の動きに違和感を覚えたロウ・ギュールが、極秘に調べ突き止めたものだ。
さらに様々な角度から撮影された詳細な画像も添付されていた。
「これはわが社が開発した、ミラージュコロイド装備の強行偵察型アストレイが撮影した画像です」
その言葉にディアッカはやりきれない思いで頭を振る。
講和の影で、地球連合は次の戦争の準備を進めていたのだ。
だが資料を読み、違和感に気付く。
設置場所は月の裏側だ。
これでは撃てる範囲が限られる。
ディアッカの疑問に答えるように、エリカは続けた。
「問題はここです。この場所からでは射角が限定されます。これではプラントを撃てません」
「つまりプラントへの攻撃用では無いという事か?意味がわからんな」
イザークの疑問に答えるべく、ハインラインが立ち上がり別の資料を提示する。
「おそらくなんらかの方法でビームを屈折させ、目標を狙うのでしょう。反射、あるいは屈折――ただし効率は相当落ちるはずですが、私の計算によると」
端末を操作する。
スクリーンに表示されるのは簡易的なシミュレーション。
中継点のような構造物を経由し、ビームが折れ曲がる軌道。
「このような形であれば、理論上は任意方向への攻撃も可能になります」
だが、その軌道はどこか無理があるようにも見える。
イザークは腕を組む。
「机上の空論だな。実戦で使えるとは思えん」
ディアッカも頷いた。
「少なくとも、そう簡単に当てられる代物じゃなさそうだ」
「実際に使われるまで未知数だ」
アスランが静かに口を開く。
「だから二人には、この兵器の補助装置――中継、あるいは誘導に関わる設備を探ってもらいたい」
アスランの言葉にイザークとディアッカは顔を見合わせる。
周辺宙域と言われても広すぎる。
「おいアスラン、範囲が広すぎるぞ」
イザークの言葉にアスランは頷き、ハインラインを見た。
ハインラインはすぐに資料をスクリーンに映す。
「地球連合がプラントを標的と想定するなら、おそらくこの地点に中継衛星があるはずです」
スクリーンに映し出されたのは、地球連合の艦隊と、その背後に浮かぶ円筒状の巨大構造物。
それはコロニーにも似ている。
だが用途はまるで違う。
「……あれか」
ディアッカが低く呟く。
静かな不安が、会議室の空気を満たしていった。
「いいだろう。俺とディアッカで探りを入れてみる」
「すまないが頼む」
「気にするな。これはもはやプラントだけの問題じゃない」
対プラント用の兵器ならまだいい。
だが、これが敵対的な地球政府を狙ったものだとしたら。
そこで気付く。
なぜオーブのモルゲンレーテ社のエリカがここにいるのか。
───真っ先に狙われるのはオーブだという事。
「永世中立国も大変だな」
「苦労が絶えません」
イザークとエリカは視線を交わし、互いに苦笑を漏らした。
「我々オーブは、理念としては『武力によらず対話を』を掲げています」
エリカは端末を操作し、オーブ周辺の哨戒記録を表示する。
「しかしそれを理解しようとしない勢力も多い。今回の情報提供も、非公式ながら我が国に届いたものです」
イザークは画面に映る航跡を指でなぞった。
「……つまりロゴスの残党が、オーブを利用しようとしているのか」
「そうです。プラントやブルーコスモス双方に対抗する手段として」
室内の空気が一段と重くなる。
ロード・ジブリールの後継者争いは既に始まっている。
アスランが口を開いた。
「だからこそ我々は動いている。レクイエムの阻止だけでなく、これを盾にして新たな対立を煽る者たちを先んじて封じるために」
ハインラインが端末を操作する。
スクリーンには既存の情報網と重ね合わせた解析チャートが展開された。
「ジャンク屋ネットワークを通じて送られてくる新情報から割り出すと――中継衛星はおそらく三基」
「三基?」
「それぞれ異なる軌道にあり、単独では機能しません。三つの信号を同期させて初めて軌道修正が可能になると分析しています」
技術者らしい早口で説明しながら、ハインラインは次のページへ移る。
「ただし分析精度はまだ七割程度です。実際に探査機を投入しないと確認できません」
「つまり我々が行くしかないというわけだな」
イザークがディアッカを見る。
ディアッカは肩をすくめた。
「まあ、元々そういう役割だろ。俺たちは」
ディアッカの軽口は、場の緊張を解くためのものだ。
だがその声音には、わずかに覚悟が滲んでいる。
軽口に、わずかに空気が緩む。
張り詰めていたものが、ほんの少しだけほどけた。
イザークは深く息を吐いた。
肺の奥に溜まっていた重たい空気を押し出すように。
視線を落とせば、机の上にはまだ資料が広がっている。
レクイエム。中継衛星。未知の兵器。
どれもが、戦争が終わっていないことを突きつけていた。
これは自分たちにしか出来ない仕事だ。
「まったく。戦争が終わったと思っていたが早速これか。心底度し難いな――だがここまで来ては他人事ではない」
吐き捨てるように言いながらも、その声には迷いはない。
イザークの中で、すでに答えは出ている。
「すまないが頼む」
アスランの声は静かだった。
命令でも依頼でもない。
信頼だった。
「お前に頼まれるまでもなくやるさ」
短く言い切る。
それで十分だった。
ディアッカが肩をすくめ、小さく笑う。
言葉にしなくても、三人の意思は揃っていた。
イザークの言葉に、誰もそれ以上は言わなかった。
結論は出ている。
やるしかないのだ。
会議室の外に出る。
人工重力に満たされた空気が、わずかに肌を撫でた。
宇宙である事を忘れさせるほど、ここは穏やかだった。
遠くから、子供たちの笑い声が聞こえる。
ガラス越しに見えるのは、緑の広がる居住区。
人工の空の下で、人々が当たり前のように歩いている。
ナチュラルとコーディネイターが肩を並べて。
イザークは足を止めた。
ほんの少し前まで、こんな光景は理想論に過ぎなかった。
だが今、それは確かに存在している。
「……くだらん」
吐き捨てるように言いながらも、視線は逸らさない。
「守る価値はあるって顔してるぜ、お前」
ディアッカが笑う。
イザークは鼻を鳴らした。
「当たり前だ。こんなものを壊させてたまるか」
その言葉に、アスランは静かに頷いた。
沈黙が三人の間に落ちる。
だがそれは重苦しいものではなく、同じ方向を見ている者同士にだけ共有できる静けさだった。
子供たちの笑い声が、もう一度響く。
イザークは目を細める。
その音が消えない限り、自分たちは戦い続けるのだと、言葉にせずとも理解していた。
「……行くぞ」
短く言い、歩き出す。
ディアッカがその後に続き、アスランも無言で並んだ。
三人の足音が、静かな通路に重なる。
戦争は終わった。
だが――
まだ、彼らの戦いはまだ終わっていない。