機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百三十八話 迷いのない正解――それは本当に、人の選択なのか――
草原に風が吹き、草木がかすかに揺れている。
人工の湖に波紋が広がり、鳥が鳴き虫がさえずった。
遠くの野原で歌声が聞こえる。
ステラの歌声。
彼女の周りにはいつも子供たちがいる。
ブルーコスモスから解放された子供たち。
移住してきたコーディネイターの子供たち。
ここだけは戦争と無関係に思えた。
コロニーを一歩外に出れば残酷な世界が広がっている。
まるで嘘のようだ。
それなのにキラの心は晴れなかった。
後ろから人の歩いてくる音がする。
振り返るまでもなく、キラには誰なのかわかった。
メンデルから救い出された少女――
実験体No.54126。
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両親の精子と卵子を培養して製造された、キラとほぼ同じ遺伝子を持つ少女。
人工子宮から生まれた存在。
スーパーコーディネイターの予備。
「No.54125」
少女の口から、キラの製造番号が告げられる。
その無機質な響きは、この穏やかな風景とひどく不釣り合いで、現実を歪めるように耳に残った。
その呼び名はキラを傷つける。
「その呼び名はやめてよ。僕はキラ、キラ・ヤマトだ」
思わず強く言ってしまった自分の声が、妙に浮いて聞こえた。
ここは争いのない場所のはずなのに、その言葉だけがどこか戦場の残響のように感じられた。
キラと実験体No.54126の会話はいつもこうだ。
キラは嫌がり彼女は理解しない。
なぜか。
「キラ。貴方にとってその名前はノイズに過ぎない。必要ない」
少女は淡々と言う。
その声音には感情の揺らぎがなく、ただ結論だけが置かれている。
疑う余地すら存在しない言い方だった。
「必要とか必要じゃないとか決めないでよ。君だって実験体No.54126なんて名前は嫌だろ?」
自分でもどこか縋るような言い方だと思った。
名前というものに意味があると信じたい気持ちが、そこに滲んでいた。
そう言われ、特に悩みもせずに彼女は瞳を閉じる。
少し悩んだ後、彼女は答えた。
「何も問題はない。運命に従っているだけ。……キラ、貴方はなぜ運命を受け入れないの?」
「運命って何さ?」
「貴方も私も戦士でパイロットでエンジニア。その適正に従って生きるべき。なのになぜ逆らうの?」
その言葉にキラは頭を振る。
戦いたかった訳じゃない。
確かに生き残ったのは遺伝子のお陰かもしれない。
だからって自分で望んだんじゃない。
「抗って何になるの?私も貴方も戦いの中でしか生きられない」
「そんなの勝手に決めないでよ!」
「遺伝子に逆らう事は誰にも出来ないし、非効率」
その言葉が、静かな湖面に落ちる石のように、キラの中で波紋を広げた。
否定したいはずなのに、どこかで“正しい”と感じてしまう自分がいる。
だからこそ、続く言葉が見つからない。
彼女の瞳に迷いはない。
ただ純粋な、そして冷徹な論理で語る。
「君はこれからどうしたいの?」
「私の運命は戦士、パイロット、エンジニア。
必要とされる役割は一つ――戦争」
キラは驚いた。
初めて彼女が自分の意志を語った気がしたからだ。
「そのあとはどうするの?」
「用済み」
その三文字は、あまりにも軽く、そして重かった。
まるで自分という存在さえ、同じように切り捨てられる可能性を突きつけられたようで、胸の奥が軋む。
キラの瞳が大きく見開かれる。
長い沈黙の後、キラは小さな声で言った。
「……わからない」
この少女が何を求めているのかキラには分からなかった。
彼女は感情の起伏がない。
ただ淡々と話し続ける。
「それで本当にいいと思っているの?」
「人にはそれぞれの適正がある。それ以外の生き方は非効率で無意味」
キラが何か言いかけた時、トールとミリアリアの声が聞こえた。
キラと少女が歩いていくと、トールの乗った車の端末が故障したようだ。
「悪いなキラ、この車ジャンク屋から買ったんだけど、オーブ製とは勝手が違ってさ」
ふと、少女の視線が外れる。
整備用の端末が一瞬だけノイズを吐いた。
誰も気に留めない程度の、かすかな乱れ。
だが――
少女は迷いなく歩み寄る。
その動きには一切の躊躇がなかった。
まるで最初から答えが決まっているかのように。
躊躇いなくパネルを開き、端末を叩く。
数秒。
ピ――という電子音。
それだけで、ノイズは完全に消える。
何事もなかったかのように、彼女は手を引いた。
「接触不良。これで正常」
振り返ることもなく、淡々と告げる。
その声には達成感も誇りもない。
ただ処理が終わったという事実だけがある。
キラは、息を呑んだ。
(……今のは)
説明されなくても分かる。
あれは――
自分がやるのと、同じだった。
違うのは、ただ一つ。
(……迷いがない)
考えるより先に、答えが出ている。
まるで最初から、そうすることが決まっていたかのように。
「出来る事をやる。出来ない事はやらない。それが正解」
キラと少女を見比べてミリアリアが助け舟を出した。
「いつまでも実験体No.54126なんて呼び方じゃ変よ。貴女の名前決めましょ」
ミリアリアの明るい声に彼女は小首を傾げる。
少しだけ考えた後。
「非効率だけど呼びやすいならそれで」
彼女が了承したのでトールとミリアリアが名前の案をいくつか出してくる。
だが本来名前と言うのは家族がつけるものだと言う思いがあってなかなか決まらない。
「キラ、キラが決めてやれよ」
「え、僕?」
「そうよ。キラの妹でしょ」
そう言われてキラは戸惑った。
「少しだけ考えさせて」
そう言ってキラはトールの車に乗り込んだ。
◇◇◇
夜のハーバーコロニーは静かだ。
昼間の柔らかな光は消え、人工の星空が広がっている。
作られた景色だと分かっていても、その広がりは本物の空と変わらない。
キラはコロニーにある宿舎で空を見ていた。
深呼吸して思い出す。
あの日、運命だったのだろうか?
ヘリオポリスでアスラン達と戦って。
トール達を守りたくて必死でストライクに飛び乗って。
生き残って。
沢山の人を殺して、また生き残って。
遺伝子だからだったのだろうか?
優れているから戦う運命だったのだろうか?
スーパーコーディネイターなどに生まれなければ。
あんな罪を犯さなくてすんだのだろうか?
守る為に戦ったつもりだった。
だが本当はそういう運命だった?
遺伝子に従ったから?
胸の奥に沈んでいた疑問が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
トールやアスランと過ごした日々は?
ニコルとぶつかった意味は?
ラクスの歌を守りたいと言う気持ちは。
それでも――
あの時。
逃げることも出来たはずだ。
戦わないという選択も、あったはずだ。
それでも、自分は――
選んだ。
守りたいと、思ったから。
その瞬間の感覚だけは、はっきりと覚えている。
誰かに命じられたわけでも、押し付けられたわけでもない。
確かに、自分の中から湧き上がったものだった。
運命の結果なのだろうか?
すべては最初から決められた事だったのだろうか?
適正も友情も将来も。
ラクスとの事も遺伝子が惹かれ合ったからなのだろうか。
「わからない」
一つだけ分かっている事は、こんな能力なんて欲しくはなかった。
ただ平凡に暮らせたらそれだけでよかった。
キラは、目を閉じた。
答えは、出ない。
出せるはずもなかった。
ただ一つだけ。
確かなのは――
その考えが、どうしようもなく怖いということだった。
そして。
それを決められるのは自分だけだ――本当は、そうなのかもしれない。
けれど今のキラには、その言葉がひどく遠く、無責任なものに思えた。