機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第十四話 痛みと希望
ハーバーコロニーの外壁はまだ焦げていた。
補修用のライトが白く照らすたび、黒い溶け跡が浮かび上がる。
戦闘から数日。空気の中に、焼けた鉄のにおいがまだ残っていた。
軍用ドックの奥、ザフト艦『ウルージ』は巨大な影のように沈黙していた。
艦のあちこちが歪み、補修班の火花がひときわ眩しい。
金属の焼ける音が遠くで響き、誰もが疲れた顔をしていた。
そんな中、工事用アストレイが滑り込んでくる。
右腕には、MMI-M8A3 76mm重突撃機銃。
シン・アスカが借りたままだった武器だ。
「約束通り返しに来たぞ。受け取ってくれ」
格納庫の天井スピーカーから響く声。
その響きにヨウランとヴィーノが顔を上げた。
「おおっ、あいつじゃねえか!」
「てっきりあのまま宇宙の藻屑かと思ったぜ!」
「ひでぇな、お前ら……」
コクピットが開き、シンが姿を現す。
コロニー民間のパイロットスーツ、疲れた笑顔。
けれどその目は、どこか晴れやかだった。
「武器、問題ないだろ? 整備してから返したんだ」
「マジかよ、お前……真面目にも程があるって」
三人の笑い声が、冷たい鉄の空気に溶けていく。
その笑いが、ひさしぶりに“生きてる”音に聞こえた。
「おーい少年! この間はホント助かったよ~。いやぁ死ぬかと思った!」
振り向けばアーサー副長。
いつもの調子で手を振りながら、ずかずかと近づいてくる。
「副長、また大げさなんだから」
「いやぁ、大げさでもなんでもなくてね~。命拾いしたよ、ほんと!」
アーサーの笑い声に、周囲の整備兵もつられて笑った。
張りつめていた空気が、少しだけやわらいでいく。
その輪の中に、小柄な少女の姿があった。
赤い髪を束ね、制服の裾を整えたメイリン・ホーク。
彼女は一歩前に出て、シンを見つめる。
「シン……生きてたんだね」
短い言葉。
けれど、その声に詰まっているものは多かった。
シンは目を細め、少し照れくさそうに笑った。
「メイリンも元気そうだな」
「うん……ほんとに、よかった」
その小さなやりとりの向こう、モニター越しにそれを見ている者がいた。
タリア・グラディス艦長。
椅子に座ったまま、しばらく無言で画面を見つめていた。
デスクの上には、戦闘記録の写真が並ぶ。
焦げた外壁、漂う残骸、そして――工事用アストレイが銃を構える姿。
「……あの子が、シン・アスカ」
デュランダル議長から届いた通信を思い出す。
議長は少年の名を、妙に楽しげに口にしていた。
その笑顔が、タリアの胸に重く残っている。
「……」
ため息をひとつ。
その音と同時に、廊下の外で足音が止まった。
「シン・アスカ氏をお連れしました」
アーサーの声。
タリアは短く、「どうぞ」と返した。
ドアが開く音。
入ってきた少年は、パイロットスーツではなく、淡いグレーのカーディガンにジーンズ姿。
どこか場違いなほど素朴で、だが瞳の奥は真っ直ぐだった。
「どうぞ、座って」
タリアは椅子を立ち、シンに軽く会釈した。
「その前に、ありがとう。あなたのおかげで多くの命が助かったわ」
「……そんな、大げさな……」
シンは目を伏せる。
照れたようでもあり、どこか居心地が悪そうでもある。
「あなたが戦ってくれたおかげで、『ウルージ』は生き残った。これは事実よ」
タリアの声は落ち着いていて、温かい。
シンは小さく頷いた。
「……俺、守りたい人がいたんです。それだけです」
「守りたい人、ね」
短く繰り返した言葉の奥に、彼女の微かな哀しみが滲んだ。
その間に、ノックの音。
メイリンが入ってきて、コーヒーを置いた。
「失礼します」
「ありがとう、メイリン」
扉が閉まると、また静寂が戻った。
宇宙の静けさが、艦内にまで染み込んでいるようだった。
「調べさせてもらったわ。あなた、軍には所属していないのね」
「はい。俺は民間人です。建設部の……」
「でも、あの動きは素人のものじゃなかった。初めての戦闘で、あれだけ動ける人間はそういないわ」
「……たまたまですよ」
シンは視線を逸らす。
彼の中では、語りたくない過去がまだ熱をもっていた。
「死ぬのは怖くなかった?」
「怖かったです。……でも、守らなきゃと思った。そうしなきゃ、誰も救えなかったから」
タリアは静かに頷く。
その表情には、理解と哀しみが混じっていた。
「……あなたに話があるの」
立ち上がり、そっとシンの肩に手を置く。
軍人の顔に戻る前の、一瞬のためらいがあった。
「シン・アスカ。ザフトに入らない?」
「……は?」
シンの声が硬くなる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺は軍人になる気なんて――!」
「落ち着いて。強制じゃないわ。ただ、このままだとこのコロニーは……守れないの。
ミラージュコロイドの防衛網も半分壊れている。
プラントは、ここを放棄するつもりよ」
「放棄!? そんな……俺たちを見捨てるんですか!?」
「現実よ。ここはプラントの資本で建てられたコロニー。つまりここはプラントで、あなた達は“移民”扱い。
守る理由を失えば、上は……切り捨てる」
シンの拳が震えた。
「そんなの……汚い。どうして俺なんですか?」
「ザフトは戦争で優秀なパイロットを沢山失ったの。
でも、あなたのように地理に明るく、使命感のある者がいれば……ここを守れるかもしれない」
沈黙。
シンは目を閉じ、冷めきったコーヒーを口にした。
苦い。けれど、飲まずにはいられなかった。
「訓練は一年。本国で過ごしてもらうわ。終えたら、戻ってきて防衛部隊に配属される。――約束する」
タリアの声は穏やかだった。
その言葉に嘘があるとシンは見抜けなかった。
「……考えます」
かすかに震える声。
タリアは目を伏せたまま、小さく頷いた。
艦長室の窓の向こう、宇宙の闇が静かに流れていく。
遠くで修理の火花が散り、焦げた金属の匂いがまだ残っている。
その匂いの向こうで、かすかに――希望の光が瞬いた。