機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

14 / 164
第十四話 痛みと希望

 第十四話 痛みと希望

 

 ハーバーコロニーの外壁はまだ焦げていた。

 補修用のライトが白く照らすたび、黒い溶け跡が浮かび上がる。

 戦闘から数日。空気の中に、焼けた鉄のにおいがまだ残っていた。

 

 軍用ドックの奥、ザフト艦『ウルージ』は巨大な影のように沈黙していた。

 艦のあちこちが歪み、補修班の火花がひときわ眩しい。

 金属の焼ける音が遠くで響き、誰もが疲れた顔をしていた。

 

 そんな中、工事用アストレイが滑り込んでくる。

 右腕には、MMI-M8A3 76mm重突撃機銃。

 シン・アスカが借りたままだった武器だ。

 

 「約束通り返しに来たぞ。受け取ってくれ」

 

 格納庫の天井スピーカーから響く声。

 その響きにヨウランとヴィーノが顔を上げた。

 

 「おおっ、あいつじゃねえか!」

 

 「てっきりあのまま宇宙の藻屑かと思ったぜ!」

 

 「ひでぇな、お前ら……」

 

 コクピットが開き、シンが姿を現す。

 コロニー民間のパイロットスーツ、疲れた笑顔。

 けれどその目は、どこか晴れやかだった。

 

 「武器、問題ないだろ? 整備してから返したんだ」

 

 「マジかよ、お前……真面目にも程があるって」

 

 三人の笑い声が、冷たい鉄の空気に溶けていく。

 その笑いが、ひさしぶりに“生きてる”音に聞こえた。

 

 「おーい少年! この間はホント助かったよ~。いやぁ死ぬかと思った!」

 

 振り向けばアーサー副長。

 いつもの調子で手を振りながら、ずかずかと近づいてくる。

 

 「副長、また大げさなんだから」

 

 「いやぁ、大げさでもなんでもなくてね~。命拾いしたよ、ほんと!」

 

 アーサーの笑い声に、周囲の整備兵もつられて笑った。

 張りつめていた空気が、少しだけやわらいでいく。

 

 その輪の中に、小柄な少女の姿があった。

 赤い髪を束ね、制服の裾を整えたメイリン・ホーク。

 彼女は一歩前に出て、シンを見つめる。

 

 「シン……生きてたんだね」

 

 短い言葉。

 けれど、その声に詰まっているものは多かった。

 シンは目を細め、少し照れくさそうに笑った。

 

 「メイリンも元気そうだな」

 

 「うん……ほんとに、よかった」

 

 その小さなやりとりの向こう、モニター越しにそれを見ている者がいた。

 タリア・グラディス艦長。

 椅子に座ったまま、しばらく無言で画面を見つめていた。

 

 デスクの上には、戦闘記録の写真が並ぶ。

 焦げた外壁、漂う残骸、そして――工事用アストレイが銃を構える姿。

 

 「……あの子が、シン・アスカ」

 

 デュランダル議長から届いた通信を思い出す。

 議長は少年の名を、妙に楽しげに口にしていた。

 その笑顔が、タリアの胸に重く残っている。

 

 「……」

 

 ため息をひとつ。

 その音と同時に、廊下の外で足音が止まった。

 

 「シン・アスカ氏をお連れしました」

 

 アーサーの声。

 タリアは短く、「どうぞ」と返した。

 

 ドアが開く音。

 入ってきた少年は、パイロットスーツではなく、淡いグレーのカーディガンにジーンズ姿。

 どこか場違いなほど素朴で、だが瞳の奥は真っ直ぐだった。

 

 「どうぞ、座って」

 

 タリアは椅子を立ち、シンに軽く会釈した。

 

 「その前に、ありがとう。あなたのおかげで多くの命が助かったわ」

 

 「……そんな、大げさな……」

 

 シンは目を伏せる。

 照れたようでもあり、どこか居心地が悪そうでもある。

 

 「あなたが戦ってくれたおかげで、『ウルージ』は生き残った。これは事実よ」

 

 タリアの声は落ち着いていて、温かい。

 シンは小さく頷いた。

 

 「……俺、守りたい人がいたんです。それだけです」

 

 「守りたい人、ね」

 

 短く繰り返した言葉の奥に、彼女の微かな哀しみが滲んだ。

 その間に、ノックの音。

 メイリンが入ってきて、コーヒーを置いた。

 

 「失礼します」

 

 「ありがとう、メイリン」

 

 扉が閉まると、また静寂が戻った。

 宇宙の静けさが、艦内にまで染み込んでいるようだった。

 

 「調べさせてもらったわ。あなた、軍には所属していないのね」

 

 「はい。俺は民間人です。建設部の……」

 

 「でも、あの動きは素人のものじゃなかった。初めての戦闘で、あれだけ動ける人間はそういないわ」

 

 「……たまたまですよ」

 

 シンは視線を逸らす。

 彼の中では、語りたくない過去がまだ熱をもっていた。

 

 「死ぬのは怖くなかった?」

 

 「怖かったです。……でも、守らなきゃと思った。そうしなきゃ、誰も救えなかったから」

 

 タリアは静かに頷く。

 その表情には、理解と哀しみが混じっていた。

 

 「……あなたに話があるの」

 

 立ち上がり、そっとシンの肩に手を置く。

 軍人の顔に戻る前の、一瞬のためらいがあった。

 

 「シン・アスカ。ザフトに入らない?」

 

 「……は?」

 

 シンの声が硬くなる。

 

 「ちょ、ちょっと待ってください! 俺は軍人になる気なんて――!」

 

 「落ち着いて。強制じゃないわ。ただ、このままだとこのコロニーは……守れないの。

 ミラージュコロイドの防衛網も半分壊れている。

 プラントは、ここを放棄するつもりよ」

 

 「放棄!? そんな……俺たちを見捨てるんですか!?」

 

 「現実よ。ここはプラントの資本で建てられたコロニー。つまりここはプラントで、あなた達は“移民”扱い。

 守る理由を失えば、上は……切り捨てる」

 

 シンの拳が震えた。

 

 「そんなの……汚い。どうして俺なんですか?」

 

 「ザフトは戦争で優秀なパイロットを沢山失ったの。

 でも、あなたのように地理に明るく、使命感のある者がいれば……ここを守れるかもしれない」

 

 沈黙。

 シンは目を閉じ、冷めきったコーヒーを口にした。

 苦い。けれど、飲まずにはいられなかった。

 

 「訓練は一年。本国で過ごしてもらうわ。終えたら、戻ってきて防衛部隊に配属される。――約束する」

 

 タリアの声は穏やかだった。

 その言葉に嘘があるとシンは見抜けなかった。

 

 「……考えます」

 

 かすかに震える声。

 タリアは目を伏せたまま、小さく頷いた。

 

 艦長室の窓の向こう、宇宙の闇が静かに流れていく。

 遠くで修理の火花が散り、焦げた金属の匂いがまだ残っている。

 その匂いの向こうで、かすかに――希望の光が瞬いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。