機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

140 / 167
第百三十九話  選べなかった答え――それでも人は、迷うことをやめない――

 第百三十九話  選べなかった答え――それでも人は、迷うことをやめない――

 

 ハーバーコロニーの夜はひどく静かで寂しい。

 先日の襲撃からコロニーを守る為に外壁の強化など、昼は活況な分夜は静かだ。

 キラとアスランはハーバーコロニーにある宿舎で共同生活を送っている。

 コロニー住人は多彩で、ニコルの実家マイウス市の技術者やその家族、ジャンク屋、オーブやプラントからの移住者、そして地球連合の研究所から保護された子供たちだ。

 ミラージュコロイドで秘匿されたコロニーなので入国審査は厳しい。

 

 夜のコロニーは、昼とは別の顔を見せていた。

 人工の街灯が淡く照らす通路には人影がまばらで、遠くから機械の稼働音だけがかすかに響いてくる。

 昼間はあれほど人の気配に満ちていたはずなのに、今はまるで世界そのものが息を潜めているようだった。

 静けさの中に、どこか張り詰めた緊張が残っている。

 守られているはずの場所なのに、その安心はまだ完全ではない。

 

 キラ、アスラン、実験体No.54126はリビングで食事を取っていた。

 最初は食事を物珍しそうにしていた彼女だったが、栄養補給ではなく美味しいという喜びを知ったのか、食事は珍しく楽しそうだ。

 彼女を微笑ましく見ていたキラだったが、アスランにため息交じりに呟いた。

 

 温かい料理の湯気がゆっくりと立ち上る。

 その匂いはどこか懐かしく、戦場では決して感じることのない穏やかさを運んでくる。

 だがキラの胸の内は、それとは裏腹に重く沈んでいた。

 こうして普通の食卓を囲んでいるという事実が、かえって現実感を失わせる。

 

 目の前の光景は穏やかだ。

 皿に盛られた料理。

 静かに交わされる会話。

 だがそのどれもが、どこか借り物のように感じられた。

 

 「トールとミリアリアに、この子に名前を付けてあげてって言われたよ」

 

 その言葉を口にした瞬間、自分の中で何かが引っかかる。

 名前。

 それはただの記号ではない。

 その人が、その人として在るためのものだ。

 

 それを――自分が与える。

 

 それがどれほど重いことなのか、キラは理解していた。

 

 それを聞いたアスランは当然だと言わんばかりに頷いた。

 

 「いつまでも実験体No.54126ではな。名前は重要だろう。この子は生きている。機械じゃない」

 

 迷いのない言葉だった。

 アスランにとって、それは疑う余地のない前提なのだろう。

 

 「やっぱり必要だと思う?」

 

 キラは確認するように問い返す。

 

 自分の中にある迷いを、誰かの言葉で埋めたかった。

 

 「必要に決まっているだろう」

 

 「そうだよね」

 

 そう言ってキラは少女を見た。

 美味しそうにカツレツを頬張っている彼女は、年頃の女の子にしか見えない。

 ふと目があって、キラは目を逸らした。

 

 その瞬間、胸がざわつく。

 

 普通だ。

 あまりにも普通すぎる。

 

 だからこそ違和感がある。

 

 この少女は、本当に“そこにいる”のか。

 それとも、ただそう振る舞っているだけなのか。

 

 その境界が、分からない。

 

 「キラ・ヤマト。私は名前、別にいらない。今まで通り実験体No.54126で構わない」

 

 「君はそれでいいの?」

 

 「問題ない」

 

 その言葉はあまりにも軽く、重かった。

 名前というものに込められるはずの意味を、最初から切り捨てている。

 

 名前がなくても問題ない。

 

 それはつまり――

 

 “自分が誰であるか”を必要としていないということだ。

 

 アスランが口を挟む。

 

 「君には名前が必要だ。君は機械じゃない。生きている人間なんだ」

 

 その言葉には、わずかな苛立ちが混じっていた。

 理解されないことへの、焦りにも似た感情。

 

 「私の役割は、戦士、パイロット、エンジニア。それ以上でもなければそれ以下でもない」

 

 「それは君の全てじゃない」

 

 少女は首を傾げる。

 困っているというより、理解できないという表情だ。

 

 「私を私に……よくわからない」

 

 その言葉には、戸惑いすらなかった。

 分からないという事実だけが、淡々と置かれる。

 

 理解しようとする気配すらない。

 

 そのことが、キラの胸を締めつける。

 

 実験体No.54126は食事を終え、皿を洗いに行く。

 水の流れる音が静かに響く。

 生活音のはずなのに、それがどこか現実から切り離されたように感じられた。

 

 その音だけが、妙に耳に残る。

 

 まるで、この場にいる全員の思考を洗い流してしまうかのように。

 

 「あの子は自我を持たないように教育されている。今はまだ自分が何者なのかわかってないんだろう」

 

 キラはうつむいた。

 少女が今までどのような環境で生きて来たのかもわからない。

 そして突然同じ遺伝子で“作られた”と言われて混乱しないほうがおかしい。

 

 「……僕があの子に名前を与えるのは無責任だよ。同じ遺伝子なんだ」

 

 天井を見上げる。

 人工の照明が白く広がり、そこには何の答えも映らない。

 静かに目を閉じて言葉を探す。

 キラが思い悩んでいる事。

 アスランは理解して答えを急かさない。

 

 「僕は、自分の意志で運命を選んできたと思っていた。でも本当は――遺伝子がそうさせていただけなんじゃないかって、時々思うんだ」

 

 その言葉は、独白に近かった。

 

 誰かに聞いてほしいわけじゃない。

 ただ、自分の中にある疑問を確かめるように。

 

 言葉にするのが怖かった。

 それを認めた瞬間、これまでの自分が崩れてしまう気がした。

 

 「キラ」

 

 アスランは静かに言った。

 放っておくと崩れそうな親友に優しく言う。

 

 「お前は、自分で選び取ってきた」

 

 「……そう、かな」

 

 「ああ。間違いなく」

 

 その言葉は力強かった。

 だが、それだけではキラの迷いを消すことは出来なかった。

 

 確信ではなく、信頼。

 

 それは救いになるが、答えにはならない。

 

 ――だからこそ、怖かった。

 

 「アスラン。もしも僕じゃなくてあの子が僕だったら、アスランは友達になってくれた?」

 

 自分でも卑怯な問いだとキラにはわかっていた。

 そしてアスランもわかっている。

 だから誠実に答える。

 

 「わからない。ただ一つだけ言えることがある。俺がキラと親友になったのは、キラの能力のせいでも能力があったからでもない。キラはキラだ。俺の大切な親友だ」

 

 キラは言葉を飲み込む。

 

 あの時間。

 銃口を向けあった。

 そして和解して泣きあった。

 笑い合った日々。

 戦いの中で失われていったもの。

 それらが本当に“遺伝子の結果”なのか。

 

 それを否定したい。

 

 だが、完全には否定できない。

 

 「あの子の言ってること……間違ってるのかな」

 

 わずかな沈黙。

 アスランはそうでも、キラには能力がある。

 だがアスランは、はっきりと言い切った。

 

 「間違ってる」

 

 アスランは即答した。

 

 「人を役割で決めるなんて、おかしい」

 

 迷いなくアスランは答えた。

 かつてのアスランなら迷っただろう。

 父親パトリックの人形として、母の仇としてキラ達と戦った頃なら。

 だがアスランはそれを乗り越えてきた。

 

 キラは視線を落とす。

 

 「でも……あの子は出来るんだ。僕と同じように」

 

 その言葉が、胸の奥に重く沈む。

 もしキラが迷わなかったら。

 その答えが少女だったら。

 迷うことなく、能力に従い、引き金を引けたら。

 

 もっと多くの人を救えたかもしれない。

 

 その代わりに――

 もっと多くの人を殺していたかもしれない。

 

 否定できない。

 

 それが一番苦しかった。

 

 もしそれが正しいのなら――

 今までの自分は、何だったのか。

 

 そこに食器の片づけを終えた少女が戻って来た。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。