機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百四十話 選んだという証明――後悔こそが、人である理由――
そこに食器の片づけを終えた少女が戻って来た。
水の音が止み、静けさが戻る。
そのわずかな変化が、やけに大きく感じられた。
少女は何事もなかったかのように席に着く。
その動きには迷いがなく、まるで最初からそこにいることが決まっていたかのようだった。
キラはその姿を見て、胸の奥がざわつくのを感じる。
同じ遺伝子。
同じ能力。
それなのに――決定的に何かが違う。
「アスラン・ザラ。答えて欲しい。どうして貴方も運命を受け入れないの?」
その問いは静かだった。
だが逃げ場を与えない、まっすぐな言葉だった。
その真摯な瞳に射すくめられる。
だがアスランは怯まなかった。
「他人に生き方を決められたくないからだ」
アスランは即座に答える。
その声には、押し殺した感情が滲んでいた。
かつて父親パトリックに生き方を決められ、迷わず戦い続けた。
戦場でキラに再会し。
銃を向けあい、撃てなかった。
いや、もしニコルがいない世界なら、キラに撃たれていたのだという。
何の為に?
誰の為に戦ったのかも知らず。
前世のアスランは、ただの兵士として生を終えたのだ。
「人は遺伝子には逆らえない。貴方は人より優れているから多才なだけ。凡人は遺伝子に従って生きるのが効率的」
「そんな生き方を俺は認めない」
短く、強く。
効率的に戦い、悩みなく引き金を引くことがどれだけ恐ろしいか。
アスランは学んでいた。
「出来る事とやるべき事は違う」
出来るから銃を撃つ事と、自分の意志で銃を撃つことは違う。
それを忘れた時、アスランは兵士ですらないだろう。
少女は静かに言った。
「自分より優れた存在がいるのに、その生き方をするのは無駄」
「無駄とかそういう問題じゃない!」
アスランの声が強くなる。
だがその言葉は、完全に相手に届いていないと分かっていた。
なぜ効率的を求めるのかアスランにはわからなかった。
効率だけを求めるなら、機械と同じだ。
その過程が無駄だと言うなら、今までの苦しみは無駄なのか?
理解されない苛立ちが、胸の奥に残る。
「戦士として、パイロットとして、エンジニアとして遺伝子調整された私は不要?」
少女の何気ない問い。
その問いに、アスランは言葉を失った。
否定すれば、彼女の存在を否定することになる。
肯定すれば、その生き方を認めることになる。
どちらも選べない。
機械のように育った少女を否定する権利が自分にあるのか。
少女はアスランに盾突いているのではない。
本当に理解できないのだ。
ここまで効率化された人間を見るのは初めてだった。
沈黙が落ちる。
その重さに、キラは耐えきれなかった。
「……それでも」
気づけば、口を開いていた。
二人の視線が、自分に向く。
アスランは救いを求める様な瞳。
少女の瞳には何もない。
だが少しだけ好奇な色が混じっている気がした。
二人の視線に晒されてキラに逃げ場はない。
それでも、逃げたくなかった。
逃げてはいけないと知っていた。
「それでも、人は……それだけじゃないと思う」
言葉は曖昧だった。
だが、そこに込められた想いは確かだった。
少女は問い返す。
「運命に従う事が効率的なのに?」
キラは詰まる。
分かっている。
正しい。
だからこそ、否定できない。
(どう言えばいい……)
胸の奥にある何かが、言葉にならない。
アスランが言う。
「簡単な話だ。お前は“出来るからやる”と言ったな」
「その通り」
「だが俺は違う“やると決めたからやる”」
少女の瞳がわずかに動く。
だが、それは変化ではなかった。
ただ情報として処理しただけ。
出来る事、やっていい事を迷う。
その迷いのプロセスが少女にはない。
「結果は同じ」
即答。
その声は平坦で、抑揚もない。
まるで最初から用意されていた答えを、そのままなぞっただけのようだった。
その一言で、全てが切り捨てられる。
迷う事はノイズでしかない。
室内の空気が、わずかに冷えた気がした。
食卓の上に残る湯気が、ゆっくりと形を崩していく。
その揺らぎだけが、この場にまだ“変化”があることを示していた。
キラは頭を振った。
「違う」
小さく、しかしはっきりと。
その声に、自分でも驚いていた。
喉が乾いている。
胸の奥が熱いのに、指先だけが冷たかった。
「悩んで得た答えが、人だと思う」
言葉にした瞬間、どこか頼りなさが残る。
それでも、引っ込めることはできなかった。
少女は淡々と返す。
「キラ。結果は同じ。迷いは非効率」
その言葉が、胸を刺す。
「なら問う。キラが迷ったから死んだ人は無意味」
その問いには、責める意図すら含まれていなかった。
息が止まる。
空気が、一瞬で重く沈む。
壁も、床も、天井さえも、言葉を反響させることを拒んでいるかのようだった。
今までの戦い。
迷い。
苦しみ。
全てが、否定される。
それでも――
「お前!」
アスランが立ち上がりかける。
椅子が床を擦る音が、やけに大きく響いた。
その音が、この場の均衡を崩しかける。
だが。
「それでも!」
キラの声が、それを止めた。
驚くほど強い声だった。
自分でも、止められなかった。
胸の奥で押さえ込んでいたものが、一気に溢れ出す。
「それでも僕は選んだんだ!」
言葉と同時に、息が乱れる。
視界がわずかに揺れる。
それでも、目を逸らさない。
「うまく言えないけど……それでも僕は、自分の意志で選んだ」
守りたかった。
ただ、それだけだった。
少女は言う。
「非効率。結果は同じ」
その声は変わらない。
だが、どこか僅かな“間”が生まれていた。
「同じじゃない!」
キラは顔を上げる。
逃げ続けてきた問いだった。
「僕が選んだんだ!!」
その一言で、空気が止まる。
音が消える。
時間が引き延ばされたように感じられる。
アスランが目を見開く。
少女は沈黙する。
「選択と結果は分離できない」
それでも、少女は言う。
揺れない。
キラは首を振る。
「分離できるよ」
静かに。
だが、確信を持って。
呼吸を整えるように、一度だけ息を吸う。
「だって――」
言葉が詰まる。
喉の奥で、何かが引っかかる。
それでも、押し出す。
「後悔してるから」
その瞬間。
少女の動きが止まった。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
視線がわずかに揺れる。
初めて、処理が遅れたように見えた。
「もし全部決まってたなら、後悔なんて、しない」
――だから、消せない。
静寂が落ちる。
音が消えたわけではない。
だが、誰もそれを認識していなかった。
時間が止まったようだった。
アスランは何も言わない。
ただキラを見ている。
その横顔には、わずかな安堵と驚きが混じっていた。
少女は沈黙する。
処理が追いついていないように。
これまでのように、即答しない。
そして。
「……私にはわからない」
その声は、初めてわずかに揺れていた。