機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百四十二話 善意の最適解――犠牲を減らすための答え――

 第百四十二話 善意の最適解――犠牲を減らすための答え――

 

 キラが部屋に戻ったあとのリビング。

 アスランは物思いにふけっていた。

 キラの遺伝子上の妹。

 カガリの妹。

 つまり自分の義妹になる少女。

 

 「他人事じゃないよな」

 

 呟いた声は、やけに乾いていた。

 手に持ったカップの中のコーヒーは、すでに冷めきっている。

 いつから口をつけていないのか、自分でも思い出せなかった。

 

 目の前のコーヒーカップには何杯目かのコーヒーが注がれたあと。

 時計の秒針が二十四時を指す頃。

 リビングに降りてきた少女。

 

 アスランとふと目が合うがそれだけ。

 無関心。

 いや彼女の言葉を借りれば、俺と接する事は非効率なのだろう。

 嫌われている訳じゃない。

 ただ単に、必要を感じないだけだ。

 だから自分が発した言葉に驚いた。

 

 「少し話さないか?」

 

 言ってから、わずかに息を止める。

 拒絶されてもおかしくはない。

 だが、それでも聞かずにはいられなかった。

 

 アスランの一言に、少女は足を止めた。

 そして椅子を引き、テーブルごしに対面する。

 まるで面接の担当官になったみたいだ。

 

 「……どうぞ」

 

 「さっき迷う事や悩む事は無意味って言ってたよな」

 

 自分でも、探るような言い方だと分かる。

 だが真正面からぶつかるには、まだ整理がついていなかった。

 

 「はい」

 

 少女はまるで当たり前のように答える。

 そこに人としての温かみや心が無いように見えた。

 

 瞬きの間も、呼吸の揺らぎもない。

 ただ“応答”だけがそこにある。

 

 「なぜだ?」

 

 「そうなる事、結果は全て遺伝子によって決定されているから。余分な感情は必要ない」

 

 言葉に迷いはなかった。

 最初からそこにある結論を、ただ取り出しているだけのようだった。

 

 「つまり君は、自分が戦士でパイロットでエンジニアだという運命を受け入れるのか?」

 

 「はい」

 

 その即答に、わずかに胸がざわつく。

 受け入れる、というより――

 “疑う余地がない”と言っているようだった。

 

 「もし音楽やピアノに興味を持ったとして、それでもやりたいとは思わないのか?」

 

 「思いません」

 

 間髪入れずに返ってくる。

 言葉と反応の間に、何もない。

 

 「何故だ?」

 

 「時間の無駄だから」

 

 その言葉は軽い。

 だが、その軽さが逆に重かった。

 

 ニコルが聞いたらきっと怒るなとアスランは内心思った。

 

 「趣味でもやろうとは思わないのか?」

 

 「思わない。私は戦士でパイロットでエンジニア。それ以外の生き方はノイズに過ぎない」

 

 “ノイズ”という言葉が、やけに耳に残る。

 それは排除されるべきものとして、明確に線引きされていた。

 

 「君は生まれた時に与えられた遺伝子に従って、殺したくもない人を殺すのか?」

 

 問いかけながら、自分の過去がよぎる。

 命令に従い、引き金を引いた日々。

 

 「それは政治家や司令官の遺伝子を持つ者が決める事。私が判断する事じゃない」

 

 「それじゃ君はロボットと一緒じゃないか?」

 

 声が少し強くなる。

 だが、それでも届いていないと分かっていた。

 

 「人間は余計な感情と言う非効率かつ不合理な物の為に余計な血を流して来た。アスランが私の生を否定したいのが理解できない。なぜ貴方は自分の特性を否定しようとするの?」

 

 言葉の圧はない。

 だが、逃げ場もない。

 

 「俺は……それで一度間違えたからだ」

 

 喉の奥が、わずかに詰まる。

 

 父親パトリック・ザラの言うように戦い、命令に従って沢山の人を殺した。

 それが正しいと、それが正義だと信じて。

 だがキラと戦い、親友と銃口を突き付けてわかった。

 この生き方が間違えていると。

 

 「君の姉に言われたよ。殺したから殺して、殺されたから殺して、最後は本当に平和になるのかと」

 

 言葉を口にした瞬間、記憶がわずかに揺れる。

 あの時のカガリの表情。

 まっすぐで、逃げ場のない問い。

 

 「……姉?」

 

 少女の声は変わらない。

 だが、ほんのわずかに間があった。

 それが“未知の情報”に触れた証のように思えた。

 

 「カガリ・ユラ・アスハ。俺の婚約者で将来妻になる人だ。俺は君の義理の兄になる」

 

 自分で言って、少しだけ現実味がずれる。

 義理の兄。

 その言葉が、この場の関係を奇妙に浮かび上がらせる。

 

 「そう。なら私も聞きたい。どうして最後は平和にならないの?」

 

 「え?」

 

 問いの方向が変わる。

 だが少女にとっては一貫しているのだろう。

 

 「兵士の特性をもつ遺伝子を少なくしていき、平和志向の遺伝子を増やしていけばいい。それで人は戦わなくなる」

 

 その言葉は、あまりにも静かだった。

 提案でも、願いでもない。

 ただ“最適解”として提示される。

 

 「戦いたいと言う遺伝子を減らしていく。確かに非情に見えるかもしれない。でも戦争の犠牲を減らす事はできる」

 

 淡々と続ける。

 そこに躊躇はない。

 

 あまりにも乱暴で、あまりにも短絡的。

 だが確かに戦争は無くなるかもしれない。

 

 「人間はそんな単純じゃない」

 

 言葉は出た。

 だが、理由は続かない。

 

 「では代案を」

 

 間髪入れずに返される。

 逃げ場を与えない問い。

 

 「……今は無い」

 

 沈黙が落ちる。

 自分の言葉の薄さを、はっきりと自覚する。

 

 それでも、アスランは続けた。

 

 「だが君の考えに納得できる人ばかりじゃない」

 

 「どうして?」

 

 少女の視線がわずかに向けられる。

 初めて“確認”ではなく、“問い”として。

 

 「納得できないからだ」

 

 言い切る。

 だが、それは説明になっていないと分かっていた。

 

 少女は沈黙する。

 

 すぐに返ってくるはずの言葉が来ない。

 

 時計の秒針が、ひとつ進む。

 

 その音だけがやけに大きく響いた。

 

 「結果が正しければ、過程は不要」

 

 いつもの答え。

 変わらない論理。

 自分の中に生まれた“例外”を扱いかねているようだった。

 

 「非効率」

 

 視線がわずかに揺れる。

 

 ほんの僅かに。

 それでも、はっきりと。

 

 「……わからない」

 

 その一言は、今までのどの言葉よりも小さかった。

 

 「戦争が無くなる場合、犠牲は減少する」

 

 淡々とした口調に戻る。

 だが先ほどの揺らぎが、完全には消えていない。

 

 「兵士、民間人を問わず、死亡率は低下する」

 

 言葉が積み上がる。

 数字のように、理屈のように。

 

 アスランは顔を上げる。

 

 「……その為に一部の選択肢を制限する必要がある、非効率な自由は排除される」

 

 一拍。

 

 「犠牲が減るのよ」

 

 その一言だけは、強く残る。

 理屈ではない。

 どこかで“願い”に近い響きがあった。

 

 「だから私は、その方が良いと判断する」

 

 アスランは言葉を探す。

 

 だが、出てこない。

 

 それが彼女の“善意”であることを、理解してしまった。

 

 ◇◇◇

 

 少女は自分の部屋に戻る。

 備え付けの家具以外何もない部屋だ。

 

 足音が消えると、外界との繋がりも途切れたように感じられる。

 

 着替えてベッドに潜り込み、天井を見つめ20分後に部屋の照明が消えるようにセットした。

 

 無機質な白い天井。

 そこには何も映らない。

 

 キラ・ヤマト。

 私の兄。

 

 アスラン・ザラ。

 私の義兄。

 

 二人とも、悩んでいる。

 非効率なはずの、それに。

 

 ……なぜ?

 理解できない。

 

 二人とも優秀な戦士の遺伝子を持つ存在なのに何故戦わない。

 

 平和を願うなら戦うべきなのに。

 

 役割りを果たしたら消えるべきなのに。

 

 アスランの妻、私の姉カガリ。

 

 ……守りたいはずなのに。

 

 戦う遺伝子の排除をなぜ理解しない?

 

 ……意味不明。

 

 そのはずだった。

 

 だが。

 

 胸の奥に、わずかな違和感が残る。

 

 先ほどの会話。

 

「納得」という言葉。

 

 あれは何だったのか。

 

 処理できない何かが、内部に残っている。

 

 少女は目の前がぼやけた事に気が付いた。

 

 最初は視界の異常だと思った。

 

 だが違う。

 

 瞳から涙がこぼれる。

 

 頬を伝う感覚。

 温度。

 

 データとしては知っている現象。

 

 だが――

 

 「……意味不明……わからない……わからない」

 

 声がわずかに震える。

 

 人は運命には逆らえない。

 

 逆らわないのが正しいのに。

 

 あの人たちはそれでも答えを見つけようとしている。

 

 理解できない。

 

 否定しきれない。

 

 「……わたしは……間違えてない」

 

 言葉にして、確認する。

 

 だがその言葉は、先ほどまでのように完全ではなかった。

 

 ほんのわずかに揺れていた。

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