機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百四十三話 観測の先にあるもの――正しさでは切り捨てられないもの――

 第百四十三話 観測の先にあるもの――正しさでは切り捨てられないもの――

 

 翌朝。早くに目が覚めた少女は宿舎からでて草むらを歩く。

 朝露に濡れた草が足元でわずかに揺れ、踏みしめるたびに微かな音を立てた。空気は冷たく澄んでいて、肺の奥までゆっくりと入り込んでくる。

 宿舎はハーバーコロニーの市街地から少し外れた所にあり、たまにトールとミリアリアが買い物がてら遊びに連れて行ってくれた。

 二人とも運命に未来を委ねているようには見えない。

 恋愛も遺伝子の結果なのだから遺伝子が導いたのだろう。

 やはり私は正しい。

 

 湖のほとりで短い金髪の少女に出会う。

 水面は静かで、風が吹くたびに光を細かく砕いていた。

 名前はステラ・ルーシェ。

 よく歌を歌っている。

 とても澄んだ声をしていて、ナチュラルだと思えない。

 自然の遺伝子が開花した稀有な例だろう。

 

 「ナンバーちゃんおはよう」

 

 そういって私の事を呼ぶステラ。

 最初は正式にNo.54126と言ったのだが、いつの間にかナンバーちゃんで定着してしまった。

 

 「おはようステラ」

 

 「あ、ナンバーさんだ」

 

 ステラと挨拶を交わしていると、小柄な長い茶髪の少女が歩いてきた。

 手には網籠のバッグを持っている。揺れるたびに中の包み紙がかすかに音を立てる。

 名前はマユ・アスカ。

 とても活発な子だ。

 この子はコーディネイターで空間認識能力がずば抜けて高いようだ。

 

 ドラグーンやミサイルのような兵器との相性が抜群に良い。

 

 つまり戦士だが、このコロニーでは折角の特性が生かせない。

 

 「ステラさんと一緒に食べようって思ってサンドイッチ作って来たんだ。ナンバーさんも食べようよ」

 

 「わかった」

 

 丁度空腹だった。

 湖のほとりのベンチに座って三人でサンドイッチを食べる。

 パンの柔らかさとハムの塩気、わずかなマスタードの刺激が舌に残る。

 私はマユの作るハムサンドが好きだ。

 何でかはわからないけど。

 

 「ねぇ。ナンバーさんも一緒にサッカーしようよ。ボールも用意してあるし」

 

 「私にはサッカーの遺伝子がない。なのでしない」

 

 「えー楽しいのに」

 

 マユが頬を膨らませて文句を言う。

 その表情は分かりやすく、意図を読み取る必要もない。

 確かに運動はしないが、観戦はする。

 

 「ステラさん。ステラさんも行こう」

 

 「うん。マユが言うなら行く」

 

 私はサンドイッチを口に運びながら、二人の話を聞く。

 会話自体は非効率だと思っていたが、悪くない。

 

 「それじゃあ食べたらから行こうよ。ボール用意しておくから」

 

 「うん」

 

 ステラは静かに頷く。

 サッカーか。

 私は特に興味ないけど、これもまた経験かも知れない。

 

 「ねぇナンバーさんも来てよ」

 

 「構わない」

 

 「やった!」

 

 マユは嬉しそうに手を叩く。

 その音が乾いた朝の空気に軽く響いた。

 食後、マユとステラと一緒にグラウンドに向かう。

 ボールも用意された。

 私はベンチに座り、二人の練習を眺めている。

 サッカーは非効率だが、楽しいと思わなくもない。

 

 グラウンドには幼い少年少女が集まっていた。

 地球連合の研究所から助け出された子供たちだ。

 少し年長の水色髪と緑髪の少年が率いるチームがマユのお気に入りだ。

 

 「アウルさん頑張って~」

 

 「スティングがんばれ~」

 

 アウル・ニーダとスティング・オークレーが笑いながら手を振ると、観客の少女から黄色い声が上がる。

 二人ともエースストライカーなのでとても人気がある。

 

 試合が始まった。

 足音とボールの弾む音が乾いたリズムを刻む。

 二人のボールさばきは鋭く、攻撃的なフォワード二人が瞬く間にシュートを決めた。

 開始して10分で最初のゴールを決めた二人に惜しみない拍手が贈られる。

 見たところ、二人とも高い身体能力がある。

 だがサッカーの遺伝子があるかはわからない。

 参加している子供たちは明らかに不慣れな者もいて、とても遺伝子で選抜されたとは思えない。

 

 「……無意味」

 

 サッカーが得意ではない遺伝子の持ち主は、どれだけ練習しても一流にはなれない。

 遺伝子が未来を決める。

 だから無意味。

 いくら楽しくても、時間の無駄でしかない。

 

 だが。

 

 ボールを追いかける子供たちから、視線を外せない。

 

 不慣れな動き。

 無駄の多い走り方。

 効率とは程遠い動き。

 

 それでも。

 

 ゴールが決まった瞬間。

 

 歓声が上がる。

 

 その音が、胸の奥にわずかに残った。

 鼓動とは別の、説明できない揺らぎ。

 

 理由はわからない。

 

 理解できない。

 

 だが。

 

 「……観測継続」

 

 私は視線を逸らさなかった。

 子供たちの笑顔。

 まぶしい日差しが照らす緑の芝生。

 ボールを追って、それぞれが練習を切り上げこちらにやってくる。

 

 「じゃあねアウルさん」

 

 「また後で会いましょう」

 

 「おう!」

 

 にこやかな笑顔で子供たちは手を振るとグラウンドを去るアウルを追いかけていく。

 その背中を見送りながら、マユが呟いた。

 

 「ねぇナンバーさん。私ね、サッカーも好きだけど……やっぱりあの人たちが好きなの」

 

 あの少年たちは人工的に改造された子供だ。

 寿命も長くないと聞いた。

 なのになぜ楽しそうなのか?

 

 「私ね、あがいてみたいの。……馬鹿みたいだよね」

 

 マユは笑顔だ。

 だがそこにはわずかに不安があるように感じた。

 指先がわずかに強く握られている。

 

 「……あがく?」

 

 「モルゲンレーテで研究中の薬。今はまだ寿命の延長しか出来ないけど。いつかは完全にアウルさん達を助けられる薬を作りたい」

 

 馬鹿な事をと思う。

 マユの遺伝子は空間認識能力。

 医師や研究者のものではない。

 つまり努力しても無駄なのだ。

 

 「……時間の無駄」

 

 そう結論づける。

 

 だが。

 

 マユの言葉が、なぜか記録として残る。

 

 優先度は低い。

 

 だが、消去できない。

 

 「あは、そう言うと思った。でもね、出来なくてもやりたいの」

 

 笑顔でそういうマユ。

 その瞳には迷いがない。

 ……なぜか出来る気がする。

 

 非合理的だ。

 

 成功確率は低い。

 

 だが。

 

 その言葉だけは、評価できないまま残る。

 

 「それにマユのお父さんとお母さんもモルゲンレーテにいるんだよ。だから入りやすいって言うのもあるし」

 

 そういってクスと笑うマユ。

 非合理的だ。

 だが、なぜか出来そうな気がする。

 マユに医師や医学者の遺伝子は無いのだ。

 戦士として戦うべきなのに運命を無視する。

 

 「ナンバーちゃん」

 

 ステラが応援席に座りながらポテトチップをくれた。

 袋の中で擦れる軽い音。

 手に取り塩気の多いポテトチップを味わう。

 好みの味。

 

 「……ステラ歌が好き」

 

 「うん」

 

 「だから歌う」

 

 そう言ってステラは微笑む。

 

 たったそれだけ。

 

 ステラと二人で試合後の球場を見る。

 芝生に風が吹き、草が揺れた。

 遠くで子供たちの声がする。

 意味のない沈黙。

 

 だが。

 

 その沈黙は、不快ではない。

 

 隣にマユも座って三人で芝生を眺める。

 時が止まったようだ。

 会話も無く、ただ風に吹かれている。

 ステラは静かな時間が好きだ。

 それがわかっているから黙り込む。

 

 ◇◇◇

 

 「ナンバーさん帰ろう」

 

 マユの一声で意識が戻った。

 うたた寝をしてしまったらしい。

 

 ……この私がうたた寝などありえない。

 

 もし襲撃されていたらどうなったのだ。

 だがここでそんな心配はいらない。

 何かしてもいい。

 何もしなくてもいい。

 このコロニーは存在自体が非効率だ。

 

 「……悪くない」

 

 自然と少女は笑みを浮かべていた。

 

 

 

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