機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百四十四話 間違え続けた者たちへ――救いは、用意されている――
第百四十四話 間違え続けた者たちへ――救いは、用意されている――
ヘブンズベースからジブラルタルへ帰港したミネルバは、修理と補給を受けていた。
「へへ~ん。いいでしょ?ほらほら」
「わかったわかった」
食堂で胸につけたフェイスの徽章をシンに見せびらかすルナマリア。
ヘブンズベース戦で多大な功績を挙げ、ロード・ジブリールを見事討った功績が高く評価されたのだ。
それをシンに見せびらかすルナマリアに、妹のメイリンがため息をつく。
「もう、まったく。何度目よこれ。お姉ちゃん、シンが構ってくれないからって、ちょっかい出すのよくないよ」
「構ってってなんだよ」
素で答えるシンにメイリンは再びため息をつき、姉の心を思うと可哀そうになる。
どこからどう見てもルナマリアはシンが好きだし、シンとも何度もデートをしている。
それなのに進展しない。
別に肉体関係が無くてもいいが、もう少し恋人らしくしてあげたらと思う。
と言ってもルナマリアは幸せそうだ。
今回のフェイスだって、別に指揮権があるとかはどうでもよく、桁外れたパイロットであるシンの隣に立てた事が嬉しいのだ。
きっとステラとシンの間に入れないとわかっている。
それでも好きなのは仕方がない。
「……そんなに好きなら、奪っちゃいなよ、馬鹿」
メイリンが口を開きかけたときだ。
『告げる。こちら艦長。全員手を休めてモニターを見なさい』
タリア・グラディス艦長の艦内放送と共に、ミネルバ全クルーの視線が一斉にモニターに集中した。
モニターには、ギルバート・デュランダル議長とミーア・キャンベルが写っていた。
整えられた背景、計算された構図。
その中央に立つ二人の姿は、どこか現実感を欠いた“完成された映像”のようにも見えた。
ミーアが平和を求める歌を一曲歌ったあと、艦内のざわめきがゆっくりと消えていく。
食堂にいたクルー達も、整備班も、通路を行き交っていた者達も、いつの間にか足を止めていた。
誰もが無言でモニターを見つめている。
歌の余韻だけが、わずかに残る。
そして――
静まり返った空気の中で、デュランダル議長がゆっくりと語りだした。
その声は穏やかで、しかし確実に人の意識を引き寄せる力を持っていた。
逃げ場を与えないわけではない。
だが、気づけば耳を傾けてしまう。
まるで最初から、聞くことを前提にしていたかのように。
どこか聞く者の胸に直接届くような響きを持っていた。
『この放送をご覧のみなさん。我々は先年、悲惨な戦争を経験しました』
『そしてこんな悲劇は繰り返さないと、確かに誓ったはずです』
『一人として、新たな戦争を望んだ者はいなかったはずです』
わずかな間が空く。
『……だが、それでも再び、このような悲劇に見舞われました』
『何故なのでしょうか』
『何故、我々は同じ過ちを繰り返してしまうのでしょうか』
問いかけるような口調。
断定ではなく、考えさせるように。
シンとルナマリアは顔を見合わせ、アグネスはニコルを見る。
ニコルは手をぎゅっと握りしめ、隣に立つレイは努めて冷静だ。
『影で戦争を操り、憎しみを増大させ、戦火を広げたロゴス──』
『死の商人とも呼ばれる彼らを、我々はようやく打ち倒しました』
画面には、崩壊した拠点や戦場の映像が一瞬だけ映る。
『しかし、それで全てが終わったのでしょうか』
『いいえ……我々には、もっと大きな問題が残されています』
その声が、わずかに低くなる。
『それは――人が誤った選択をしてしまうという事実です』
『本来担うべき役割を外れ、感情や欲望、環境に流されて行動してしまう』
『その積み重ねが、やがて争いとなるのです』
『では、どうすればよいのでしょうか』
わずかな静寂。
『どうすれば我々は、誤らずに済むのでしょうか』
シンは無意識に息を呑む。
その問いは、誰もが一度は考えたことのあるものだった。
『人は皆、それぞれ異なる資質を持って生まれてきます』
『足の速い者、知性に優れた者、繊細な感性を持つ者、強靭な肉体を持つ者』
『そして、それらは偶然ではなく――すでに遺伝子の中に示されているのです』
モニターにはDNA構造や解析データが映し出される。
『もし、それを正しく知り』
『正しく導くことができたなら』
『人は、自らに最も適した役割を担い、最も力を発揮できる場所で生きることができる』
『本来持っている才能を知らぬまま、一生を終えることもない』
『不適切な環境に置かれ、苦しむこともない』
『それは――人類にとって、どれほど大きな損失を防ぐことになるでしょうか』
画面が切り替わる。
教育、医療、職業配置のシミュレーション。
『私は人の善意を信じています』
『ですが同時に、環境が人を誤らせることも知っている』
『ロゴスのように』
静かに言い切る。
『ならば、環境そのものを正すべきではないでしょうか』
『人が誤らないように』
『最初から、最適な道を示すべきではないでしょうか』
『私は――その可能性を、諦めたくはない』
わずかな沈黙。
『人類存亡をかけた防衛策として』
『デスティニープランの導入実行を、ここに提案します』
そうデュランダル議長が発言したあと、巨大なコンピューター群がモニターに映し出される。
『デスティニープランは、我々コーディネイターが持つ遺伝子工学の技術を用い』
『人類一人ひとりの資質を解析し、その者に最も適した役割と環境を提示する――人類救済のためのシステムです』
『それは強制ではありません』
『だが、示された道は――きっと、誰にとっても最も幸福へと近い道となるでしょう』
最後に、焦土と化したベルリンや、ロゴスによって破壊された街や戦場、戦闘が終わった直後のヘブンズベースの映像が流された。
その言葉が流れた瞬間、食堂の空気がわずかに変わった。
誰も口を開かない。
だが、誰もが何かを考えている。
整備員が手に持っていた工具を、いつの間にか止めている。
食事をしていたクルーも、スプーンを持ったまま動かない。
視線はすべてモニターへと向けられていた。
その中で――
シンは無意識に、拳を握りしめていた。
何かを言われたわけじゃない。
だが、心の奥を直接掴まれたような感覚があった。
間違えるな。
正しい道を選べ。
それは、これまで何度も突きつけられてきた言葉だった。
だが今は違う。
“最初から間違えなければいい”
その発想は、あまりにも単純で――
あまりにも抗いがたい。
隣でルナマリアが、わずかに息を呑む。
ニコルは視線を落とし、何かを噛みしめるように沈黙していた。
レイは変わらず無表情のままだ。
だが、その瞳だけがわずかに細められている。
誰も否定しない。
出来ない。
それは、あまりにも“正しそうに見える”からだ。
そして同時に――
あまりにも“救いに見えた”。
◇◇◇
軍刑務所に収監されている女性士官イリーナ。
ベルリンでエルミナ、サリナ、リュシエを指揮し、一般市民の虐殺命令に従った罪に問われていた。
彼女の生涯は悲惨だった。
コーディネイターのテロで身体にハンデを負い、それでもなんとか成人し、人並みの幸せを手に入れようとした。
だが――
ユニウスセブン落下で、家族と故郷を失った。
働く場所も、生きる理由も、すべて消えた。
食べる為にブルーコスモスに入った。
選んだのではない。
それしかなかった。
そしてロゴスに踊らされ、ミネルバと戦った。
何が正しいのかも分からないまま、
ただ命令に従い、
ただ生き延びる為だけに。
ロゴスの存在を知り、憤激したが全ては遅すぎた。
イリーナ自身が加害者になってしまったのだ。
だが――
戦争が終わっても、もはや家族も故郷も無い。
何も残らなかった。
“神様なんているわけないよ”
それが彼女の口癖だった。
だが。
もし――
自分の適性が最初から分かっていたら。
もし――
自分に合った仕事と場所が与えられていたら。
もし――
戦う以外の道が示されていたなら。
こんな人生にはならなかったのではないか。
そう考えてしまう。
こんな自分にも、
別の未来があったのではないかと。
だが――
その未来は、本当に“自分”だったのだろうか。
選ばされた役割の中で生きる自分は、
果たして今の自分と同じなのか。
わからない。
だが――
それでも。
もう、間違えたくはなかった。
収容所で同じようにデュランダル議長の演説を聞いていた兵士たちは、
みな似たような過去を抱えていた。
選べなかった者たち。
流されてきた者たち。
間違え続けた者たち。
――そして、戻れなくなった者たち。
彼らにとって――
デュランダル議長の言葉は“救い”だった。
戦争のない世界の為。
奪われた幸福の為。
そして――
自分が間違えなくて済む未来の為に。
デスティニープランは、
甘美な果実として示された。