機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百四十五話 救済という名の選別――正しさは、すべてを救わない――

 第百四十五話 救済という名の選別――正しさは、すべてを救わない――

 

 デスティニープランは驚きと賛否両論を巻き起こした。

 もっとも反発したのがブルーコスモスだ。

 

 “コーディネイターの技術に未来を委ねるのか!”

 

 遺伝子適正で判断すると言うなら、遺伝子操作に長けたコーディネイターが圧倒的に有利なのは間違いないと彼らは主張した。

 実際は違うのだが、遺伝子と聞くだけで拒絶反応を示し議論にならない。

 

 世論はロゴスに踊らされて戦争をしていたという事実と、それを打ち破ったデュランダル議長支持派が多数を占めた。

 だが決定打に欠けていた。

 

 「……思っていたより世論の評判はよくない」

 

 ミネルバの通信室は、艦内でもとりわけ静かな場所だった。

 壁面を埋める通信機器の表示灯が青白く明滅し、薄暗い室内に冷えた光を落としている。

 大型モニターに映し出されたデュランダル議長の顔は鮮明で、細かな表情の揺れさえ見逃せそうになかった。

 空調の低い駆動音と、時折走る微かな電子音だけが、妙に耳につく。

 戦場の艦とは思えないほど整然としたその空間が、かえって会話の重さを際立たせていた。

 

 ミネルバの通信室で話すデュランダル議長の表情はいつもと同じ冷静な物だったが、ニコルの目には多少苛立たしさが混じったようにも見える。

 世論をもっと誘導する為には、ロゴスの手によってもっと多くの血が流れなければならない。

 そういう目をしているように見えた。

 

 一言で言うと、ルナマリアがロード・ジブリールを討つのが早すぎたのだ。

 

 月基地にいる地球連合の戦力はいまだ健在だし、デスティニープランに反対するブルーコスモス派も多い。

 ジブリールと共に消し去っていれば、あとの面倒は無い。

 ザフト一強にしてしまえばデスティニープランの実行を強行できる。

 

 「反発は予想の範囲内でしょう」

 

 ニコルはデュランダル議長からデスティニープランの詳細を聞いている。

 彼はニコルを高く評価していて、将来は自分の後継者にしたいと思っているようだ。

 子供のいない彼は、ニコルの未来に自分の未来を重ね合わせていた。

 それはとても悲しいと思う。

 遺伝子工学の第一人者として遺伝子に囚われてきた彼は、思想の継承も遺伝子に委ねたかったのだろうか?

 

 ニコル自身の遺伝子適正は政治家、ピアニストだった。

 戦士でもパイロットでもなかった事は予想の範囲内だ。

 キラにもアスランにも及ぶとニコルは思っていない。

 そもそも戦いたくはない。

 

 自分に政治家の適正があるのは嫌だ。

 こんな茶番に付き合いたくはない。

 ただ、もしこの適正が無かったら、デュランダル議長は絶対にニコルを腹心にしようとはしなかっただろう。

 彼は遺伝子を元に判断する人だからだ。

 

 「君はどう思うかね?」

 

 「強行するなら月を討つべきでしょう」

 

 ニコルは月の地球連合艦隊を討つ事を進言した。

 といっても、これは却下されるだろう。

 ニコルはデュランダル議長に探りを入れている。

 ――どこまで踏み込めば、本音が引き出せるか。

 戦争終結を大義名分にしている以上、これ以上の戦火拡大は世論が認めないだろう。

 それに月の戦力はザフト全軍で挑んでも手に余る。

 

 「それも悪くはない。だが些か性急すぎではないかね」

 

 その言葉は否定だった。

 だが――完全な否定ではない。

 

 “時期ではない”と言っているだけだ。 

 

 「革命には血が必要です」

 

 再び心にもない事を言う。

 今のニコルを見たらマユは目に涙を浮かべて“やめて!”と懇願するだろう。

 シンもキラも失望するだろうし、アスランに殴られても仕方がない。

 ロベスピエールだっただろうか。

 似たようなことを言った人がいる。

 他人の血を利用しようとする人物に、ニコルは嫌悪感しか抱かない。

 

 だがデュランダル議長の賛同者を演じ続けなくてはならない。

 

 それにニコルもデスティニープランが絶対間違えているとは思えなかった。

 ある一定の正しさを秘めているし、もし完全に実行されたら支配層と被支配層が明確に別れ、戦争は無くなるかもしれない。

 いや、起きてもすぐに鎮火するだろう。

 

 少なくともブルーコスモスによるテロ行為は無くなる。

 そうなれば、多くのコーディネイターも納得せざるを得なくなる。

 

 つまり、コーディネイターが戦争を終わらせた偉大なる種族になるのだ。

 そういった意味では、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの独裁は決して悪い物ではない。

 デュランダル議長の人柄を見る限り、平和のためにデスティニープランを利用しようとしているのだ。

 

 「ふふ……ニコル。君は冷酷にも残酷にもなれるのだな。私の同志でありながら、私の敵でもある。とても興味深い人物だ」

 

 「お褒めに預かり光栄です」

 

 これは本音だった。

 演じた甲斐があった。

 

 ハーバーコロニーにいるだろうマユの事を思い出さない日は無い。

 いますぐ語り合い、抱きしめあいたかった。

 

 こんな政治のやりとりは嫌だ。

 ただ、マユの隣に居たい。

 

 ニコルの指先は、知らず知らずのうちに制服の袖口を掴んでいた。

 爪が布地にわずかに食い込み、それでも表情だけは崩さない。

 モニター越しの相手は遠く離れたプラントにいるはずなのに、逃げ場のない圧迫感だけがこの小さな通信室を満たしていく。

 青白い光を受けた金の髪がわずかに陰り、足元に落ちた影は細く、頼りなく揺れていた。

 ここが密閉された艦内であることを、呼吸の浅さが何より強く意識させる。

 

 「人はね、ニコル」

 

 デュランダルは静かに笑った。

 

 「恐怖と損失を与えなければ、変わろうとはしない」

 

 その声音は穏やかで、優しかった。

 

 だからこそ――余計に、冷たかった。

 

 背中に冷たい汗をかく。

 

 だが、その言葉は続く。

 

 「これまで人類は、何度同じ過ちを繰り返してきたと思う?」

 

 宗教、民族、資源、思想。

 

 争う理由は無数にある。

 だが、本質は変わらない。

 

 「“選べる”という自由はね――」

 

 一拍、置く。

 

 「間違いを繰り返す自由でもある」

 

 ニコルは何も言えなかった。

 

 否定したい。

 だが、否定できる材料が思いつかない。

 

 「君は優しい。争いを好まない人間だ」

 

 デュランダルの視線が、真っ直ぐにニコルを射抜く。

 

 「だが現実には、君は戦場に立っている」

 

 その事実が、言葉よりも重くのしかかる。

 

 「それが今の世界だ」

 

 適性を無視し、役割を誤り、

 本来戦う必要のない者が血を流す。

 

 「それを“自由”と呼ぶのなら――」

 

 わずかに目を細めた。

 

 「私は、それを是正したいだけだよ」

 

 静かな声だった。

 だが、その中には一切の迷いが無かった。

 

 「例えば――君が大切に思っている人がいるとしよう」

 

 ニコルの心臓が、わずかに強く打つ。

 

 「その人が、本来いるべき場所ではない場所に置かれているとしたら?」

 

 戦うべきでない者が戦い、

 生きるべき場所で生きられない。

 

 「それでも“自由だから”と放置するのが正しいのかね?」

 

 問いかける声は、あくまで穏やかだった。

 

 だからこそ――逃げ場がない。

 

 「私はね、ニコル」

 

 デュランダルは、ほんのわずかに微笑んだ。

 

 「世界を救えると、本気で思っている」

 

 その言葉には、疑いが一切なかった。

 

 「だからこそ、躊躇わない」

 

 犠牲も、痛みも。

 

 必要であれば、受け入れる。

 

 「それが、責任だ」

 

 ――言葉が、刺さる。

 

 冷徹な狂人。

 だが、それだけではない。

 

 彼は本気で、この世界を良くしようとしている。

 

 そして、その方法は――

 

 あまりにも正しい。

 

 だからこそ、恐ろしい。

 

 ……歴史は悪意より善意のほうが人を殺すと実証している。

 

 通信室での会話を終え、デュランダル議長に敬礼した後、ニコルは深いため息を吐いた。

 モニターの光が落ちると、室内は急に温度まで下がったように感じられた。

 張り詰めていた空気がわずかに緩み、そこで初めて自分の肩に余計な力が入っていたことに気づく。

 自動扉が開いた先の通路は無人で、白い照明が真っ直ぐに床を照らしていた。

 その静けさがかえって、今交わした会話の異様さを際立たせる。

 

 かなり確信を得た。

 デュランダル議長は最初から月を攻撃するつもりだ。

 だが大義名分が必要だ。

 月がデスティニープランにとって脅威であるという大義名分が。

 

 オーブのカガリとラクスに、メイリン経由ですぐに知らせなくてはならない。

 次の戦場は月、きっと激しい戦いになるだろう。

 生き残らなくてはならない。

 こんな汚れた自分を、マユは受け入れてくれるだろうか。

 

 ――それとも。

 

 自分はもう、マユの隣に立っていい人間ではないのか。

 ニコルには自信が無かった。

 

 その頃、マユはアークエンジェル、ドミニオンと共にオーブに向かっているなど、神ならぬニコルには想像もつかなかった。

 マユは安全なコロニーでの生活より、ニコルと共に戦う事を選んだのだ。

 

 ニコルだけを戦わせるつもりなど、最初から無かった。

 ――同じ場所で戦い、同じ未来を背負うために。

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