機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百四十六話 選べない者と、選ぶ者――少年は、自分の意思で抗う――
ミネルバ艦内に緊張が走っていた。
通路の照明はいつもより白く感じられ、無機質な壁に反射した光がやけに冷たく見える。
すれ違うクルーの足取りは早く、誰もが言葉少なに持ち場へ急いでいた。
デュランダル議長の提唱するデスティニープラン。
人類を遺伝子で選別する世界。
コーディネイターがその担い手になる。
戸惑うのも当然だとニコルは思っていた。
だが馬鹿げていると一蹴するのは簡単だ。
問題はもっと根深い。
コーディネイターが誕生してからずっと燻っていた問題。
積み重なったテロと戦争の連鎖。
人々はいつ終わるかわからない世界に半ば絶望していた。
誰もが答えを欲しがっていた。
それがたとえ非常識な答えだとしても、戦争はこりごりだった。
好戦的なブルーコスモスも盟主ロード・ジブリールとロゴスを失い、強力な指導者が不在だ。
彼らも答えを欲していた。
後ろから駆けてくる足音に気が付いてニコルは振り向くと、よほど慌てていたのだろうシンとルナマリアが駆け寄っていた。
金属床を叩く靴音が反響し、静まり返った通路にやけに大きく響く。
二人とも全速力で駆けてきただろうに息一つ乱していない。
ただ困惑の色が瞳にあった。
「二人ともどうしたの?」
「さっきのデュランダル議長の演説、ニコルも聞いていただろ」
「うん、聞いていたよ」
「デュランダル議長と親しいニコルさんなら何か知っているんじゃないかと思って」
シンとルナマリアはニコルに矢継ぎ早に問うた。
知っているも何も、ニコルはデュランダル議長から詳細を聞いている。
デュランダル議長はニコルに何度も真意と疑問をぶつけ、ニコルは誠実に答えた。
おそらくデュランダル議長の次にデスティニープランを理解しているのはニコルだろう。
「知っているけど、ここで話すのもなんだね。展望室へいこうか」
そう言ってニコルは二人を伴って展望室へと上がった。
自動扉が静かに開くと、潮の匂いを含んだ風がわずかに流れ込む。
見下ろす海は凪いでいて、これからの嵐を予兆しているようだった。
それとも水平線の向こうに平和な未来が待っているのだろうか?
薄く雲が広がり、太陽の光が水面に鈍く反射している。
ニコルは好物のバルトフェルドブレンドのコーヒーを手にした。
紙カップから薫り高いコーヒーの匂いが立ち込める。
「二人とも、話す前に聞いて欲しい。デュランダル議長は本気で世界を救おうとしている」
強引すぎるけどねとニコルは心の中で付け加えた。
ミネルバは何度も激戦を潜り抜け、デュランダル議長派の旗艦と目されている。
親議長派の艦に乗るシン達でさえ戸惑うのだ。
他はもっと混乱しているだろう。
「やっぱりそうか。だよな、みんな戦いは飽き飽きしているからさ」
「そうよね。もう戦いたくないもの」
最前線に立つ者ほど、戦争の愚かさを知っている。
シンとルナマリアもデスティニープランの魅力に取りつかれ始めていた。
ニコルもデスティニープランを全面否定できなかった。
誰かの管理下に入ると言う事は、自由を失うと引き換えに安定をもたらす。
だがそれでもニコルに答えを求めるのは二人が納得していないからだ。
ニコルは答えをすぐには示さなかった。
「でもさ、なんか違うんだよ」
言葉にしようとして、詰まる。
何が違うのか、自分でもまだ分からない。
シンは話し出す。
その声は悩みながら震えていた。
「遺伝子で全てが決まるなら、俺たちの未来はどうなるんだ?俺に社長の遺伝子があったら、どこかの会社の社長になるのか?」
「そうなるね」
ノウハウや人脈なども全て無かった事にされる。
遺伝的に社長になるなら、それが最適だと言う事だ。
「それって変じゃないか?俺は経営とか何も知らないぜ?」
「遺伝子が正しいのだから、学べばすぐに身につくよ」
「結婚相手とかも遺伝子が決めるんですか?」
「そうなるよ」
元々プラントでは結婚は子供が生まれやすい者同士でしか成立しない。
婚姻統制が行われている。
もし、シンとルナマリアが愛し合っていても結婚できるかは遺伝子だけが知っている。
望まない結婚を貫こうとすれば、遺伝子統制のないオーブなどに移住するしかない。
恐ろしい政策だが、コーディネイターの出生率は異常に低い。
「そんなの、嫌だな」
「俺も社長になんてなりたくない」
「私だってイヤ。好きな人と結婚したいもの」
ルナマリアは言い切ったあと、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
その言葉に嘘はない。
だが、それだけでは片付かない何かが胸に残っている。
これが普通の反応だとニコルは感じた。
当たり前だ。
結局、自分たちの運命を他人に委ねると言う事だ。
人は本能的にそれを拒絶する。
それは人類の歴史そのものだからだ。
自由のため、運命を自分の手で切り開く為に人類は戦ってきたのだから。
シン達は納得していない。
「だけど……何か引っかかるんだよな」
シンがぼそりと言った。
ルナマリアは黙ったまま、カップを揺らしながら水面を見つめている。
波は穏やかなはずなのに、光の揺らぎだけが不安定に踊っていた。
「でも……デスティニープランが無かったら、俺たちは何を目指して生きていけばいいんだ?また同じこと繰り返すだけなんじゃないのか?」
それは二人の核心だった。
デスティニープランが正しいかどうか以前に、“自分たちの生きる理由”を探している。
このまま戦い続けるのは、二人とも嫌なのだ。
シンはニコルを真っ直ぐ見た。
「ニコルさんは……怖くないの?このままじゃ、全部決められるかもしれないのに」
ニコルはしばらく沈黙したあと、ゆっくりと口を開いた。
「怖いさ」
それは、奪われることへの恐怖だけじゃない。
――もしこれが正しかったらどうする。
その考えの方が、よほど怖かった。
コーヒーを一口飲み、遠くの海を見つめた。
苦味が舌に残り、妙に現実を引き戻す。
自分が打ち込んできたピアノの才能は否定されなかったが、ニコル自身も政治家の遺伝子など欲しくはなかった。
もしマユとの間に子供が生まれる遺伝子が無かったとしたら、マユと添い遂げられない。
そう考えると気が狂いそうだった。
「でもね、怖さの反対で誰かに未来を委ねたほうがほっとするのも確かなんだ。これで確実に戦いは終わる。そう願わない人はあまりいない」
ニコルもデスティニープランが間違いだと断じる事はできない。
もし自分がマユを諦められるなら。
世界の安定の為に自分を殺せるなら、そうせざるを得ないのかもしれない。
自分とマユが我慢すれば。
「俺は……俺はステラを諦められない」
一度、言葉が詰まる。
それでも、押し出すように続けた。
「俺だけじゃない。みんなだってそんな未来を受け入れられないと思う」
「戦争は確かに嫌だけど――」
拳を握る。
「これは戦争より酷いじゃないか」
シンははっきりとそう言い切った。
ニコルはシンの言葉が羨ましかった。
あそこまで迷わず、言い切れることが。
自分には――できない。
一歳年下の義兄は明確に否定したのだ。
「私だっていや。確かにデュランダル議長のいう通りかもしれないけど」
ルナマリアも嫌だという。
ニコルは二人に代案を求めようと一瞬だけ思ったが口には出さない。
デュランダル議長のデスティニープランは甘美な果実だ。
だが完璧ではない。
感情が理性に追いついていない。
ニコルは二人の答えも正しいと思っていた。
だからこそ――どちらも選べない自分が、何よりも嫌だった。