機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百四十八話 選ぶ責任、背負う覚悟――艦長たちは答えを保留しない――
キィィィィンというジェット音が空に木霊する。
管制塔の指示に従って、大型機が離発着するオーブの空港に、オーブ軍の輸送機が着陸した。
焼けつくような日差しが機体の外板に反射し、白い光が滑走路を揺らす。
南国の暑い日差しは、コロニーでは体感できないものだった。
自分が生まれ育ち、そしてニコルと出会った故郷。
マユは胸いっぱいにあたたかな空気を吸い機嫌よくタラップを降りる。
湿り気を含んだ風が頬を撫で、遠くで波の砕ける音が微かに届いた。
「そんなに急いだら危ないよ」
後ろからステラの声を聴いて振り向くと、No.54126が物珍しそうに周りを見ていた。
南国の木々や花々が咲き誇るオーブは、知識だけで生きてきた彼女には刺激的なのだろう。
視線は忙しなく動き、空や地面や人の流れを順に追っていく。
表情は相変わらず硬い。
だが嫌がっていないとマユにはなんとなくわかった。
「ナンバーさん。ここがマユの故郷オーブだよ」
No.54126はすっかりナンバーという名前が定着していた。
正式な名前はキラたちがつけるからナンバー(仮)になる。
別の飛行機からはアークエンジェル組のマリューたちが、別の機体からはドミニオン艦長アリス・ハルバートンとブーステッドマンの三人が下りてきた。
タラップを降りる人々の影が、強い日差しの下でくっきりと地面に伸びていく。
「やっと地面に降りれたな。コロニーはおちつかねえ」
「バーカ、遊びじゃねえぞ」
「お前らうるせえぞ」
いつものオルガ、クロト、シャニのじゃれあいを微笑ましく見つめるアリス・ハルバートン。
そのアリスの隣をマリュー・ラミアスが歩く。
制服の影が重なり、歩調も自然と揃っていた。
いつみても自分とは違う大人の佇まいを、アリスは学ぼうと努力していた。
「アリスさん。いつもドミニオンには無理をさせてごめんなさいね」
「いえ、アークエンジェル程ではないですよ」
軽く笑って肩をすくめる。
「謙遜してるの?」
「いいえ、事実です」
迷いのない即答だった。
「艦長としては未熟でした。判断も遅かった。でも、それを経験で埋めただけです」
「遺伝子のおかげ、なんて言われるのは……正直、好きじゃありません」
傍から見ると、二人は年の離れた姉妹にみえる。
事実アリスはマリューを慕っていた。
アリスの艦長としての実力は、マリューだけでなくアークエンジェルクルーも知っている。
「貴女、あの時アークエンジェルを落としかけたでしょう?」
「……あと一歩でしたけどね」
だから安心して背中を預けている。
マリューもアリスの実力を高く評価していたし、恩師ハルバートン提督の孫娘ということもあって親しくしている。
正規の教育を受けたアリスから学ぶことも多い。
将来アリスはマリューから習った海賊戦法も会得するだろう。
攻めのアークエンジェルと守りのドミニオン。
地球連合とザフトが恐れるオーブの二枚看板だ。
空港のロビーで歩きながらアリスは話す。
天井の高いロビーには冷房の冷たい空気が流れ、外の熱気が嘘のように遮断されていた。
足音がロビーに木霊した。
「マリュー艦長は、デスティニープランについてどう思いますか?」
「そうね……」
少しだけ間を置く。
「一見すると、正しそうには聞こえるわ」
「特に、戦争に疲れた人たちには」
視線を前に向けたまま続ける。
「……でもね」
わずかに声が落ちた。
「“正しそうに見えるもの”ほど、怖いこともあるのよ」
そういってアリスの答えを促すマリュー。
かわいい妹分の答えに興味津々だ。
「私は馬鹿馬鹿しいと思います」
即答だった。
周囲の空気が一瞬だけ止まったように感じられるほど、迷いのない断定。
妹分は相変わらず歯に衣を着せなかった。
いつもの様子にマリューは苦笑する。
「どうしてそう思うの?」
「……私は天才だと言われますけど」
一瞬、言葉を探す。
「自分では、そうは思っていません」
「ここまで来たのは、努力したからです」
言葉の端に、わずかな苛立ちが滲んでいた。
それは否定されたくないものを否定される感覚。
ほんのわずかに声が強くなる。
「それを遺伝子だからと言われるのは――納得できません」
「そうね……」
マリューは苦笑する。
「私もね、艦長なんて柄じゃないと思ってるの」
「今でも、技術職の方が向いてる気がするわ」
「艦長なんて、向いてるかどうかなんて未だに分からないもの」
二人の後ろを歩くナタル・バジルールとアーノルド・ノイマンの二人も頷いた。
この二人は近々婚約する。
「私もアリスが、もといアリス艦長が努力してきたことは知っています」
ナタルが口を開いた。
「確かに理解は早かったですが、それは訓練の結果です。遺伝子などというもので測られるわけではありません」
「自分も同感です」
ノイマンも続く。
「あの激戦で舵を握り続けて、ようやく今があります。最初から優れていた、なんて言われるのは……少し違いますね」
ナタルとノイマンの言葉に笑顔で頷くマリュー。
ヘリオポリスからの激戦で鍛えられたのは、遺伝子だったからではなかった。
「まあ、あくまで私の感想です」
アリスは視線を前に向けたまま言う。
「でも、デュランダル議長の狙いはわかります」
「戦争の終わった世界で、主導権を握りたいんでしょう」
アリスの言葉にマリューは眉をひそめた。
確かにデスティニープランは戦後の世界を大きく変える。
誰が遺伝子で管理するのかわからない。
管理が下手をすればディストピアになるだろう。
だが、それはあくまで推論に過ぎない。
「彼が為政者としての遺伝子を持っていなかったらどうするのでしょうね?」
「または為政者の遺伝子を持つ人間が二人いたら?」
「技術的には、あり得るわね」
マリューは静かに頷く。
「システムは必ず例外を生むもの」
マリューの言葉にアリスは頷く。
技術者は常にパーツの摩耗や故障を考慮に入れて設計する。
つまりデュランダル議長が死んだあとはどうするのだろう。
「そうですね」
アリスはあっさり肯定した。
「でも、その時は“新しい管理者”が選ばれるんじゃないですか?」
「システムとしては、そう設計するでしょうし……それで終わるかしら?」
「終わりません」
即答だった。
アリスの答えは正論だった。
確かにそうだ。
デスティニープランの管理者はおそらくデュランダル議長だ。
それだけの力を持っている。
アリスはさらに続けた。
「私は今回の件で疑問に思う事がいくつかありました」
「貴女はなにを疑問に思うの?」
アリスはわずかに足を緩める。
「ブルーコスモスが消えても、プラントが消えても――また別の形で争いは生まれる……これは構造です」
歩みは止まらない。
だがその言葉は、確実にその場の全員の足を重くしていた。
「この世界を変えるには?」
「新しい価値観が必要です」
アリスは言い切る。
「“遺伝子で決める”だけでは、ただの管理です。それは解決ではありません」
アリスはそう言い切った。
その言葉にマリューは納得した。
確かにそうだと思ったからだ。
だがそれをデュランダル議長がするとは思えない。
だからこそマリューは疑問に思ったのだ。
「では具体的には?」
「新しい秩序を作る必要がありますね。そしてそれは……」
アリスはそこまで言うと言葉を切った。
そして目を閉じる。
ほんの一瞬、呼吸を整える。
「それはきっと戦争なんてものが可愛く見えるほど、澱んだ糞みたいな世界です」
そう吐き捨てるアリス。
ハルバートン提督はアリスを優秀な軍人に育てたが、口の悪さは直せなかったわねとマリューは苦笑した。
「そんな未来は見たくはないわね」
マリューの声は静かだった。
だが、その奥には確かな重さがあった。
「わたしもそんな世界に生きたくはありません」
「──それなら」
マリューは一瞬だけ立ち止まる。
「私たちは、選ばなきゃいけないわね」
戦うのか、受け入れるのか。
逃げるのか。
「ええ」
アリスは短く頷いた。
「……戦うしかありませんね」
二人は軽く手を合わせた。
だが、それは決して軽い約束ではなかった。
重さだけが、確かに残っていた。