機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第十五話 決断の夜
ザフト艦『ウルージ』のタラップを降りていくアストレイの背中を、タリア・グラディス艦長は艦長室の窓から見送っていた。
静かな修理ドックに面した窓。
アストレイは肩を落としているように見える。
その機体が小さくなるまで視線を離せなかった。
指先で制服の袖口を掴み、爪が白くなった。
息を吐くたびに胸の奥が冷たくなる。
深く、長い吐息が漏れる。
――自分は、またひとりの子どもを戦場へ送るのね。
シン・アスカ。
あの少年は、戦いたくないと言った。
それなのに、自分の命令ひとつで彼を戦場へ導こうとしている。
プラントがハーバーコロニーを放棄しようとしているのは事実だ。
だが――議長ギルバート・デュランダルの「反対」という言葉を、タリアは信じていなかった。
彼は優しげな笑みの裏に、冷たい計算を隠す人だ。
役立つ者は庇護し、不要と見なせば切り捨てる。
しかも、自らの手を汚さずに。
強硬派を巧みに誘導し、彼らに“悪役”を演じさせる。
――あの人は、そういうやり方をする。
一方で放棄に反対しているのは、かつてのナチュラル融和派、シーゲル・クラインとユーリ・アマルフィ議員の二人だ。
シーゲル・クラインは現役を退いたとはいえクライン派のトップだし、アマルフィ議員のマイウス市はプラントのMSを設計、開発、量産している最重要拠点。
二人の発言力はギルバート・デュランダルでも無視できない。
特にアマルフィ議員は、息子ニコルの理想を受け継ぐように、このコロニーを建設した張本人。
ナチュラルもコーディネイターも関係なく共に生きられる場所――それがこのハーバーコロニーだった。
経済価値も軍事価値もほとんどない。
それでも、ここは「人類の希望」なのだ。
政争の駒にしていい場所ではない。
だが、タリアは逆らえない。
命令には従わなければならない。
ザフトがここを守ることも、捨てることも、上の判断ひとつで変わってしまう。
ミラージュコロイドに細工が施された今、存在を隠し通すことは難しい。
――この場所が、もうすぐ終わる。
そう直感していた。
───同じ夜。
ハーバーコロニー居住区の部屋。
シン・アスカはベッドの縁に腰を下ろし、膝を抱えていた。
目の前の窓には、暗い宇宙が広がっている。
静かで、息が詰まりそうだった。
「シン、顔が怖いよ」
ドアの隙間から、ステラが覗き込む。
その後ろにはルナマリアが控えていた。
「どうしたのよ、また何か考えてるでしょ?」
シンはうつむいたまま、しばらく黙っていた。
けれど、二人の視線から逃げられなかった。
ステラもルナマリアも答えを急がなかった。
シンを想いあう少女達の気持ちが伝わったのか、シンがぽつりと語りだす。
「……タリア艦長に言われた。ザフトに入れって。
入らなきゃ、このコロニーはザフトに見捨てられるかもしれないって」
ルナマリアの表情が固まり、ステラは小さく息をのんだ。
シンの拳が震えている。
それは恐怖ではなく、どうにもならない“痛み”のような震えだった。
「俺、怖いよ。戦うのはもう嫌だ。でも……入らなきゃ、みんなが困る。
ステラも、マユも……俺が断ったせいで、ここを出て行かされるかもしれない。
……俺は、そんなの……嫌だよ」
ステラが、静かにシンの肩を抱き寄せた。
「シン……怖くない。ステラがいる。シン、一人じゃない」
その声は柔らかく、少し幼い。
けれど、確かに心に届く。
シンはその腕の中で、小さく息を吐いた。
「……ありがとな」
ステラはシンの髪を撫でながら、何度も小さくうなずいた。
あたたかい。
その感触が、シンの中で揺れていた絶望をゆっくり溶かしていく。
「ねえ」
部屋の隅で、ルナマリアが口を開いた。
「……私も、話していい?」
「ルナ……」
ルナマリアはシンの前に膝をつき、目線を合わせた。
その瞳はまっすぐで、どこか優しい。
「私がザフトに入ったのはね、居場所を守るためだったの」
「居場所?」
「ユニウスセブンが核で破壊された時、何もできなかった。
あの惨状を見て、“守らなきゃ”って思ったの。
もう誰にも、あんな悲しい思いをさせたくなかった」
シンは黙って聞いていた。
ルナマリアの声は淡々としていたが、その奥には熱があった。
「戦うのは怖い。
でもね、守りたい気持ちがある限り、それは無駄じゃない。
シンもそうでしょ?
ステラやマユちゃんを守りたい――それが答えなんじゃない?」
「……でも俺は、人を殺したんだ」
オーブ防衛線の時。
ヤキン・ドゥーエの戦い。
シンの放ったビームがストライクダガーを貫く光景。
撃ち抜いた瞬間の閃光。
通信のノイズ。
声が、消えた。
忘れたい。
忘れられない。
「それでも。
あなたが守ったものだって、確かにある」
ルナマリアの声が、少しだけ震えた。
彼女はゆっくり手を伸ばし、シンの頬に触れる。
「迷っていいのよ。怖がってもいい。
でも、自分を責めないで。
……シンは優しい人だから。
自分を責めすぎて壊れちゃう」
ステラがさらに強く抱きしめる。
ルナマリアの指先が、シンの涙をそっと拭った。
――ああ、この人は、本当に優しすぎる。
ルナマリアは思った。
この少年は、自分の痛みを抱えたまま、それでも誰かを守ろうとする。
そんな人に惹かれるのは、きっと自然なことだ。
ルナマリアはシンを愛しく思う気持ちが大きくなっていくのを自覚する。
「……ありがとう、ルナ」
シンの声は小さく、それでも確かに届いた。
「ほら、顔上げて」
ルナマリアが微笑む。
「まだ答えが出てなくてもいい。でもね、その迷いの中に……きっと、答えがある。
だから今は、泣いていいのよ、シン」
その時、シンの胸の奥に小さな光がともった。
不安と恐怖の奥に、生まれかけた“覚悟”の種。
夜はまだ長い。
けれど、その灯火は確かにそこにあった。