機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百五十一話 自由の代償――選ばなかった者たちの選択――
いくつものカメラが並び、オーブ政府報道官が走り回る。
ケーブルが床を這い、ライトが白く照りつける中、会場には張り詰めた空気が満ちていた。
セッティングされた会場では、オーブ政庁にてカガリの記者会見が行われていた。
五大氏族、オーブ議会――共に選んだ結論だ。
カガリは演説文を脇に置く。
紙に書かれた言葉ではなく、自分の言葉で語るために。
胸の奥で鼓動が強く打つ。
だが、それを押し殺すように息を整え、前を見据えた。
「オーブ連合首長国は、デュランダル議長の提唱するデスティニープランを断固拒否する!!」
フラッシュが一斉に焚かれる。
まばゆい光の中で、カガリは一歩も退かなかった。
「人が何になるかを、他人に決められる世界を――私は認めない!自分の意思を他人に委ねてはいけない!」
ざわめきが広がる。
だがその声は、確かに届いていた。
カガリの宣言は世界を駆け巡り、世論は大きく割れた。
いまだ十代の少女が発するには重い言葉。
これからの時代を担う少女の言葉に、世界は揺れた。
記者会見より早く、オーブ国民の避難は始まっていた。
オノゴロ島の地下シェルターには続々と市民が避難し、軍と警察が誘導に当たる。
「こちらです、落ち着いてください!」
「急がなくていい、順番に!」
泣き出す子どもを抱き上げる母親。
黙って列に並ぶ老人。
誰もが不安を抱えながらも、足を止める者はいない。
市民全員が避難するまで、彼らは持ち場を離れない。
先年のオーブ侵攻戦で見せた団結力は健在だった。
アークエンジェル、ドミニオンは出港準備に入る。
整備兵たちが走り、金属音が格納庫に響く。
他のオーブ艦隊にも動員令が下った。
MS部隊、オーブ軍も戦闘態勢に入る。
国家非常態勢が発動され、市内のインフラは軍の統制下に置かれた。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
オーブ国立大学も休学となり、学生だったカズイ・バスカークにもエネルギー省からの招集があり、地下発電所に臨時勤務となった。
市内は閑散としている。
昼間だというのに人通りは少なく、信号の音だけがやけに響いていた。
「これじゃまるで戦争じゃないか……」
足を止め、カズイは吐き出す。
「何でオーブだけこんな目に遭わなきゃならないんだよ! 平和になったんじゃないのかよ!」
そう愚痴るカズイに、隣を歩く友人が苦笑する。
「なんだ、まだこの世界に平和が来るって思ってるのかよ」
「思ったら悪いのかよ!」
「悪くはねぇけどな……」
友人は少しだけ真顔になる。
「デスティニープラン、聞いただろ? あんなの施行されたら俺たちどうなるよ。勉強する権利もなくなるんだぜ」
「……でもさ」
少し離れて歩いていた別の友人が、気まずそうに口を開いた。
「戦争がなくなるっていうなら、全部が全部間違いとも言い切れなくないか」
空気が少しだけ止まった。
「向いてる仕事に就け、争うな、無理するな――それで平和になるなら、そっちの方が楽だって思う奴もいるだろ」
「楽、ね……」
別の学生が苦く笑う。
「それ、誰にとっての楽さだよ」
「俺は嫌だな」
さらに別の学生が吐き捨てるように言った。
「努力する前から、お前には無理だって決められるんだろ? そんなの夢があるとかないとか以前の話じゃねぇか」
「俺たち、“必要ない”って判断されたらどうなる?」
最初の友人の言葉に、カズイは言葉を失う。
「勉強したいって思うこと自体が無駄だって切り捨てられるかもしれねぇんだぞ」
別の学生が肩をすくめる。
「俺、科学者志望だけどさ。遺伝子が違うって言われたら終わりだろ?」
「それでも従えって言われたら、無理だわ」
「でも、今だって好きに選べる奴ばっかじゃないだろ」
今度は、少し後ろを歩いていた友人がぼそりと呟いた。
「家の都合とか、金とか、才能とか。そういうので道が決まることなんて、今でもいくらでもある」
カズイはすぐに言い返せなかった。
それは、綺麗事では押し返せない現実だったからだ。
だが、その沈黙を破ったのは別の友人だった。
「それでも違うさ」
低い声が落ちる。
「選べないことがあるのと、最初から全部決められるのは違う。自分で諦めるのと、諦めろって言われるのは、全然別だ」
さらに別の学生が笑う。
「うちラーメン屋だけどさ。親父の遺伝子が“料理人の適性なし”って言われたら店潰れるぞ」
友人達が笑っている。
だが、その笑いは軽くなかった。
カズイは拳を握り締める。
「それでも――!」
声が荒くなる。
「なんでオーブだけなんだよ!! 他にもいるだろ! なんで俺たちなんだよ!!」
友人は足を止めた。
「……カズイ」
「俺たち、選んだんだよ」
「……え?」
「世界にたて突くってことをさ。デスティニープランを受け入れないって自由を選んだんだよ」
その言葉は、逃げ場を与えなかった。
「自由を選ぶってのはな」
友人は静かに続ける。
「守られるって意味じゃねぇ」
「……」
「自分で背負うってことだ」
友人たちはそれぞれの持ち場へ向かっていく。
カズイも歩き出す。
選んだわけではない。
だが――
止まることもできなかった。
「……戦う場所くらい、選びたいよな」
そう呟きながら、彼も持ち場についた。
地下発電所の巨大なタービンが低く唸る。
その音は、戦いの始まりを告げているようだった。
◇◇◇
オノゴロ島地下、モルゲンレーテの一角に、カガリとナンバーの姿があった。
MS格納庫にはムウ・ラ・フラガの乗機になる黄金色の機体アカツキ。
その隣に白銀の機体が静かに佇んでいる。
「これはアカツキを改造してMA化できるようにした機体だ。名前はユキカゼ」
「……ユキカゼ」
ナンバーはその機体を見つめる。
滑らかな装甲、無駄のない構造。
明らかに最新鋭機だった。
「お前が月へ行くって聞いてな。慌てて準備した」
カガリは視線を逸らす。
「むろん姉妹の情じゃないぞ。MS操縦技術の高さを買ったからだ」
「……わたしは戦うとは言っていない」
「だが戦場へ行くんだろう?」
カガリは一歩近づく。
「無理に乗れとは言わない」
「だが選択肢は多いほうがいい」
そして、強く言い切る。
「お前が最善だと思う判断をしろ」
「失敗してもいい」
「選ぶ自由を、誰にも委ねるな」
ナンバーは何も言わない。
だが、その手はわずかに強く握られていた。
◇◇◇
地下ドックに戻ると、オーブ軍の軍服に身を包んだステラとマユが待っていた。
「ナンバーさん!」
ナンバーを見つけた二人が駆け寄る。
「……ナンバーちゃん。選んだんだね」
ステラはにっこりと笑う。
マユも嬉しそうに笑った。
その笑みは、もう子供のものではなかった。
「……ステラもマユも」
「戦うよ」
即答だった。
「ニコルにはマユが必要だもん」
マユのかつての愛機シェンウーも複座化されていた。
各部が見直され、NJCが搭載され、マユの得意なドラグーンシステムも強化されている。
ステラが操縦し、マユが砲手を務める。
二人の信頼関係は、今や誰の目にも明らかだった。
ナンバーはわずかに首を傾げる。
「……恐怖は?」
ステラは少し考えた。
「あるよ」
だがすぐに続ける。
「でも、それでも行く」
理由は、それだけだった。
「……いこうナンバーさん。キラさんたちが待ってるよ」
「……私たちは一人じゃないんだよ」
その言葉に、ナンバーは頷いた。
◇◇◇
{IMG244186}
アークエンジェル、ドミニオンも出撃準備を整えていた。
民間人を避難させたオーブを出て、艦隊と共に月へ向かう。
自由を求めれば責任が伴う。
『──オーブ連合首長国とスカンジナビア王国の両国がデスティニープランを拒否したことで、各地でデスティニープラン支持者による抗議デモが発生しています』
あらゆるメディアがオーブを批判していた。
それでも彼らは決断した。
デスティニープランを選ばないという自由を。
──そして。
ナンバーは、その光景を見つめていた。
避難する人々。
戦いに向かう者たち。
誰もが、非効率な選択をしている。
……理解できない。
だが。
「……それでも」
彼女は、小さく呟く。
「見てみたい」
それが正しいかどうかではなく。
自分で確かめるために。
オーブ軍の軍服に袖を通し、ナンバーは前を向いた。
――選ぶために。