機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百五十二話 迷いの星海――それでも、引き金は引かれる――
オーブがデスティニープランを拒否したというニュースはザフト軍を駆け巡った。
先年オーブに救われた将兵も少なくなかったからだ。
ジェネシスと核ミサイルで人類滅亡という危機を回避できたのは、間違いなくオーブのおかげだった。
艦内の通信端末には、そのニュースが何度も繰り返し映し出されていた。
誰もが視線を向ける。
だが、その表情は一様ではなかった。
“オーブと戦うのか……?”
“本当に撃っていいのか?”
小さな声が、あちこちで漏れる。
誰かがそれを否定することもない。
否定できない空気が、すでに広がっていた。
さらにザフト将兵の士気を挫いたのはカガリの発した演説だった。
『人が何になるかを、他人に決められる世界を――私は認めない!自分の意思を他人に委ねてはいけない!』
その言葉に耳を傾けたものは、この戦いの発端ユニウスセブンへの核攻撃。
“血のバレンタイン”の事を思い出す。
あの時自分は何をやっていたのだろう。
何かできたのか?
いわれるがままナチュラルを殺して、ジェネシスで殺しつくそうとして。
──あれは本当に正しかったのだろうか。
何者かにジェネシスが破壊され、同時刻地球連合の核ミサイルも破壊され人類滅亡は避けられた。
それは紙一重だった。
あと一歩で、家族も、故郷も、すべてを失っていた。
その記憶は、まだ誰の中からも消えていない。
その重苦しい空気はミネルバ艦内にも流れていた。
ミネルバはハーバーコロニー防衛戦やユニウスセブン落下でアークエンジェルと共闘したクルーが多い。
整備デッキでは、手を止めたまま機体を見上げるヨウランとヴィーノがいた。
金属の装甲に、作業灯の光が鈍く反射している。
工具が床に転がったまま、誰も拾おうとしない。
「……あの時、あいつらと一緒に戦ったよな」
「……ああ」
短い返答。
それ以上の言葉は出ない。
「次は、撃つのか?」
ヴィーノの問いは、独り言のようでもあった。
ヨウランは答えられなかった。
機体に触れた手が、わずかに震えている。
この機体で、誰を撃つのか。
それを考えた瞬間、指に力が入らなくなった。
食堂でも同じだった。
食事の手は進まず、スプーンの触れ合う音だけがやけに響く。
温かいはずのスープから立ち上る湯気だけが、場違いなほど穏やかに揺れていた。
誰もが無言で皿を見つめている。
視線は交わらない。
だが全員が、同じことを考えていると分かっていた。
――撃てるのか。
その一言を、誰も口にしないだけだ。
「命令だろ」
誰かが言う。
「……分かってる」
だが、それだけだった。
納得している者は、誰一人としていない。
戦友と戦う。
命令だからと割り切れる者ばかりではない。
その顕著な例がシンだ。
「納得できません!!」
艦長室に響く声。
シンは拳を握りしめ、タリアを睨みつける。
シンはオーブ出身者だ。
友人も、知人もいる。
慕っているキラやカガリに銃を向けるなど、考えられなかった。
ましてやオーブには妹のマユや恋人のステラがいる。
「納得できるかどうかなんて問題じゃないの」
タリアは静かに言う。
だが、その声にはわずかな硬さがあった。
「あなたはザフトの軍人なの。デュランダル議長の命令に従う義務があるのよ」
「説明しなくてもわかるでしょう」
視線は逸らさない。
だが、その奥にあるものを、隠しきれてはいなかった。
「じゃあこんな命令は撤回するように議長に言います!」
「一パイロットの感情で国家が動くわけないでしょう」
即答だった。
だが、その言葉のあと、ほんの一瞬だけ沈黙が落ちる。
タリアは机に置かれた資料に目を落とした。
そこには、オーブ艦隊の配置予測が映し出されている。
――このまま進めば戦闘になる距離だ。
その事実を、理解している。
だからこそ。
「……冷静になりなさい」
わずかに声が低くなる。
それは叱責というより、押し殺した感情だった。
「でも!!こんなの間違ってる!!」
シンの叫びに、タリアは目を閉じる。
ほんの一瞬だけ。
「……その判断は、上がするわ」
再び目を開けたとき、そこにあるのは艦長の顔だった。
「とにかく、まだ開戦と決まったわけでもないのよ」
「わかったら、出ていきなさい」
それ以上は言わせない。
そう言い切ることで、自分自身にも言い聞かせているようだった。
シンは唇を噛みしめる。
扉が開き、強く閉まる。
廊下に出た瞬間、シンは拳を壁に叩きつける。
鈍い音が響いた。
痛みは感じない。
それ以上に、どうしようもない感情が胸の内側で渦巻いていた。
――守りたかったはずなのに。
その相手に、銃を向ける。
それが「正しい」と言われても、どうしても飲み込めなかった。
静寂が戻る。
タリアはしばらく動かなかった。
そして、誰もいなくなった艦長室で、ぽつりと呟く。
「……本当に、それでいいのかしらね」
誰に向けた言葉でもない。
デスクから写真を取り出した。
ハーバーコロニーに居たころ、マリューと一緒に撮った写真を手に取る。
あの好人物を討たねばならないのか。
だが、その問いに答えられる者は、どこにもいなかった。
シンが艦長室から退室した時、外で心配そうにしているルナマリアとニコルがいた。
二人はシンと視線を交わすと一緒に展望台へと上がる。
そこには地上と違う宇宙でしか見られない星の海が見える。
ミネルバは静かに月へと向かっていた。
遠くに浮かぶ地球は、あまりにも美しい。
その中に、オーブもある。
シンは視線を逸らした。
見てしまえば、決意が揺らぐと分かっていたからだ。
「シン。一人で突っ走りすぎよ」
「だってルナ、このままじゃ俺たちとオーブは殺しあうんだぞ!」
「……わたしだってそんなの嫌よ。でも私たちただのパイロットなのよ」
シンとルナマリアの会話をニコルは黙って聞いている。
予想以上にデスティニープランへの戸惑いは大きい。
ザフトは志願兵だ。
自分の頭で考え戦場に立っている。
だからみな迷っている。
「嫌なんだ」
「……シン」
「もしステラに歌の遺伝子がなかったとしたら、俺はステラから歌を奪うなんてできない」
「ステラに歌の遺伝子がないなんてあるわけがないじゃない」
「そんなのわからないじゃないか」
ニコルもシンの気持ちはよくわかる。
マユが医学者としてステラ達、強化人間の治癒方法を模索するという夢を聞いた時、本当に優しい子だと胸がいっぱいになった。
だがマユに医学者の遺伝子がなかったら?
マユは医学者への道を諦めるのだろうか?
誰かを助けたいという願いを遺伝子が決めていいのか?
「デスティニープランの怖さはそこにある」
「誰にもやり直しはできない」
ニコルはそう言ってから、わずかに言葉を続けた。
「……でも、それだけじゃない」
シンが眉をひそめる。
「どういう意味だよ」
「やり直しがない代わりに、間違いも減る」
静かな説明だった。
「争いも、減るかもしれない」
ルナマリアが顔を上げる。
「……それは」
「魅力的ではあるよ」
ニコルは否定しない。
「苦しむ人は、確実に減る」
その言葉に、シンは強く首を振った。
「だからって――!」
「わかってる」
ニコルはすぐに遮る。
「それでも、失うものがあることも」
少しだけ視線を落とす。
「マユが医学者になれない世界を、僕は想像したくない」
その一言に、空気が止まる。
展望デッキに流れていた機械音さえ、遠くへ押しやられたようだった。
ガラス越しの星々は、ただ静かに瞬いている。
だがその光はあまりにも冷たく、答えを示すことはない。
誰もが口を閉ざし、それぞれの胸の奥で同じ問いを反芻していた。
「……じゃあ答えは出てるじゃないか」
シンが言う。
だが、ニコルは首を振った。
「でも簡単じゃない。どちらも正しい部分がある」
「だから……迷うんだ」
ルナマリアは何も言えなかった。
シンも、今度は強く否定できなかった。
ニコルだけが、星の海を見つめていた。
「……選べなくなることを、受け入れられるかは別だ」
ルナマリアは何も言えなかった。
シンも、今度は強く否定できなかった。
ニコルだけが、星の海を見つめていた。
答えは、まだ出ていない。
だが――
もうすぐ、その答えを出さなければならない。
迷っている時間は、残されていなかった。