機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百六十話 揺らぐ艦内――選ばされる未来――

 第百六十話 揺らぐ艦内――選ばされる未来――

 

 ミネルバ艦内の空気を、レイ・ザ・バレルは不安に思っていた。

 

 通路を行き交う兵たちの声は、いつもより低い。

 整備班の工具音も、管制室から漏れる通信の声も、どこか硬い。

 艦は次の出撃に備えている。

 だが、軋んでいるのは装甲だけではなかった。

 

 デスティニープランを、ニコルは理解している。

 彼は議長の理想を、少なくとも理性では否定しきっていない。

 

 だがシンは違う。ルナマリアも違う。

 アグネスは利を見ているが、信じているわけではない。

 それは賛同ではなく、利用に近かった。

 

 レイには、それが分かっていた。

 

 人は皆、何かを選んで生きているような顔をする。

 だが実際には、選べる者と選べない者がいる。

 その差を、レイは誰よりも知っていた。

 

 生まれた時から、自分には未来などなかった。

 誰かの影として生まれ、誰かの記憶の残滓を背負わされ、誰かの都合で存在を許された。

 それでも、議長だけは自分に道を与えてくれた。

 この命に意味があると教えてくれた。

 

 だからレイは、議長を疑えなかった。

 疑えば、自分自身が崩れてしまう。

 

 デュランダル議長の表明は早すぎた。

 もっと世界の絶望が深くなれば確実だったはずだ。

 だが最高評議会議長の任期は二年。

 時間がなかった。

 

 ユニウスセブン落下から対ロゴス戦争まで、すべては計画通りだった。

 だが、まだ世界は理性を残している。

 月での戦いは第一ラウンドを終えたばかり。

 次に来るのは、オーブ艦隊とデスティニープランに反対する地球連合残存戦力。

 

 プラント内部でも反対意見が広がっている。

 身を隠していたシーゲル・クラインが、全プラントに向けて明確にデスティニープラン反対を表明した。

 それにより、クライン派と目される議員たちの足並みも乱れている。

 

 迷いが広がっている。

 そして迷いは、いつも一番近い場所から崩れていく。

 

 レイは廊下を歩き、談話室に入った。

 

 中には、シン、ルナマリア、アグネスの姿があった。

 シンは壁にもたれ、何かを考え込むように視線を落としている。

 ルナマリアはその近くに座り、時折シンを見ては目を逸らしていた。

 アグネスは平然と足を組んでいる。

 だが、その指先は落ち着きなく自分の腕を叩いていた。

 

 「みんなに提案がある」

 

 レイはいつになく険しい表情で言った。

 

 「何? どうしたのよ、レイ」

 

 ルナマリアが尋ねる。

 

 「デスティニープランに賛成するか否か。パイロットの皆の意見を聞きたい」

 

 レイの言葉に、ルナマリアが驚いた。

 隣にいたシンを見つめる目には、迷いがあった。

 

 シンは顔を上げる。

 迷いはあった。

 だが、その奥にある拒絶だけは揺れていなかった。

 

 「俺は反対だ。遺伝子で未来を決められるなんて馬鹿げてる」

 

 シンは明確に反対だった。

 

 シンには、ステラから歌を奪うことなどできない。

 マユが医学者になる未来を諦めさせることもできない。

 たとえ向いていないと言われても、別の道の方が幸せだと示されても、それを本人より先に誰かが決めることを、シンは認められなかった。

 

 オーブで仲の良い友人を失った。

 戦争は、何の前触れもなく人の居場所を壊す。

 それでも、だからこそ、シンは思う。

 残された者の未来まで、誰かが先に閉じていいはずがない。

 

 「私は賛成よ」

 

 アグネスは、はっきりと言った。

 

 「少なくとも、才能も努力も見られないまま潰される世界よりはましだと思うわ。能力のある人間が、ちゃんと相応しい場所に行けるなら、それは悪いことじゃないでしょ?」

 

 アグネスの声には迷いがなかった。

 いや、迷いを見せまいとしているようにも見えた。

 

 彼女は、自分が選ばれる側の人間だと疑っていない。

 そうでなければならないと思っている。

 美しさも、能力も、努力も、自分を高い場所へ連れていくためのものだった。

 それを認めない世界の方が間違っている。

 そう思わなければ、彼女は自分の価値を保てないのかもしれない。

 

 レイは、そんなアグネスを見ても安堵できなかった。

 彼女は議長の理想を信じているのではない。

 デスティニープランが、自分を勝者にしてくれると見ているだけだ。

 

 「私は平和は欲しいわ。安定もね。でも……それって、誰かに決められていいものなの?」

 

 ルナマリアは静かに言った。

 

 彼女は一度、シンを見た。

 その一瞬の視線に、レイは気づいた。

 

 「好きになる相手も、戦う理由も、生きる場所も。全部、遺伝子に委ねるなんて……私は嫌」

 

 それは理屈というより、祈りに近かった。

 

 ルナマリアは平和を否定しているわけではない。

 安定を軽んじているわけでもない。

 ただ、自分の心まで誰かに仕分けられることに耐えられないのだ。

 

 そんなルナマリアに、アグネスが鼻を鳴らして冷笑する。

 

 「そんなの綺麗ごとよ。今だって金、家柄、立場でだいたい決められるわ。ナチュラルかコーディネイターって違いで能力も違う。みんなが平等に自由に生きるなんて無理よ。遺伝子で決めたほうが平等なんじゃない?」

 

 シンは反射的に言い返そうとして、口を閉ざした。

 

 違う、と言い切れなかった。

 現実に、人は平等ではない。

 生まれた場所も、持っている力も、奪われるものも違う。

 オーブで失った友人たちも、ただそこにいただけだった。

 選んだわけではない。

 それでも、戦争は彼らの未来を奪った。

 

 だからアグネスの言葉は、間違っているだけではなかった。

 そこには確かに、現実があった。

 

 「そうかもしれない」

 

 ルナマリアはそれを認めた。

 

 「でも、だからって全部決められていいなんて思わない。苦しくても、間違えても、自分で選んだって思えるものまで奪われたら……それはきっと生きてるって言わないと思う」

 

 そう言って、ルナマリアは一瞬だけ目を閉じた。

 

 シンの隣に立っているのが自分だったらと、何度思っただろう。

 けれど、それは誰かに決められたから抱いた感情ではない。

 正しいからでも、相応しいからでもない。

 ただ、シンを見て、不器用に傷つきながら進もうとする彼を放っておけなかったからだ。

 

 「誰を好きになるかまで、正しい相手を選ばれるなんて私は嫌」

 

 その言葉に、シンがわずかに息を呑んだ。

 

 だが、踏み込む前に、レイが一歩前へ出た。

 

 「選べると思っている者の言葉だな」

 

 談話室の空気が、静かに冷えた。

 

 レイは三人を見ていた。

 いつものように整った顔。

 いつものように揺れの少ない声。

 だが、その奥にあるものだけが、ひどく遠かった。

 

 「選べる者は、自由を語る。迷える者は、可能性を語る。だが、最初から何も選べない者はどうなる」

 

 「レイ……?」

 

 シンが顔を上げる。

 

 レイはシンを見た。

 

 シンは失った。

 だが、すべてを失ったわけではない。

 帰る家があり、心配してくれる家族がいる。

 守りたい妹がいて、まだ明日を語ることができる。

 

 それは責めることではない。

 だがレイには、その当たり前さえ眩しかった。

 

 「生まれた意味も、使われる場所も、終わる時さえも決められている者がいる。そういう者にとって、デスティニープランは鎖ではない。道だ」

 

 「それは……」

 

 「救いだ」

 

 レイは迷わず言った。

 

 その言葉は、議長の理想を語るもののはずだった。

 だがシンには、それがレイ自身に向けられた言葉のように聞こえた。

 

 ルナマリアも、アグネスも黙っていた。

 誰も軽々しく言葉を返せなかった。

 

 レイの孤独は、静かすぎた。

 叫びもしない。

 泣きもしない。

 ただ、最初からそこにあったかのように、彼の中に沈んでいる。

 

 「……それでも俺は、誰かの未来を最初から閉じるなんて、正しいとは思えない」

 

 シンはそれだけを言った。

 

 答えにはなっていなかった。

 レイの痛みに届く言葉でもなかった。

 

 それでも、今のシンには、それしか言えなかった。

 

 レイは静かに目を伏せた。

 

 「そうか」

 

 短い返事だった。

 

 だがその声には、どこか突き放すような響きがあった。

 

 レイは立ち上がった。

 もう聞くべきことは聞いた。

 

 シンは反対。

 ルナマリアも反対。

 アグネスは賛成だが、それは議長への信仰ではない。

 

 誰も、議長の理想をまっすぐ信じてはいなかった。

 

 談話室を出る時、背後からシンが何かを言いかけた気配がした。

 だがレイは振り返らなかった。

 

 振り返れば、何かが揺らぐ気がした。

 仲間と呼べたかもしれない時間も、ミネルバで過ごした日々も、シンやルナマリアと交わした何気ない言葉も、すべてが自分を引き止めるものになる気がした。

 

 それでもレイは信じなければならなかった。

 

 信じなければ、自分の生まれてきた意味まで崩れてしまう気がした。

 

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