機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百六十一話 メサイアへ――導く者の孤独――

第百六十一話 メサイアへ――導く者の孤独――

 

 ラクス・クラインのエターナルを旗艦とした反デスティニープラン艦隊が、月軌道に集結している。

 

 その情報がデュランダル議長のもとへ届けられたのは、その日の午後だった。

 

 食事は、まだ半分も減っていなかった。

 白い皿の上に整えられた料理は、冷める前の湯気をかすかに立てている。

 だがデュランダルは、報告書に目を通すと、静かにナイフとフォークを置いた。

 

 深いため息が、誰にも聞こえないほど小さく落ちる。

 

 世界が平和になる方法を提示した。

 誰もが争わず、それぞれの資質に応じた場所で生きられる道を示した。

 

 それなのに、なぜ彼らは反対するのか。

 

 確かに、遺伝子によって未来を示されることに困惑する気持ちは分からなくはない。

 人は、自分で選んでいると思いたがる。

 自分の意志で歩いていると思いたがる。

 

 だが、それは本当に自由なのか。

 

 今の世界で、どれほどの人間が本当に自分の未来を選べているというのか。

 

 家柄。

 資金。

 親の立場。

 社会的規範。

 良心。

 国家。

 戦争。

 

 人は生まれた瞬間から、見えない無数の手によって進む道を狭められている。

 

 優れた資質を持っていながら、貧しさゆえに学ぶ機会を得られない者がいる。

 相応しい場所へ行けるはずの者が、家柄や人脈によって押し潰されることもある。

 逆に、能力も覚悟もない者が、ただ生まれによって高い地位に就くこともある。

 

 それをこそ、不平等と呼ぶべきではないのか。

 

 デスティニープランは、その歪みを正す。

 遺伝子が、人に最も適した道を示す。

 能力を持つ者が、能力を発揮できる場所へ行く。

 苦手な場所で苦しむ者は、自分に適した場所へ導かれる。

 

 それは支配ではない。

 むしろ、救済だ。

 

 デュランダルはそう信じていた。

 

 ラクス・クライン。

 キラ・ヤマト。

 アスラン・ザラ。

 カガリ・ユラ・アスハ。

 

 彼らの優秀さは認めている。

 その力も、その影響力も、その志も、決して軽んじてはいない。

 

 だが、彼らは分かっていない。

 

 自分たちが、未来を選べる側の人間だということを。

 

 選べる者は、自由を語る。

 迷える者は、可能性を語る。

 だが、ほとんどの人々はそうではない。

 

 誰かが敷いたレールに乗り、そこから外れないように生きるだけで精一杯だ。

 夢を見る余裕もなく、才能に気づく機会もなく、ただ目の前の生活に押し流されていく。

 

 その者たちに、遺伝子が道を示す。

 あなたにはこの力がある。

 あなたにはこの場所が相応しい。

 あなたはここでなら必要とされる。

 

 それのどこが悪いのか。

 

 他人に決められる人生と、遺伝子によって最適な道を示される人生に、どれほどの違いがあるというのか。

 少なくとも後者は、気まぐれでも、身分でも、金でも、親の都合でもない。

 

 資質という、誰もが生まれながらに持つものに基づいている。

 

 たとえば、ラクス・クラインより歌手として優れた遺伝子を持つ者がいたとする。

 その者が戦災孤児であり、名もなく、支援者もなく、舞台に立つ機会すら与えられなかったならどうなる。

 

 その歌は、誰にも届かないまま消える。

 人類の心をより豊かに包むかもしれない声が、世界に知られることなく埋もれていく。

 

 それを惜しまないというのか。

 

 デスティニープランは、その者を見つける。

 才能を埋もれさせず、必要な場所へ導く。

 ただ生まれた環境だけで未来を閉ざされる者たちに、正しい道を示す。

 

 それは、自由の否定ではない。

 自由という名の放置から、人を救い出すことだ。

 

 「議長、いかがいたしましょう」

 

 側近の一人が、慎重に声をかけた。

 

 デュランダルは報告書を机の上に置いた。

 

 事態は、決して好ましくない。

 

 死んだと思われていたシーゲル・クラインが何者かによって保護され、生き延びていた。

 そして、全プラントに向けて明確にデスティニープラン反対を表明した。

 

 その影響は小さくなかった。

 

 各地でクライン派と目される者たちが動揺している。

 一部ではサボタージュまがいの動きすら起きているという。

 さらに、あろうことかラクス・クラインの陣営へ合流する者まで現れ始めていた。

 

 向こうにはアスラン・ザラもいる。

 彼の存在は、旧ザラ派にも迷いを生むだろう。

 

 迷いは、組織を腐らせる。

 疑念は、統制を鈍らせる。

 そして戦場では、その一瞬の鈍りがすべてを壊す。

 

 デュランダルは知らない。

 

 シーゲル・クラインを匿っていたのがアマルフィ家であり、ニコル・アマルフィがデスティニープランの詳細をオーブとラクスへ流していたことを。

 それが、今や反デスティニープラン派という軍事的結集を生み出していることを。

 

 ニコルの理性と誠実さを、デュランダルは高く評価していた。

 だからこそ、彼が自分とは違う答えに辿り着いているなど、まだ想像していなかった。

 

 報告書の文字を見つめながら、デュランダルは静かに目を細める。

 

 彼らは自由を語る。

 だが、その自由の先にある混乱を引き受ける覚悟があるのか。

 

 戦争を終わらせる具体的な道を持っているのか。

 ナチュラルとコーディネイターの対立をどう収めるのか。

 ロゴスが生み出した欲望の連鎖を、どう断ち切るのか。

 次のユニウスセブンを、次のレクイエムを、次の虐殺を、どう防ぐのか。

 

 否定するだけなら誰にでもできる。

 

 だが、否定した後の世界を背負う者は誰だ。

 

 デュランダルには、それが見えなかった。

 

 彼らは優しい。

 正しくあろうとしている。

 だが、正しさだけで世界は救えない。

 

 世界を導くには、時に選ばなければならない。

 誰かに憎まれてでも、進ませなければならない。

 

 それが、導く者の責任だ。

 

 「ならば、止むを得ない」

 

 デュランダルは静かに立ち上がった。

 

 皿の上の料理には、もう視線を向けなかった。

 

 「彼らが世界を再び混乱へ戻すというのなら、我々はそれを許すわけにはいかない」

 

 側近たちの表情が引き締まる。

 

 「メサイアへ行く」

 

 その言葉は、決して大きくはなかった。

 だが室内の空気を一変させるには、それで十分だった。

 

 プラントが築き上げた巨大要塞、メサイア。

 戦争を終わらせるための力。

 新しい秩序を守るための剣。

 

 デュランダルは部屋を出た。

 

 通路には、すでに護衛と側近たちが控えている。

 誰も余計な言葉を発しなかった。

 ただ、議長の足音だけが、白く磨かれた床に静かに響く。

 

 平和を示すための計画は、ついに武力によって守られようとしていた。

 

 それが矛盾だと、デュランダルは分かっている。

 だが、矛盾を恐れて立ち止まれば、世界はまた同じ場所へ戻る。

 

 血と憎しみと報復の連鎖へ。

 

 ならば、自分が背負うしかない。

 

 ラクス・クラインが歌で人々の心を動かすなら。

 キラ・ヤマトが力で戦場を止めるなら。

 カガリ・ユラ・アスハが理想で国を支えるなら。

 

 自分は、世界の構造そのものを変える。

 

 そのために必要な罪なら、引き受けよう。

 

 デュランダルはメサイアへ向かった。

 導く者として。

 そして、もう後戻りできない者として。

 

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