機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百六十三話 二人の歌姫――選ぶ声、止まる声――
「ザフト艦隊前進してきます。まもなくイエローゾーンへ侵入」
ミリアリア・ハウの報告にマリュー・ラミアスは艦長席で拳を握り締めた。
お互い恨みがあるわけではない。
ユニウスセブン落下から始まった意思疎通の欠如がもたらした結果だ。
殆どの人にとっては避けられたと思える戦いだ。
だがマリューたち上級指揮官だけが知っている事実がある。
ニコルがリークしたデュランダル議長の関与。
ユニウスセブン落下もロゴス戦争も彼が仕組んだこと。
そしてデスティニープランの施行を強行しようとしている事を。
その時通信モニターにラクスが映った。
その姿はとても痛々しく悲しいものだ。
長いまつげは愁いを帯び、これから始まる悲劇を想い胸を痛めている。
「私が最後の訴えを行います」
「それで聞いてくれるかしら」
マリューは懐疑的だ。
引き金にかけられた指はそう易々と離れはしないだろう。
「ですが、もしかしたら。もしかしたら対話の道が残されているかもしれません。私たちは殺しあうのではなく対話をしに来た。そうではないですか?」
「そうね。私たちは殺し合いに来たのではないわ」
そしてエターナルからラクス・クラインの姿が、全周波数帯に映し出された。
白い光に包まれたその表情は、静かだった。
怒りでも、憎しみでもない。
けれど、その瞳には揺るがない意志があった。
『プラントの皆様。ザフトに所属する皆様。そして、地球に生きるすべての皆様』
ラクスの声が、戦場に響いた。
『私たちは、デュランダル議長の願いをすべて否定するものではありません』
その言葉に、通信を聞いていた者たちの間にわずかな動揺が走る。
『戦争を終わらせたい。人が憎しみによって傷つけ合う世界を変えたい。生まれ持った力を、埋もれさせることなく活かしたい。その願いは、決して間違いではないでしょう』
ラクスは一度、静かに息を吸った。
『けれど、願いが正しいからといって、そのために人の未来を先に決めてよいわけではありません』
声は柔らかい。
だが、決して折れない。
『人には資質があります。向き不向きもあるでしょう。けれど、人は適性だけで生きているのではありません。夢があります。迷いがあります。間違いがあります。失敗して、それでももう一度立ち上がろうとする心があります』
ラクスの視線が、画面の向こう側にいる無数の人々へ向けられる。
『歌うことに向いているから歌うのではありません。戦うことに向いているから戦うのでもありません。誰かを愛することも、誰かを守りたいと願うことも、遺伝子だけで決められるものではありません』
戦場は静まり返っていた。
『デスティニープランが、道を示すものであるならば、それを聞く自由も、拒む自由も、人には残されなければなりません』
ラクスの声が、少しだけ強くなる。
『しかし今、その自由は武力によって奪われようとしています。メサイアが戦場に現れたことが、その証です』
誰もが、月軌道上に浮かぶ巨大要塞を思い浮かべた。
『私たちは、プラントを敵とは思っていません。ザフトの兵士の皆様を憎んでいるのでもありません。あなた方もまた、戦争を終わらせたいと願う人々なのでしょう』
ラクスは言葉を区切った。
『だからこそ、どうか考えてください。あなた自身の心で。あなたの未来を、あなた以外の誰かが決めてよいのかを』
その声は、命令ではなかった。
祈りに近かった。
『私たちは戦います。支配のためではなく、誰かを裁くためでもなく、人が自分の明日を選ぶ権利を守るために』
ラクスはまっすぐに前を見た。
『たとえその選択が迷いに満ちたものだとしても。たとえ間違えることがあったとしても。それでも、人は自分で選び、傷つき、学び、もう一度歩き出すことができます』
そして、静かに告げた。
『私たちは、定められた運命ではなく、自ら選ぶ明日を望みます』
ラクスの言葉に動揺が広がっていた。
戦場に集結したザフト艦隊の動きが乱れる。
メサイア内部では、ミーア・キャンベルがデュランダル議長の命令で、ラクスの声明が終わった直後、ザフト側から全周波数帯へ向けて通信が開かれた。
ミーア・キャンベルだった。
艦橋にいた者たちの間に、わずかなざわめきが走る。
ザフトの兵たちは安堵し、オーブ側の兵たちは眉をひそめた。
ミーアは微笑んでいた。
いつものように明るく、華やかに。
けれど、その手の中にある原稿は、わずかに震えていた。
『皆様、どうか惑わされないでください』
ミーアの声が、戦場に響く。
『デスティニープランは、皆様から未来を奪うものではありません。むしろ、未来を与えるものです。今の世界で、本当に自由に生きられる人がどれほどいるでしょうか』
その言葉は、デュランダルが用意したものだった。
『家柄、資金、国家、戦争、差別。人は生まれた時から、数え切れないものに道を狭められています。才能を持ちながら、その才能を活かす場所へ行けない人々がいます。望まぬ役割を押しつけられ、苦しみながら生きる人々がいます』
ミーアは読み続ける。
『デスティニープランは、その歪みを正します。遺伝子によって適性を知り、誰もが最も力を発揮できる場所へ進む。それは支配ではありません。救済です』
ザフト艦隊の一部で、兵士たちが静かに頷く。
それは弱い言葉ではなかった。
疲れ切った世界には、あまりにも魅力的な言葉だった。
『自由とは、ただ放置されることではありません。何も示されず、何者にもなれず、埋もれていくことを自由とは呼びません。私たちは、すべての人が相応しい場所で生きられる世界を――』
そこで、ミーアの声がわずかに揺れた。
原稿の次の行に、彼女の視線が落ちる。
そこには、こう書かれていた。
ラクス・クライン。
あなたは自由を語ります。
けれどあなた自身こそ、血筋と名声によって選ばれた者ではありませんか。
ミーアの喉が詰まった。
読めなかった。
読めばいい。
いつものように、笑って、プラントの歌姫として、用意された言葉を読み上げればいい。
それだけでよかった。
けれど、その瞬間、ニコルの声が胸の奥で蘇った。
――君は、君の声で話せばいい。
あの優しい声。
自分を偽物と責めるのではなく、ミーア・キャンベルとして見てくれた声。
原稿を持つ手が震える。
『ラクス・クライン、あなたは……』
言葉が止まった。
戦場全体が、静まり返る。
ミーアは画面の向こうを見つめた。
そこに本物のラクスがいる。
自分がなりたかった人。
自分が奪ってしまった歌姫。
そして、自分にはなれなかった人。
『あなたは……』
続きが出ない。
代わりに出たのは、原稿にはない言葉だった。
『……ごめんなさい』
その一言は、あまりにも小さかった。
けれど、全周波数帯に乗って、戦場のすべてへ届いた。
側近が慌てて通信を切ろうとする。
だが、その一瞬で十分だった。
ザフトの兵たちは見てしまった。
ミーア・キャンベルが、ラクス・クラインに対して用意された言葉を読み切れなかったことを。
ラクスの名を借りた声が、議長の言葉を拒んだことを。
艦橋で、デュランダルは静かに目を細めた。
反論は、終わらなかった。
だが終わらなかったことそのものが、何より雄弁だった。
デュランダルは、しばらく沈黙していた。
やがて、静かに告げる。
「……各艦に通達。作戦を開始する」
その声に怒りはなかった。
だが、冷たかった。
直後、ザフト艦隊の前衛が動き出す。
オーブ・地球連合艦隊も、それに応じて展開を開始した。
言葉は、確かに届いた。
だが、戦場を止めるには届かなかった。
月軌道上で、最後の戦いが始まろうとしていた。
作者です。
本作ですが、最終話まで書き上がっております。
最終話は第172話となります。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
最後まで、シンたちの物語を見届けていただければ幸いです。