機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百六十四話 戦う理由――選べないまま戦場へ――
「ミネルバ発進」
「アークエンジェル発進します」
タリア・グラディス艦長とマリュー・ラミアス艦長の号令はほぼ同時だった。
「コンディションレッド発令。繰り返します、コンディションレッド発令。全MS隊発進カタパルトへ、繰り返します。全MSはただちに発進してください」
メイリン・ホークの声にシンは俯いていた顔を上げた。
隣に座っていたルナマリアがシンを心配そうに見つめる。
二人とも戦う正義をすでに見失っていた。
デュランダル議長のデスティニープランに疑問を持っていたからだ。
「……二人とも。コンディション・レッドだよ」
背中からかけられる言葉に顔を向けると、ニコルが悲痛な表情でシンを見下ろしていた。
ニコルの声は穏やかだった。
だが、その穏やかさはいつものものとは違う。
自分自身に言い聞かせるような、あるいは迷いを押し殺すような響きが混じっていた。
彼もまた、正しい道を歩いているという確信を持てていない。
それでも、今この瞬間に立ち止まれば、もっと多くのものが崩れてしまうことを知っていた。
「まったく、三人ともなんて顔してるのよ。私たちは兵士なのよ。どっちが正義で悪かなんて気にしてたら戦えないじゃない」
呆れた顔をしたアグネスがパイロットルームを出ていく。
兵士である以上、彼らは戦わなくてはならない。
ただ、シンは自分の戦う意味を見失いかけていたのだ。
「ニコルさんはデスティニープランを信じていないんですよね? それでも議長の下に戦うのですか!?」
ルナマリアの言葉にシンはハッとなる。
この中で最も階級の高い彼は、ザフト軍に背くことなどできない。
たとえデスティニープランを信じてなどいなくても、デュランダル議長に従い続けなくてはならない理由がある。
それはルナにもわかっていた。だからこそ、敢えて聞いてみたのだ。
ルナマリアの問いは、ニコルだけに向けたものではなかった。
自分自身にも向けていた。
平和は欲しい。戦争は終わってほしい。
それでも、誰かに未来を決められるのは嫌だと言ったばかりなのに、自分は今、命令に従って戦場へ出ようとしている。
その矛盾が胸に刺さっていた。
「そうだね。僕はデスティニープランには賛同できないよ。でも、デュランダル議長は議長なんだ。だから彼に付き従うよ」
その言葉に、シンは唇を噛んだ。
「……なんでですか」
シンの問いに、ニコルは静かに首を振る。
兵士だから、戦争だから。
いくらでも答えはある。
だがもし、戦場にステラとマユがいると知れば、彼らは戦えなかっただろう。
だから、ニコルは言わなかった。
知っていたわけではない。
確信があったわけでもない。
それでも、アークエンジェルに彼女たちがいる可能性はあった。
ステラも、マユも、シンにとっては守るべき未来そのものだ。
その名を口にした瞬間、シンの足は止まる。
ルナマリアもまた、シンを見てしまう。
そして自分も、もう軍人の顔を保てなくなるかもしれない。
ニコルは、その恐れを飲み込んだ。
「シン。ルナマリア。今は出ましょう」
「でも……!」
ルナマリアが言いかける。
ニコルは静かに首を振った。
「迷ってもいい。でも、ここで立ち止まれば、君たちは何も選べなくなる」
その言葉に、シンの肩がわずかに震えた。
選べなくなる。
それは、今のシンにとって一番重い言葉だった。
デスティニープランに反対している。
人の未来を遺伝子で決めることなど認めたくない。
だが、いま自分はザフトのパイロットとして、議長の命令で出撃しようとしている。
それは本当に、自分で選んだことなのか。
胸の中で答えが割れている。
ザフトの兵士として出るべきだという声。
議長のやり方は間違っているという声。
ステラの歌を守りたいという願い。
マユが医学者になる未来を閉ざしたくないという想い。
そのすべてが絡まり合い、シンの中で一つの答えにならないまま疼いていた。
「シン」
今度は、背後から別の声がした。
振り返ると、レイが立っていた。
白いパイロットスーツに身を包み、いつものように整った表情でこちらを見ている。
その顔に迷いはなかった。
「迷うな。戦場で迷えば死ぬ。お前だけではない。お前の迷いで、味方も死ぬ」
「……分かってる」
シンは低く答えた。
「本当に分かっているのか」
レイの声は冷たかった。
責めているのではない。
ただ、事実を突きつけている。
だから余計に、シンの胸に刺さった。
「今、俺たちの前にいるのは敵だ。オーブだろうと、アークエンジェルだろうと、こちらを撃ってくるなら敵だ」
「それでも……!」
シンは言い返そうとして、言葉を詰まらせた。
それでも、何だ。
撃ちたくない。
戦いたくない。
でも、撃たなければ撃たれる。
守りたいものがあると言いながら、今ここで自分が何を守るべきなのかさえ、分からなくなっていた。
レイは、そんなシンを見つめていた。
「お前が答えを出すのは後でいい。だが今は、生き残れ」
その言葉だけを残し、レイは先にパイロットルームを出ていった。
続いてニコルも歩き出す。
「僕も出ます。シン、ルナマリア。君たちも」
ニコルの背中は小さく見えた。
それでも、その背中には確かな覚悟があった。
信じていない計画のために戦う。
従いたくない命令に従う。
その矛盾を抱えたまま、それでも前に進もうとしている。
シンは拳を握った。
「……行こう、ルナ」
「シン……」
ルナマリアは不安そうに彼を見た。
けれど、すぐに小さく頷く。
「うん」
格納庫では、すでにMSの発進準備が進んでいた。
カタパルトの誘導灯が赤く点滅し、整備兵たちが慌ただしく機体の最終確認を行っている。
金属音、通信音、警報音。
すべてが混ざり合い、戦場へ向かう空気を作っていた。
アグネスの機体が、先にカタパルトへ移動する。
『アグネス・ギーベンラート、出るわよ』
迷いのない声だった。
その後ろ姿を、ルナマリアは複雑な表情で見送った。
アグネスは強い。
少なくとも、迷わず戦えるという意味では。
だがそれが正しいのかどうか、今のルナマリアには分からなかった。
『ニコル・アマルフィ、出ます』
ニコルの機体も続いて発進する。
その声には、いつもの穏やかさがあった。
だが、どこか遠かった。
シンはコックピットに乗り込み、ハッチが閉じる音を聞いた。
外の音が遮断される。
代わりに、自分の呼吸音だけがやけに大きく響いた。
モニターが起動し、戦域情報が流れ込んでくる。
ザフト艦隊。
オーブ艦隊。
地球連合残存戦力。
アークエンジェル。
その名を見た瞬間、シンの胸が小さく揺れた。
アークエンジェル。
キラたちがいる艦。
そして、もしかしたら。
「……ステラ」
小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
『シン、発進準備完了。いつでも行けるわ』
メイリンの声が届く。
シンは一度だけ目を閉じた。
自分は何のために戦う。
誰を守るために、この機体に乗る。
答えはまだ出ない。
それでも、カタパルトは待ってくれなかった。
固定アームが外れ、機体がわずかに沈む。
前方に開いた射出口の向こうには、黒い宇宙と月の光が広がっていた。
その先に敵がいる。
その先に迷いの答えもある。
逃げれば、何も選べないまま終わる。
ならば、答えがなくても進むしかない。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
デスティニーが光の中へ射出される。
続いて、ルナマリアの機体も発進した。
月軌道上の戦場へ、ミネルバの翼が放たれていく。
その先には、アークエンジェルがいた。
そしてそこには、シンがまだ知らない大切な人たちがいる。
最後の戦いは、もう始まっていた。