機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百六十五話 選ばせてほしい未来――君を信じるということ――
戦闘が開始された。
デスティニープランに必ずしも全員が賛成していないとはいえ、命令とあれば戦わない訳にはいかない。
ザフト艦隊から発進したMS部隊と艦砲が、反デスティニープランを掲げるオーブ・地球連合艦隊に襲い掛かる。
激しいビームの応酬が、宇宙の闇を切り裂いた。
その中をレイとアグネス、シン、ルナマリア、ニコルのMSが駆ける。
レイの支援の下、連係プレイで次々と地球連合のMSを撃破していった。
ニコルの操縦技術は落ちていない。
だが、躊躇いがある。
オーブではなく地球連合を相手に戦っているのが、その証拠だ。
先年のオーブ防衛戦で、ニコルはオーブ軍と共に戦った。
命令だからと簡単には割り切れない。
その迷いを見透かしたかのように、ニコルの操縦するリジェネレイトMK-2の射線を塞ぐ形で、一機のMSが立ちふさがった。
背中に青い翼のようなドラグーンシステムを装備した機体。
ストライクフリーダムガンダム。
キラ・ヤマトだ。
「もうやめてくれ、ニコル! 君にデスティニープランが間違えているってわからないはずがないだろう!?」
「……キラ」
「遺伝子で全部決めるなんて間違っている! 僕とアスランが戦った時、止めてくれたのは君じゃないか!!」
ニコルは機体を動かす手を止めた。
指が震え、コンソールもレバーも操作できない。
「そんな事は今更……分かっています」
ニコルの声は苦しかった。
「でも、デスティニープランが掲げているものの中には、確かに救える人がいるんです」
「それ以上に人を傷つけるって、わからない君じゃないだろ」
「じゃあどうしろって言うんですか? 取りこぼされた人を見捨てろと? 僕はそんな事できない」
ニコルの苦しみは、キラにもよく分かる。
デスティニープランなら、確かに埋もれた才能を見つけ出すことはできる。
戦災孤児として生きるしかなかった者。
貧しさや家柄によって、学ぶ機会すら与えられなかった者。
本当は別の場所で力を発揮できたはずなのに、誰にも気づかれず消えていく者。
そうした人々を、救えるかもしれない。
だがそれは同時に、選択肢を狭め、やがて人生そのものを決定してしまう危うさを持っていた。
ニコルはその両方を知っていた。
だからこそ苦しかった。
強制される未来は間違っている。
けれど、今の世界で取りこぼされる人々を、そのまま見捨てることもできない。
「君が背負うことじゃない」
キラは静かに言った。
「全部を君一人で救おうとしなくていい」
「それでも……見えてしまったら、手を伸ばしたくなるんです」
ニコルはそういう人だ。
誰も見殺しにできない。
すべてを救おうとする。
ある意味で傲慢。
そして傲慢と言われようと、手を伸ばそうとする。
だからこそ、議長がニコルに期待した理由も分かる。
ニコルは、デスティニープランが掲げる「取りこぼされる人々を救う」という理想に、誰よりも痛みを覚える人間だった。
ラクス達はそれを危ぶんでいた。
自己犠牲の果てに何をするのか。
人を救いたいという願いが、いつか本人の選択まで背負ってしまうのではないか。
その時、ニコルの耳に懐かしい声が響く。
「ニコルの馬鹿ぁぁぁ!!」
その声が聞こえたとき、ニコルは目を見張った。
そして懐かしいシェンウーの姿が見える。
マユの搭乗機だ。
「マユ!?」
「自分勝手に一人で抱え込んで!! ニコルが勝手に選んだ正しい世界を、マユが喜ぶと思ったの!?」
「……マユ」
「マユだって一緒に悩ませてよ。マユはニコルの恋人でしょ」
その言葉に、ニコルは息を呑んだ。
恋人。
その言葉が、戦場の通信越しにあまりにも不似合いに響いた。
だが、だからこそ胸に刺さった。
ニコルは、ずっと一人で決めようとしていた。
議長のことも。
デスティニープランのことも。
それを止めるために情報を流したことも。
それでもザフトの軍人として戦場に立っていることも。
すべて、自分が背負えばいいと思っていた。
だがマユは、それを許さなかった。
「ニコルはいつもそう。優しい顔して、全部自分で背負おうとする。マユが泣くと思った? 怒ると思った? それとも、何も知らない方が幸せだと思ったの?」
「違う、僕は……」
「違わない!」
マユの声が震えた。
シェンウーの機体が、ストライクフリーダムの横へ並ぶ。
戦場の光が、青白くその装甲を照らしていた。
「マユは医学者になりたい。誰かを助けられる人になりたい。でも、それはニコルに決めてもらうことじゃない。議長に決めてもらうことでもない。マユが、自分で悩んで、自分で選ぶことなの」
ニコルは何も言えなかった。
キラの言葉には反論できた。
ラクスの声明にも、理屈なら返せた。
だがマユの言葉には、返せなかった。
それは政策への反論ではなかった。
理念への批判でもなかった。
ただ、ニコル・アマルフィという一人の人間に向けられた、恋人の怒りだった。
「それに……」
マユの声が、少しだけ弱くなる。
「ニコルが一人で苦しんで、マユの未来を守ったつもりになって、それでいなくなったら……そんなの、マユは絶対に嫌だよ」
「マユ……」
ニコルの指が操縦桿から離れかけた。
その瞬間、別の通信が割り込む。
「甘いわね」
アグネスだった。
彼女の機体が高速で戦域を抜け、地球連合のMSを一機、ライフルで撃ち抜く。
爆光が散り、通信にノイズが走った。
「戦場で恋人同士の話? いいご身分ね。そんなだから、あなたたちは迷うのよ」
「アグネス!」
ルナマリアの声が割り込む。
だがアグネスは聞く耳を持たなかった。
「デスティニープランの何が悪いの? 能力がある人間が、相応しい場所に行く。向いていないことにしがみついて不幸になるより、よほど合理的じゃない」
「合理的なら、人の夢を切り捨てていいのかよ!」
シンの声が飛んだ。
だがアグネスは冷たく笑う。
「夢? 夢で世界が救えるの? 才能のない人間が努力して潰れていくのを見て、自由だから仕方ないって言うの? それこそ残酷じゃない」
その言葉に、シンは詰まった。
アグネスの言葉は、冷たい。
だが完全に間違っているわけではない。
夢を追えば救われるとは限らない。
努力が報われるとも限らない。
選んだ未来が、幸せに繋がる保証などどこにもない。
それでも。
「保証がないからって、最初から奪っていいわけじゃないだろ……!」
シンは吐き出すように言った。
その声に、レイが静かに反応した。
「ならば、選べなかった者はどうなる」
レジェンドが、戦場の光の中から姿を現す。
ドラグーンが展開し、周囲の敵機を牽制する。
その動きは正確で、迷いがなかった。
「夢を見ることも、努力する場所も、最初から与えられなかった者はどうなる。才能があっても、環境に潰された者は。自分の適性すら知らず、使い潰されて死んでいく者は」
レイの声は冷たく、そして静かだった。
「デスティニープランは、それを救う」
「救うためなら、拒む自由を奪ってもいいのか!」
シンが叫ぶ。
「自由とは、すでに持っている者の言葉だ」
レイは迷わず返した。
「持たざる者にとって必要なのは、自由ではない。道だ」
その言葉に、ニコルは顔を歪めた。
レイの言うことは分かる。
議長の言うことも分かる。
デスティニープランが救おうとしている人々がいることも分かる。
だからこそ苦しかった。
「僕は……」
ニコルの声が震える。
「僕は、誰かを見捨てたくないだけなんです」
マユが通信越しに叫んだ。
「だったらマユを見てよ!」
ニコルの視線が、モニターの中のシェンウーへ向く。
「マユはここにいるよ。助けてほしいだけの子じゃない。ニコルに守られるだけの未来じゃない。マユだって選ぶ。間違えるかもしれないけど、それでも選ぶ!」
ニコルの中で、何かが崩れた。
いや、崩れたのではない。
ようやく、手放せたのかもしれない。
自分一人で救わなければならないという思い込みを。
誰かの未来を、自分が先に背負わなければならないという傲慢を。
「……ごめん、マユ」
ニコルは小さく呟いた。
「僕は、君を守っているつもりで……君を信じていなかったのかもしれない」
マユはすぐには答えなかった。
それでも、通信の向こうで泣きそうに笑った気配がした。
「馬鹿。遅いよ」
そのやり取りを、シンは聞いていた。
胸の奥で、何かが熱くなる。
夢は遺伝子では測れない。
未来は誰かが先に決めるものではない。
けれど、ただ自由だと言うだけでも、救えない人がいる。
シンはまだ答えを出せなかった。
だが、分かり始めていた。
自分が否定したいのは、デスティニープランのすべてではない。
埋もれた才能を見つけることでもない。
苦しんでいる誰かに道を示すことでもない。
本人がまだ選んでいない未来を、先に閉じてしまうことだ。
拒む自由まで奪ってしまうことだ。
その時、レイの声が低く響いた。
「シン。まだ迷うのか」
シンはレイを見た。
その向こうにいるレイは、きっと迷っていない。
いや、迷うことすら許されなかったのかもしれない。
だからこそ、シンの胸は痛んだ。
「……レイ」
シンは操縦桿を握り直す。
まだ答えはない。
けれど、逃げるつもりもなかった。
戦場の中央で、デスティニーとレジェンドが向かい合う。
その距離はまだ遠い。
だが二人の道は、確実に交差し始めていた。