機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百六十八話 沈黙する翼――メサイアへの道――  

第百六十八話 沈黙する翼――メサイアへの道――

 

 戦場は、混迷を深めていた。

 

 月軌道上に広がる光の帯は、もはやMS同士の戦闘だけでは収まらなくなっている。

 艦隊同士の距離はさらに詰まり、ビーム砲とミサイルが幾重にも交差していた。

 

 ザフト艦隊。

 オーブ艦隊。

 地球連合残存艦隊。

 

 それぞれが違う正義を掲げ、同じ宇宙で砲火を交えている。

 

 ミネルバの陽電子砲タンホイザーが、闇を切り裂いた。

 巨大な光が一直線に走り、地球連合の戦艦を飲み込む。

 爆光が広がり、破片が月軌道へ散っていった。

 

 だが、戦況は決してザフト優勢とは言い切れなかった。

 

 MS隊の戦況は混乱している。

 シン、レイ、ルナマリア、アグネス、ニコル。

 主力機たちはそれぞれの戦場で分断され、艦隊を直接援護できる状態ではない。

 

 その中でミネルバは、アークエンジェルとドミニオンを相手に戦っていた。

 

 「ナイトハルト、てーっ!!」

 

 タリア・グラディスの号令が艦橋に響く。

 

 ミネルバの砲門が火を噴き、アークエンジェルへ向けて光を放った。

 

 「回避! ゴットフリート、バリアント、てーっ!!」

 

 マリュー・ラミアスの声もまた、艦橋に鋭く響く。

 

 アークエンジェルが船体を傾け、ミネルバのミサイルと砲撃をかすめるように回避した。

 次の瞬間、アークエンジェルの主砲が反撃に転じる。

 

 ミネルバとアークエンジェル。

 

 新旧の戦艦は、幾度も砲火を交えながら、互いの間合いを探っていた。

 

 タリアとマリュー。

 二人の艦長としての力量は、ほぼ互角だった。

 

 大胆に攻めるところは攻め、引くべきところは引く。

 部下を信じ、艦の性能を使い切り、わずかな判断の遅れも許さない。

 

 甲乙つけがたい戦いだった。

 

 だが、アークエンジェルは一人ではなかった。

 

 ミネルバがアークエンジェルとの砲撃戦に意識を割いている間に、ドミニオンは静かに位置を変えていた。

 戦場の破片と爆光に紛れ、ミネルバの側面へ回り込んでいたのだ。

 

 「射線、確保」

 

 ドミニオン艦橋で、オペレーターが報告する。

 

 艦長席に座るアリス・ハルバートンは、わずかに目を細めた。

 

 沈着冷静。

 その表情には、勝利への昂りも、敵艦を討つ喜びもない。

 ただ、戦術上必要な判断を下す者の冷徹さだけがあった。

 

 「撃て」

 

 短い命令だった。

 

 次の瞬間、ドミニオンから対艦ミサイル、スレッジハマーが一斉に放たれる。

 

 白い尾を引く無数の弾頭が、ミネルバへ向かって殺到した。

 

 「左舷、ミサイル多数接近!」

 

 「迎撃、間に合いません!」

 

 艦橋に悲鳴のような報告が飛ぶ。

 

 タリアは一瞬だけ歯を食いしばった。

 

 「回避運動! 被害を最小限に!」

 

 ミネルバが船体を大きく傾ける。

 だが間に合わない。

 

 爆発が連続した。

 

 艦体が激しく揺れ、艦橋の照明が明滅する。

 警告音が重なり、計器のいくつかが赤く染まった。

 

 「左舷推進部、大破!」

 

 「タンホイザー、使用不能!」

 

 「船体各部に火災発生!」

 

 ミネルバはなおも姿勢を保とうとする。

 だが損傷は大きすぎた。

 

 月面重力に引かれるように、船体が徐々に降下していく。

 

 「不時着コースへ移行! 衝撃に備えて!」

 

 タリアの声が響く。

 

 次の瞬間、ミネルバは月面へ叩きつけられるように不時着した。

 

 艦橋が激しく揺れる。

 

 メイリン・ホークは椅子から投げ出され、床へ倒れかけた。

 それを、タリアが咄嗟に支える。

 

 「……艦長」

 

 メイリンの声は震えていた。

 

 タリアは彼女を立たせると、静かに艦橋を見回した。

 

 破損したモニター。

 火花を散らす配線。

 必死に状況確認を続けるクルーたち。

 

 ミネルバは、もう戦えない。

 

 だが、クルーはまだ生きている。

 

 それだけで十分だった。

 

 タリアは優しく微笑んだ。

 

 「もう艦長でいられる時間は長くないわね。アーサー、総員退艦」

 

 「……艦長、本気ですか」

 

 アーサー・トラインの声が、いつになく低かった。

 

 「総員退艦よ」

 

 タリアはもう一度、はっきりと言った。

 

 そして艦橋にいる全員へ向き直る。

 

 「みんな、よく戦ってくれたわ。艦長として、クルー全員を誇りに思います」

 

 その言葉に、艦橋の空気が変わった。

 

 誰もすぐには動けなかった。

 ミネルバは、彼らの戦場であり、家でもあった。

 その艦を置いていくということが、簡単に受け入れられるはずもない。

 

 だが、タリアの命令は変わらない。

 

 「生きなさい。これは艦長命令です」

 

 その一言で、クルーたちは動き出した。

 

 「総員退艦! 繰り返す、総員退艦!」

 

 アーサーの声が艦内に響く。

 

 ミネルバから、脱出艇が続々と離れていく。

 負傷者を抱えた兵士たち。

 整備員。

 オペレーター。

 皆が振り返りながら、沈黙した艦を見つめていた。

 

 最後の脱出艇が離れる。

 

 その中で、クルーたちは無言で敬礼した。

 

 ミネルバから離脱する脱出艇へ、ザフトの後方部隊と地球連合の一部MSが入り乱れるように接近していた。

 

 混乱した戦場では、脱出艇ですら標的になりかねない。

 

 その進路を塞ぐように、一機のMSが割って入る。

 

 インフィニットジャスティス。

 

 アスラン・ザラだった。

 

 「撃つな! あれはもう戦闘不能の艦から離脱した兵たちだ!」

 

 アスランの声が、通信回線に響く。

 

 接近していたMSが一瞬たじろぐ。

 だがなおも照準を向ける機体に、インフィニットジャスティスのビームブーメランが飛んだ。

 

 武装だけを正確に切り飛ばす。

 

 「俺たちはザフトを滅ぼしに来たんじゃない! これ以上、無意味に命を奪うな!」

 

 その言葉は、オーブにもザフトにも向けられていた。

 

 脱出艇が、次々と戦域を離れていく。

 

 アスランはそれを確認すると、メサイアへ向かう二つの光を見た。

 

 片腕を失ったエグゼキューター。

 それを追うデスティニー。

 

 「シン……レイ……」

 

 アスランは一瞬だけ追おうとした。

 

 だが、すぐに周囲の戦場へ視線を戻す。

 

 今、自分が行けば、シンの選択を奪うことになる。

 

 ならば、自分の役目はここだ。

 

 「キラ、俺はこの宙域を抑える。シンを行かせろ」

 

 『分かった』

 

 キラの短い返事が返ってくる。

 

 アスランはインフィニットジャスティスを翻し、脱出艇とメサイアへ向かう進路の間に立った。

 

 誰かの答えを代わりに出すのではない。

 

 その答えに辿り着くための道を守る。

 

 それが、今のアスランにできる戦いだった。

 

 ミネルバは、その短い戦いを終えた。

 

 そして戦場の別の場所では、さらに大きな危機が迫っていた。

 

 メサイア内部。

 

 悪化する戦況を打開するべく、デュランダル議長の側近たちは、ネオ・ジェネシスの発射準備を進めていた。

 

 かつてのジェネシスを小型化し、運用を容易にした兵器。

 だが、その本質は変わらない。

 

 ひとたび放たれれば、艦隊ごと戦場を焼き払う悪魔の光。

 

 「ネオ・ジェネシス、エネルギーチャージ八十七パーセント」

 

 「照準、敵艦隊中央部へ固定」

 

 「発射シークエンス、最終段階へ移行します」

 

 管制官たちの声が、メサイア司令室に飛び交う。

 

 デュランダルは、その報告を静かに聞いていた。

 

 ここで撃てば、戦局は変わる。

 反デスティニープラン艦隊は甚大な損害を受け、戦う力を失うだろう。

 

 それは、多くの命を奪う選択でもある。

 

 だが、このまま世界が再び混乱へ戻るなら。

 それを止めるためには、時に罪を背負わなければならない。

 

 「発射準備を続けたまえ」

 

 デュランダルは静かに言った。

 

 その時だった。

 

 月軌道の彼方から、一筋の光が走った。

 

 通常の戦闘距離を遥かに超えた、超々長距離からの狙撃。

 光は宇宙を貫き、ネオ・ジェネシスの発射口へ突き刺さった。

 

 「高エネルギー反応、直撃!」

 

 「ネオ・ジェネシス発射口、損傷!」

 

 「冷却系統、制御不能!」

 

 管制室が混乱に包まれる。

 

 次の瞬間、ネオ・ジェネシス内部で連鎖爆発が起きた。

 

 発射寸前まで高められていたエネルギーが行き場を失い、メサイアの一部を内側から吹き飛ばす。

 

 巨大要塞が揺れた。

 

 その超長距離狙撃を行ったのは、ユキカゼだった。

 

 ユキカゼのコックピットで、ナンバーは無表情に照準データを確認していた。

 膨大な計算。

 わずかな角度の誤差も許されない射撃。

 それを、彼女は当然のようにやり遂げた。

 

 アカツキに乗るムウ・ラ・フラガが、通信越しに軽口を叩く。

 

 「お嬢ちゃん、やるじゃないか」

 

 ナンバーはいつものように淡々と答えた。

 

 「任務成功。ステラとマユの夢を守るための障害を排除した」

 

 「ははっ。いいねぇ、そういうの」

 

 ムウは笑った。

 

 だがその直後、彼の表情も引き締まる。

 

 メサイアは沈黙していない。

 ネオ・ジェネシスは失われたが、要塞そのものはまだ健在だ。

 

 そして戦争は、まだ終わっていない。

 

 メサイア司令室では、衝撃によって倒れた管制官たちが、必死に立ち上がっていた。

 

 「ネオ・ジェネシス、発射不能!」

 

 「冷却系統、連鎖爆発!」

 

 「外部装甲に損傷拡大!」

 

 報告が次々と上がる。

 

 デュランダルは、揺れる司令室の中で静かに目を細めた。

 

 「そうか。そこまでして、君たちはこの道を拒むのか」

 

 怒りはなかった。

 少なくとも、表情には出ていなかった。

 

 だが、その声は冷たかった。

 

 その時、別の報告が入る。

 

 「所属機接近! エグゼキューター、右腕部損失! 後方よりデスティニーが追随しています!」

 

 デュランダルは、わずかに目を伏せた。

 

 「レイ……そしてシンか」

 

 彼はゆっくりと立ち上がった。

 

 戦場の外側では、ミネルバが沈黙し、ネオ・ジェネシスも失われた。

 だが、本当の決着はまだついていない。

 

 デスティニープランを止めるか。

 それとも、未来を決める世界を完成させるか。

 

 その答えを持つ少年たちが、今、メサイアへ向かっている。

 

 デュランダルは司令室の奥へと歩き出した。

 

 逃げるためではない。

 隠れるためでもない。

 

 自分の理想を、最後まで語るために。

 

 メサイアの外壁を抜け、片腕を失ったエグゼキューターが内部へ滑り込む。

 その後を追うように、デスティニーもまた、傷ついた翼を広げてメサイアへ向かった。

 

 戦場の光が遠ざかる。

 

 砲火も、爆発も、叫びも、厚い装甲の向こうへ沈んでいく。

 

 残されたのは、まだ答えを出しきれていない者たちの息遣いだけだった。

 

 そして、メサイアの奥で。

 

 運命を決めようとした男が、彼らを待っていた。

 

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