機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百六十九話 自由を選ぶ者――デュランダルとの対峙――
メサイア内部で、連続して爆発音が鳴っていた。
ネオ・ジェネシスが破壊され、内部で連鎖爆発を起こしているのだ。
推力は低下し、姿勢制御もうまくいかない。
床の下から鈍い振動が伝わり、天井の照明が不規則に明滅している。
かつて世界を導くための中枢だった場所は、今や自らの理想に焼かれるように崩れ始めていた。
「議長! このままでは危険です! 脱出を!!」
「私はいい。客人が来るのでね。出迎えなくてはならないのだよ」
デュランダル議長の落ち着き払った様子に、側近たちは改めて敬意を抱いた。
そして、その覚悟を知ったつもりでいた。
だが、デュランダル自身は、それ以上のものを背負っていることを知っていた。
ユニウスセブン落下とロゴス戦争の扇動。
このまま負ければどうなるか。
戦争犯罪人として裁かれる。
それが分からないはずがなかった。
「……デュランダル議長」
「行きたまえ。君たちには未来がある」
「はっ」
側近たちが去ったあと、デュランダル議長の座する司令室に、レイ・ザ・バレルが現れた。
その顔は悲痛で、疲労の色が濃かった。
それはシンとの戦いだけが原因ではなかった。
死が近いのだ。
「ギル……ごめんなさい」
「謝ることはない。レイはよくやってくれた」
その一言に、レイはデュランダルに駆け寄り、膝に縋りつく。
レイにとって、そこだけが帰る場所だった。
役割でも、命令でも、遺伝子でもなく、自分の名を呼んでくれた人。
その人の前でだけ、レイは兵士ではなく、ただの少年に戻れた。
デュランダルは優しくレイの髪を撫でてやる。
とても不憫に思う。
限りある生を呪い、人類の滅亡を望んだラウ・ル・クルーゼ。
君が生きていたら、この結末をどう思うかね。
嘲笑するだろうか。
憐れむだろうか。
……きっと無言で笑むような気がした。
「デュランダル議長」
その声に顔を上げると、シン・アスカが司令室に現れる。
手に拳銃は持っていたが、それを向けてはこない。
「シン君か。私はてっきりニコル君かと思ったが」
「ニコルは来ません」
「もう私と話す必要はないという事か」
「違います。ニコルはあなたを否定したくないんです」
その言葉に、デュランダル議長の頬がぴくりと動いた。
ニコルならば、自分の理想の危うさも、救済の必要性も理解できる。
そう考えていた。
だからこそ、最後に来るのは彼かもしれないと思っていた。
自分を断罪する者ではなく、自分の理想を理解した上で止める者として。
だが、ここに来たのはシンだった。
デュランダルは、優しく微笑む。
「俺も、議長の事を否定できない」
そう言って、シンが歩いてくる。
レイは拳銃を抜いてシンに向けた。
その手を、デュランダルは制する。
「遺伝子で未来を決める。確かに公平だと俺も思います。でも俺は知ってる。歌手としての適性が高くなくても歌を歌いたいステラ。医学者になりたいマユ。適性がないことと、やりたい事は別だった事」
シンは、ルナマリアを思い出す。
ステラは、歌いたいと言った。
マユは、自分で悩ませてほしいと言った。
ルナマリアは、遺伝子ではなく、自分の心でシンを好きになったと言った。
そのどれもが、正しさだけでは測れないものだった。
ステラを守りたい。
マユの夢を応援したい。
そしてルナマリアが差し出してくれた想いからも、もう逃げたくない。
三人が選んだ未来を、勝手に閉じさせるわけにはいかなかった。
そのためにも、シンはここで死ぬわけにはいかない。
遺伝子に決められたから、人を愛するわけではない。
ルナが自分を想ってくれた気持ちは、誰かに定められたものではなかった。
自分を想ってくれたルナの気持ちに、ちゃんと答えないといけない。
だから死ぬわけにはいかない。
「その迷いが人を新たな戦いへといざなう。人は間違う。悩み、苦しみ、幾多の涙で溢れたこの世界を、君はどうしようというのかね」
「わかりません。わからないけど、誰かに決められたからって大人しく従うほど、人は物分かりがよくはない」
シンは拳銃を握る手に力を込めた。
けれど、銃口は上げなかった。
「向いていないって言われても、やりたいことがある。間違ってるって言われても、譲れない気持ちがある。誰かを好きになることだって、守りたいと思うことだって、遺伝子で全部決められるものじゃない」
デュランダルは黙って聞いていた。
その表情は穏やかだった。
だが、瞳の奥だけは深く沈んでいる。
「それでまた戦争が起きたら?」
静かな問いだった。
「君たちは責任を取れるのかね。自由を守ると言い、選ぶ権利を掲げ、その果てにまた誰かが傷つき、また誰かが奪われる。そうなった時、君はその涙を引き受けられるのか」
「俺一人じゃ無理です。キラさんでも、アスランでも、ニコルでも無理です。一人だけじゃ無理なんです」
シンは拳銃を握ったまま、静かにデュランダルを見つめた。
レイは膝をついたまま、二人の会話を聞いている。
メサイアの揺れが続く中で、空間が不思議な静けさに満たされていた。
「だからこそデスティニープランが必要なのだよ」
デュランダルの声は変わらず穏やかだった。
「君が言う通り、個人に背負える限界はある。国も組織もまた然りだ。ならば国家や民族を超えた枠組みがいる。それがデスティニープランだ」
「そして全てを、あなたは一人で背負おうとした」
初めて、デュランダルの顔色が変わった。
やがて彼は、得心がいったように目を伏せる。
膝の上で手を組み、静かに息を吐いた。
「ユニウスセブンを落としたことだって、ロゴスとの戦争だって、今の戦闘だって。全部、あなた一人で背負おうとした」
「人は、大きな悲しみが無ければ変われないのだよ」
「違います。そんな事をしなくたって変われる。自分で選び取ったのなら。その選択が間違いだってわかったら、また変われる」
そして、シンは叫ぶ。
「俺は、自分の未来を強制的に決められるデスティニープランを選ばない。傷ついても、間違えても、自分と向き合って結論を出す自由を選ぶ」
その声は、司令室の崩壊音にかき消されなかった。
レイは息を呑み、デュランダルはしばらく目を閉じた。
その答えは、あまりにも未熟だった。
あまりにも危うかった。
そして、だからこそ人間らしかった。
デュランダルは静かにシンを見つめた。
シンも見つめ返す。
メサイアの崩壊は時間の問題となり、司令室の計器にも火が回ってきた。
今脱出しなくては間に合わない。
「それが君の出した結論かね。君はこれからも人は間違い、嘆き、悲しみ、幾多の命が失われることをわかっている。それでも自由を選ぶのかね」
「はい」
「そうか」
デュランダルは微笑んだ。
その一言を聞いた瞬間、デュランダルは自分の中で何かが静かに終わっていくのを感じていた。
敗北そのものは恐ろしくない。
権力を失うことも、歴史に裁かれることも、覚悟はしていた。
だが、自分が差し出した救済が、救われるべき者たち自身に拒まれる。その事実だけが、胸の奥に深く沈んだ。
思えば、自分はずっと、届かないものを見ていた。
タリアと共に歩めなかった未来。
ラウを救えなかった過去。
レイに残された短すぎる時間。
才能がありながら埋もれていく無数の人々。
それらをすべて正しい場所へ導けるなら、悲劇は減らせると信じた。
だが、シンはそれでも選ぶと言った。
苦しみ、迷い、間違え、それでも自分の足で歩くと言った。
愚かだと思った。
あまりに危ういと思った。
けれど、その危うさを完全には否定できなかった。
自分は、世界を救おうとした。
だが同時に、世界が迷うことを許せなかったのかもしれない。
目の前の少年は、自らの意思で愚かな選択をしようとしている。
それは滑稽と呼ぶにはあまりに真剣で、愚かと断じるにはあまりに眩しかった。
その時、司令室にもう一人の足音がする。
壊れかけた扉が開き、赤い非常灯の中に人影が立った。
炎と煙を背にしながらも、その姿勢はまっすぐだった。
シンが振り返ると、そこにはタリア・グラディスの姿があった。
「……艦長?」
「もう艦長じゃないわ」
自嘲的にタリアは微笑む。
そして、シンの隣に立った。