機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百七十話 生きるという選択――残された者たちへ――
メサイアから、脱出艇が次々と発進していく。
戦闘は、オーブ・地球連合側が攻撃停止と救助活動への移行を通達したことで、終結へ向かっていた。
その光景が、崩れかけた司令室のモニターに映し出されている。
赤い非常灯が明滅する中、タリア・グラディスは静かにギルバート・デュランダルを見つめた。
「ギルバート。長い戦いだったわね」
「そうだね。長い戦いだった」
愛し合いながら、遺伝子によって引き裂かれた男と女。
ギルバート・デュランダルとタリア・グラディス。
すべての始まりがそこにあったわけではない。
けれど、ギルバートにとってそれは、確かに世界の歪みを知った瞬間の一つだった。
「タリア。私は世界に拒まれたよ」
デュランダルは静かに言った。
「いいえ、ギルバート。あなたは世界に選択肢の一つを提示したわ。デスティニープランという選択。選ぶか、選ばないか。それは、とても大きな事よ」
その言葉に、デュランダルは微笑んだ。
ユニウスセブン落下も、ロゴス戦争も、自分の引き起こした悪行として記され、いずれ歴史の中で裁かれるだろう。
その名は、戦争犯罪人として語られるのかもしれない。
だが、デスティニープランという新たな選択肢は残された。
運命という種は、世界に残されたのだ。
「一緒に来てくれるかい、タリア?」
「いいえ。私はあなたとは一緒に行けないわ」
タリアがそう言うと、デュランダルはわずかに目を見開いた。
だが、それは咎める表情ではなかった。
「そうか。それが君の選択か」
「ギルバート。私は女として、あなたを愛しているわ。でも、私は母親なの。あの子を置いてはいけないわ」
タリアはデュランダルに近づく。
そして、そっと唇を重ねた。
「愛してる、ギルバート」
「私もだよ、タリア」
二人は静かに抱擁する。
その姿を、シンは目を逸らさずに見ていた。
これは敗北ではない。
逃避でもない。
タリア・グラディスという一人の女性が、自分の過去と愛情を認めた上で、それでも生きる方を選んだ瞬間だった。
しばらくして、二人は離れる。
そしてデュランダルは、レイへと視線を向けた。
「レイ。まだ私と共に行きたいかね?」
レイは歯を食いしばる。
涙が止まらなかった。
デュランダルは、その涙を指で拭ってやると、濡れた指先を静かに見つめた。
「……ギル。俺は……あなたのそばにいたい」
その言葉に、シンが叫ぶ。
「駄目だ、レイ! お前は生きるんだ!」
「……シン」
「命が短くたって、自分の未来は自分で選ぶんだ。それが生きてるってことじゃないのか」
レイは何も答えられなかった。
「俺は……俺は、友達のレイ・ザ・バレルを失くしたくない」
シンは、レイを誰かのクローンとして見ていなかった。
ラウ・ル・クルーゼの残骸でも、議長の道具でもない。
友達だと。
そう言ったのだ。
「シン君」
デュランダルが静かに口を開いた。
「ならば、レイを連れて行ってやってくれないか?」
その言葉を聞いて、膝をついたままのレイが顔を上げた。
「ギル……?」
「レイ。君はもう誰でもない。誰かの代わりを演じる必要はないのだよ」
そう言って微笑むデュランダルに、レイはしがみついた。
そして泣いた。
クルーゼのクローンという枷から、やっと解放されたのだ。
「君に道を示したつもりだった。だが、その道を最後まで私と共に歩く必要はない。君がまだ生きたいと思うなら、それが君の選択だ」
「……ギル」
「お別れだ。タリア、シン君。レイを頼んだよ」
そう言って、ギルバート・デュランダルは微笑んだ。
メサイアの爆発と崩壊は、限界に近付きつつあった。
天井から火花が降り、司令室の壁面にも炎が走っている。
シンはレイをタリアに預けると、先にデスティニーへ戻った。
崩れゆくメサイアの中で、最後の脱出路を開くためだった。
やがて、脱出シャトルが飛び立つ。
デスティニーガンダムはその傍らを飛び、タリアとレイの乗ったシャトルを守るようにメサイアから離れていった。
炎に包まれる司令室で、ギルバート・デュランダルは最後の時を迎えようとしていた。
モニターには、遠ざかっていくシャトルの光が映っている。
その小さな光の中に、タリアがいる。
レイがいる。
そして、彼らを連れていくシンがいる。
デュランダルは静かに息を吐いた。
自分は世界を導こうとした。
誰も迷わず、誰も取りこぼされず、誰も不相応な場所で苦しまない世界を作ろうとした。
だが最後に、自分の最も近くにいた者たちは、自分の示した道ではなく、自分で選ぶ未来へ去っていった。
それは敗北だった。
だが、不思議と怒りはなかった。
炎と煙の向こうに、いるはずのない友の姿が見えた気がした。
金色の髪。
仮面の奥で、歪んだ笑みを浮かべる男。
ラウ・ル・クルーゼ。
「この結末をどう思うかね」
デュランダルは虚空に向かって呟いた。
『とても愚かしいと思うよ』
懐かしい声が、皮肉げに返る。
「私もそう思うよ」
デュランダルは苦笑した。
「私は人類を救おうとした。だが結局、人は迷うことを選んだ。傷つき、間違え、また同じ過ちを繰り返すかもしれない道をね」
『それが人間だろう。君も、私も、そこから逃れられなかった』
「君は人を憎んだ。私は人を救おうとした。正反対の道を選んだつもりだったが……結局、どちらも人を信じ切れなかったのかもしれないな」
ラウは笑った。
『私は人類に終わりを望んだ。君は人類に正しい道を与えようとした。違いはある。だが根は同じだよ、ギル。人間に任せておけば、また愚かなことをする。そう思っていたのだろう?』
デュランダルは答えなかった。
否定できなかった。
ユニウスセブン。
ロゴス。
レクイエム。
終わらない憎しみ。
繰り返される戦争。
人は自由を与えられても、正しい選択をするとは限らない。
だからこそ、正しい道が必要だと思った。
だが、シンはそれを拒んだ。
傷ついてもいい。
間違えてもいい。
それでも、自分で選ぶのだと。
「彼は愚かだ」
デュランダルは呟いた。
『ああ。愚かだ』
「だが、眩しかった」
その言葉に、ラウの笑みがわずかに深まった。
『ならば、君は負けたのだろうね』
「そうだな」
デュランダルは素直に認めた。
「私は世界に道を示した。だが、歩くかどうかは生き残った者たちが決める。タリアも、レイも、シン君も、ニコル君も……私の望んだ形ではなかったが、それぞれが選んだ」
『それで満足かね?』
「満足ではない」
デュランダルは首を振った。
「だが、完全な敗北でもない。デスティニープランは消えるだろう。強制する世界は否定されるだろう。それでも、取りこぼされる人々を救わねばならないという問いは残る」
彼は崩れゆく司令室を見渡した。
「私の罪は裁かれるべきだ。だが、私の問いまで消えるわけではない。運命という種は、彼らの中に残った」
ラウは愉快そうに笑った。
『それをどう芽吹かせるかは、生き残った彼ら次第というわけか』
「ああ」
デュランダルは、遠ざかるシャトルの光を見つめた。
「レイも、ようやく私の道から離れた。あの子が短い時間でも、自分のために生きられるなら……それだけで、少しは報われるのかもしれない」
『君らしくない感傷だ』
「最後くらい、許してくれ」
メサイアの揺れが大きくなる。
天井が崩れ、炎が司令室へ流れ込んでくる。
それでもデュランダルは、穏やかだった。
「ラウ」
『何だね、ギル』
「そちらに行ったら、チェスの続きをやろう」
『また君が勝つつもりか?』
「いや」
デュランダルは静かに微笑んだ。
「今度は、最後まで指し直してみたい」
ラウは一瞬黙り、それから低く笑った。
『楽しみにしているよ、ギル』
その言葉と同時に、メサイアは大爆発を起こした。