【完結】機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百七十一話 再生の歌――ミーア・キャンベル――
ユニウスセブン落下。
ロゴス戦争。
そして、メサイア攻防戦。
世界を悲しみで満たした長い戦いは、ようやく幕を下ろした。
それでも、すべてが終わったわけではない。
傷ついた街がある。
帰らない人がいる。
壊れた国があり、なお憎しみを抱えた者たちがいる。
戦争が終わったからといって、悲しみがすぐに消えるわけではない。
けれど、それでも人々は少しずつ前を向き始めていた。
「みなさーーん! 今日は集まってくれてありがとう!! ミーア・キャンベルです!!」
ハーバーコロニーに用意された特設会場では、ミーア・キャンベルを迎えたコンサートが行われていた。
彼女はもう、ラクス・クラインの代わりではない。
ミーア・キャンベルとして。
自分の名前で。
自分の声で。
戦争終結から今日まで、彼女は各地を慰問して回っていた。
傷ついた街。
避難民の集まる施設。
戦災孤児たちが暮らす仮設住宅。
そして、戦争のために利用されかけた子供たちのいる場所。
ミーアは、そこで歌い続けていた。
それは、かつてのように誰かの姿を借りた歌ではない。
政治のために用意された言葉でもない。
人々を誘導するための舞台でもない。
ただ、ミーア・キャンベルという一人の少女が、自分の声で誰かに届こうとする歌だった。
会場には、コーディネイターもナチュラルもいた。
オーブの人間も、プラントの人間も、地球連合の元兵士もいる。
強化人間にされかけた子供たちも、ミネルバやアークエンジェルのクルーもいた。
誰もが同じ歌を聞き、同じように手を振っている。
それだけの光景が、かつてはどれほど遠いものだったか。
コンサート会場の最前列には、ニコルとマユの姿があった。
二人ともミーアの歌に酔いしれ、笑顔で声援を送っている。
ニコルは、コンサート前に楽屋であった一幕を思い出していた。
「この子が、ニコルの恋人なの?」
ミーアがそう尋ねると、マユは少しだけ背筋を伸ばした。
「はい。マユ・アスカです♪」
その瞬間、二人の間に火花が散ったのを、ニコルは見逃さなかった。
ミーアは一瞬、何か言いたげにマユを見た。
まだ幼さの残る少女。
けれど、その瞳は驚くほど真っ直ぐだった。
ミーアはすぐに察したのだろう。
この子は、ニコルに守られるだけの子ではない。
隣に立ち、時には叱り、時には泣きながら、それでも一緒に歩いていく子なのだと。
ミーアは小さくため息をついた。
「ニコルは酷い男だよ」
「知ってます」
「泣くかもしれないよ」
「もう泣きました」
「そっか」
「はい」
少しだけ沈黙が落ちた。
そして、どちらからともなく笑い出す。
「ふふふ」
「えへへ」
「「あはははは」」
二人は笑顔で握手を交わした。
同じ人を好きになり、別れた側と、これから共に歩こうとする側。
すぐにすべてが修復されるわけではない。
それでも今は、笑えていた。
「いいですわね、女の子の友情」
少し離れた場所から、ラクスが微笑む。
「うん。少し、羨ましいね」
キラも、その様子を穏やかに見守っていた。
かつてラクスの代わりとして戦争に利用されかけた少女が、自分の名前で歌っている。
かつて戦争に巻き込まれた少年と少女が、その歌を笑って聞いている。
それは小さなことかもしれない。
けれど、確かな再生の光景だった。
やがてコンサートが終わると、打ち上げが始まった。
オーブの政治関係者。
ミネルバのクルー。
アークエンジェルとドミニオンの乗員。
ハーバーコロニーで保護された子供たち。
このコロニーには、かつて強化人間にされかけた子供たちも多く暮らしている。
その多くはMSの操縦や整備技能を身につけていた。
戦争のために与えられかけた力。
だが、それはもう戦争のためだけのものではない。
ジャンク屋。
コロニー整備士。
輸送艇のパイロット。
災害救助用MSの操縦者。
これから彼らは、戦うためではなく、生きるためにその力を使っていくのだろう。
それもまた、一つの再生だった。
「これで平和になるといいですわね」
ラクス・クラインの言葉に、キラが静かに頷く。
あの後、ラクスはプラントの再建事業に取り掛かり、今も混乱の収拾にあたっている。
カガリはオーブをまとめ、アスランはその補佐に奔走していた。
キラもまた、戦いを止めるための新しい組織作りに関わることになる。
やがて、世界平和監視機構――コンパスという組織が形を成していくのだろう。
だが、それはまだ先の話だ。
デスティニープランという種は、新たな騒乱も生みつつあった。
完全に否定する者。
一部だけでも活かすべきだと主張する者。
ギルバート・デュランダルを悪として裁く者。
それでも彼の問いだけは無視できない者。
戦いは終わった。
けれど、問いは残っている。
「さて、どうなるかしらね」
少し離れた場所で、アグネスが皮肉げに笑った。
「良い結果になればいいのだがな」
隣に立つレイが、穏やかに窘める。
レイは現在、モルゲンレーテで治療を続けている。
当初想定されていたより、まだ生きられる可能性が見えてきた。
完治とは言えない。
残された時間も、決して長いとは限らない。
それでもレイは、もう誰かの代わりとしてではなく、レイ・ザ・バレルとして生きようとしていた。
「あなた、少し顔色よくなったんじゃない?」
「そう見えるなら、治療の成果だろう」
「つまらない返事ね」
「以前よりは、面白い返事をしているつもりだが」
アグネスは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。
「言うようになったじゃない」
「生きているからな」
その一言に、アグネスは黙った。
レイは何気なく言ったのかもしれない。
けれど、その言葉はかつての彼からは決して出なかったものだ。
生きている。
ただそれだけの事実を、今のレイは自分のものとして受け止めていた。
アグネスは結局、ニコルに告白できずにいた。
受け入れられないという事実を受け入れるほど、諦めがよくはない。
ニコルとマユの関係が、このままずっと良好に続くとも限らない。
隙を伺っているのだ。
だが今は、それよりも面白いものがあった。
湖畔の方へ歩いていく、シン、ステラ、ルナマリアの三人。
「……あっちも面倒そうね」
「そうだな」
レイは静かに頷いた。
「だが、決めるのは彼らだ」
「ほんと、そういうところだけ議長の計画と真逆ね」
「そうかもしれない」
レイは少しだけ笑った。
その様子を、ニコルとマユが温かく見守っていた。
ニコルは考える。
デスティニープランは否定された。
少なくとも、ギルバート・デュランダルが望んだように、世界のすべてを遺伝子で導く計画は止められた。
だが、その理念まで完全に消えたわけではない。
取りこぼされる人々がいる。
才能がありながら埋もれていく人々がいる。
自分に合わない場所で苦しみ続ける人々がいる。
道を示されることで救われる者も、きっといる。
その問いだけは、世界に残った。
デュランダル議長は、戦争犯罪人として記録されるだろう。
ユニウスセブン落下とロゴス戦争の扇動。
メサイアによる武力強制。
ネオ・ジェネシス使用未遂。
その罪は、決して消えない。
けれど、彼が世界に残した問いまで消えるわけではない。
運命という種は残されたのだ。
ニコルは、隣にいるマユを見る。
マユは笑っていた。
自分で悩み、自分で選び、これから医学者を目指して歩いていく少女の顔だった。
ニコルは思う。
この運命の芽を、どう伸ばすのか。
どう育てるのか。
それを決めるのは、もう一人の議長ではない。
生き残った自分たちなのだ。
そしていつか、自分がその責任の一端を担う日が来るかもしれない。
遠くで、ミーアの歌声が再び響き始めた。
誰かに用意された歌ではない。
誰かの名を借りた歌でもない。
ミーア・キャンベルが、自分で選んだ歌だった。
ニコルはその歌を聞きながら、静かに目を閉じる。
世界はまだ、正しい答えを持っていない。
それでも、人は選び続けるしかない。
運命という種を、どう芽吹かせるのか。
それは、これから生きる者たちに委ねられていた。