【完結】機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百七十二話 最終話 運命の再生――選んだ明日――
ハーバーコロニーの湖畔には、穏やかな風が吹いていた。
かつて、シンたちが傷を癒し、束の間の平穏を得た場所。
戦争の音から遠く離れた、小さな水辺。
今、その湖面には夕陽が揺れている。
シン、ステラ、ルナマリアの三人は、並んで歩いていた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
沈黙は重かった。
けれど、嫌な沈黙ではなかった。
言葉にしなければならないものがある。
でも、言葉にしてしまえば何かが変わってしまう。
三人とも、それを感じていた。
「やっと帰ってきたな」
シンが呟く。
「うん」
ステラが頷く。
「……そうね」
ルナマリアも小さく答えた。
シンは悩んでいた。
ステラへの想いに揺るぎはない。
助けたかった。
守りたかった。
歌ってほしかった。
生きていてほしかった。
その想いは、今も変わらない。
けれど、ルナマリアが士官学校で厳しく教えてくれたこと。
ユニウスセブン落下時に守ってくれたこと。
ロゴス戦争で隣にいてくれたこと。
メサイア攻防戦で、迷う自分の背中を押してくれたこと。
それらもまた、なかったことにはできなかった。
ルナマリアは、シンを守り、励まし、支え、愛してくれた。
シンにとって、彼女はもう大切な存在になっていた。
ルナマリアも悩んでいた。
シンがステラを好きなのは分かっている。
それは、自分が入り込んで壊していいものではない。
それでも、シンの苦しみを間近で見続けてきたのは自分だという思いもある。
シンを守り切った。
支え切った。
そして、愛した。
だからこそ、身を引かなければならない。
それが誰よりも分かっていた。
「……シン、ステラ」
「うん」
「ああ」
「……お別れ、だね」
その言葉が、ルナマリアの口からこぼれた。
二人の前にいてはいけない。
お互い辛くなる。
だから笑って別れようとした。
けれど、失敗した。
ルナマリアにとって、シンもステラもかけがえのない存在だ。
そしてステラにとっても、シンにとっても、ルナマリアはかけがえのない存在だった。
ルナマリアの瞳から、涙がこぼれる。
こぼれ出した涙は止まらなかった。
これ以上、二人に辛い思いをさせたくない。
そう思って立ち去ろうとするルナマリアの手を――
ステラが掴んでいた。
「ステラ、わからない」
ステラが、シンとルナマリアを交互に見る。
「ステラはシンが好き。ルナマリアもシンが好き。なのにどうしてルナマリアが泣かないとダメなの?」
「ステラ、それは……」
「ルナマリア」
ルナマリアの言葉を、ステラは押しとどめた。
そして、まっすぐに問いかける。
「ルナマリアはシンが好き? 答えて。嘘つかないで。好き?」
「……好きよ」
ルナマリアは震える声で答えた。
「じゃあ、一緒にいよ」
そう言って、ステラはルナマリアを抱きしめた。
ルナマリアは驚いて瞳を見開く。
けれど、すぐに自分からもステラを抱きしめた。
「ステラ……」
「ルナマリア、泣かないで」
「無理よ……そんなの、無理」
「じゃあ、泣いていい。でも、どこにも行かないで」
その言葉に、ルナマリアは声を詰まらせた。
シンは二人を見ていた。
ステラは真っ直ぐだった。
ルナマリアは泣いていた。
そして自分は、ここで逃げてはいけないのだと分かっていた。
メサイアで自分は言った。
傷ついても、間違えても、自分と向き合って結論を出す自由を選ぶと。
ならば、この想いからも逃げてはいけない。
「シン」
ステラが呼ぶ。
「ステラ」
シンは頷いた。
分かっていた。
自分にとって、ルナマリアがどれほど大切な存在なのかを。
だから、自分から言わなければならない。
「俺は、ステラを一番大切に思ってる。その気持ちは変わらない」
シンはそう言ってから、ルナマリアを見た。
「でも、ルナが俺を支えてくれたことも、俺はもうなかったことにできない。都合のいいことを言ってるのは分かってる。嫌なら、ちゃんと拒んでほしい」
ルナマリアは涙を浮かべたまま、シンを見る。
「それでも俺は、ルナにもそばにいてほしい。三人でいる未来を、選びたい」
「シン……でも、そんなの」
「俺とステラは、ルナさえよければ一緒にいたい」
「でも、それじゃみんな不幸になるよ」
「不幸じゃないよ」
ステラが微笑んだ。
「不幸じゃない。三人で幸せになるの」
その言葉は、理屈ではなかった。
制度でも、常識でも、遺伝子でもない。
ステラが自分の心で選んだ、まっすぐな答えだった。
「正式に認められる形じゃないかもしれない。周りにどう言われるかも分からない」
シンは続けた。
「でも、俺たちは誰かに決められた未来じゃなく、自分たちで選ぶ未来を守るって決めた。だから……ルナ。俺たちと一緒に歩いてほしい」
「……シン、ステラ」
ルナマリアの声が震える。
それでも、今度は逃げなかった。
「私……いてもいいの?」
「いてほしい」
シンは答えた。
ステラも頷く。
「一緒にいよ、ルナマリア」
ルナマリアは泣きながら笑った。
三人は、互いを抱きしめ合った。
それは、誰かに定められた未来ではなかった。
きっと簡単な道でもない。
傷つくこともあるだろう。
迷うこともあるだろう。
それでも、三人が自分たちで選んだ未来だった。
その光景を、少し離れた場所からアグネスが呆れたように見ている。
隣に立つレイは、楽しそうに笑った。
「……何よそれ」
「予想が外れたな」
「納得がいかないわ。ルナマリアは不幸になるはずだったのよ」
「決めるのは三人だ。三人が選んだ事だ」
「納得がいかないわよ」
そう言いながらも、アグネスの口元は優しかった。
その様子を見ていたカガリが、ぽつりと呟く。
「……まったく、あいつららしいな」
隣のアスランが苦笑する。
「何か考えてる顔だな、カガリ」
「国がすぐに認められる形じゃないかもしれない。でも、幸せの形を一つに決める必要なんてない。オーブは、そういう未来も考えられる国でありたい」
「また難しいことを言い出したな」
「難しくてもやるさ」
カガリは三人を見つめた。
「人が選ぶ未来を守るって、そういうことだろ」
アスランは少し呆れたように息を吐く。
けれど、その表情は穏やかだった。
「……まあ、お前らしいよ」
湖畔には、穏やかな風が吹いていた。
ミーアの歌声が、遠く会場からまだ聞こえてくる。
それはもう、偽りの歌ではない。
誰かが誰かの未来を決めるための歌ではなく。
誰かが自分の明日を選ぶための歌だった。
シンとステラとルナマリアは、並んで湖を見つめている。
キラとラクスは静かに寄り添い、カガリとアスランは相変わらず言い合っている。
レイは空を見上げ、アグネスは不満そうにしながらも、その隣を離れない。
ニコルの隣では、マユが未来を信じるように笑っていた。
誰もが、定められた運命ではない。
自分で選んだ明日の中に立っている。
そして物語は、コンパスへと続いていく。
運命の種が、どのように芽吹くのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。