機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第十八話 模擬戦訓練
午後の授業は格闘実習だった。
士官学校の屋内演習場には、白いマットが一面に敷かれている。照明の反射で眩しく光る床の上に、十数人の生徒たちが整列し、緊張した面持ちで指導を待っていた。
その前に立つのは、赤い体操服姿のニコル・アマルフィ教官。
小柄だが、どこか気品があり、静かな佇まいに説得力があった。
隣にはザフト地上軍出身の屈強な教官。
これから二人で近接戦闘の見本を見せるらしい。
「今日の訓練は近接格闘――CQC(Close Quarters Combat)です。 敵が接近してきた場合や、基地内部での白兵戦を想定します。筋力ではなく、“重心”と“タイミング”を意識して動いてください」
ニコルの声は柔らかく、それでいて耳に残る。
屈強な教官が踏み込む。
ニコルは一瞬で間合いをずらし、重心を低くして相手の腕を掴むと、流れるような動作で背負い投げを決めた。
軽い音を立てて教官の身体がマットに沈む。
見事な一本。
見ていた生徒たちから、思わず小さな歓声が漏れた。
「ね、力じゃないでしょ?」
そう笑って見せるニコルの目が、少しだけ柔らかくなった。
その後、生徒たちはペアに分かれて練習を始める。
シンは最初、ニコルの指導を受けていた。
まだ動きに硬さが残るが、必死に食らいつこうとしているのが伝わってくる。
たった一年しかないが昨日まで素人だったシンに近接格闘は無理だ。
過保護を自覚しながらニコルはシンをマンツーマンで鍛えるつもりだ。
「肘の角度が少し違う。腕だけで押さえようとせず、体重を“乗せる”んです」
ニコルが静かに助言するたびに、シンは「はい!」と返事をして動きを直す。
真っすぐで、不器用で、それがどこか見ていて微笑ましかった。
そこに、ルナマリアが歩み寄ってきた。
腰に手を当て、いたずらっぽく笑う。
「ねぇシン、私とやってみない? あんた、どうも手加減されてるみたいだし」
「え、でも俺、今アマルフィ教官と――」
「僕は構いませんよ」
ニコルが穏やかに笑った。
「実戦的な感覚を掴むには、ルナマリアと組むのが一番いいと思います。彼女は“感覚”で動ける人ですから」
「ふふ、聞いた? 褒められたわね、私」
ルナマリアがウインクする。
シンは少し戸惑いながらも頷いた。
「……じゃあ、お願いします」
「よし、いくわよ。構えなさい、シン!」
ルナマリアがすっと踏み込んだ。
風を切るような速さで腕が伸びる。
シンは反射的に受け止めたが――足元を払われ、あっという間に視界が回転した。
「うわっ!?」
鈍い音を立ててマットに背中を打つ。
ルナマリアが軽く息を吐きながら見下ろした。
「こんなフェイントに引っかかってたら、命いくつあっても足りないわよ!」
「くそっ……もう一回!」
「いいわよ。何度でも付き合ってあげる!」
シンは歯を食いしばって立ち上がり、構え直す。
彼の額には汗がにじんでいた。
今度は先に動く。突きを入れ、蹴りを放ち、勢いに任せて踏み込む。
だが――。
「甘い!」
ルナマリアは体をひらりとかわし、彼の手首を掴む。
そのまま重心を崩して捻ると、シンの身体が宙を舞った。
「ぐっ……!」
再びマットに叩きつけられるシン。
見ていた生徒たちがざわつく中、ルナマリアは腰に手を当てて笑った。
「力任せじゃ私に勝てないわよ、シン」
「……ちくしょう!」
それでも彼は立ち上がる。
何度投げられても、立ち上がる。
その姿に、ルナマリアの胸の奥が熱くなる。
「悔しい?」
「決まってるだろ!」
「なら、もっと強くなりなさい。――ステラを守るために!」
その一言で、シンの目が変わった。
汗に濡れた瞳が、一瞬だけ光を宿す。
そこからの動きは荒くも真っすぐで、見ていて痛々しいほどだった。
授業が終わる頃、シンはもう息も絶え絶えだったが、倒れたままでも拳を握っていた。
ルナマリアは息を吐いて笑う。
「ほんっと、根性あるんだから」
「……次は負けねぇぞ」
「言ったわね。じゃあまた今度、リベンジ受けてあげる」
彼女はタオルで額の汗を拭い、シンの肩を軽く叩いた。
その手のひらの温かさに、シンが小さく笑う。
「……これは僕の出る幕はありませんね」
シンは身体で覚える方が向いているらしい。
ニコルは自分の教育方針の間違いに頷いて
「マユ、君のお兄ちゃんは僕の予想より伸びるよ」
遠くハーバーコロニーにいる恋人に向かって呟いた。
休憩時間、二人は体育館の隅に腰を下ろした。
周囲の喧騒が少し遠のき、微かに風が入る。
ルナマリアがペットボトルを差し出した。
「ほら、水分補給。倒れられたらこっちが困るんだからね」
「悪い。……ありがとう」
シンが水を飲み干すと、ルナマリアは何気なく口を開いた。
「ねぇ、ちゃんとステラと連絡取ってるの?」
「え? ああ……たまには、な」
「“たまには”って何よ。あんた、ほんっと鈍いんだから」
呆れたように笑いながらも、声の奥に優しさがあった。
「ちゃんと話してあげなさいよ。きっと寂しがってるわよ」
「……そうかもな。でも、今は訓練もあって時間が――」
「時間がないなら作ればいいの。可愛い彼女を放っておくなんて、バカ」
その言葉に、シンが苦笑する。
「わかったよ。ちゃんと話してみる」
「最初からそう言えばいいのに」
ルナマリアはふっと微笑んだ。
けれど、その笑顔の奥に、小さな痛みが滲んでいた。
「ありがとうな、ルナ。ステラに連絡するよ。……時間、作ってでも」
「そうしなさい。あまり放っておくと、他の男に取られちゃうかもよ?」
「冗談でもやめてくれよ、そういうの」
「ふふっ、冗談よ。……あんたらしいわね」
そのままシンは立ち上がり、礼を言って去っていった。
背中が少しずつ遠ざかっていく。
ルナマリアはその姿を目で追いながら、小さく息を吐いた。
――届かないな。
あの真っすぐな背中に、声をかければきっと振り向いてくれる。
でも、それをしてしまったら、ステラを傷つけてしまう。
だから笑って見送るしかない。
「私は……シンの背中を守るんだから」
誰にも聞こえない声で、そっと呟く。
指先に残る温もりが、少しだけ切なかった。