機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第十九話 託された想い
寮の自室で、シンは机に積まれた課題の山と格闘していた。
教本とデータパッドが雑然と積まれ、ページの隙間から無数の警告ウィンドウが点滅している。
終わらせても終わらせても減らない。
にこやかな笑顔で課題を押しつけてくるニコルの顔を思い出すと、殺意すら湧いた。
「くそっ……ニコルのやつ、どれだけ出す気だよ……!」
短縮プログラム。
一年で二年分を詰め込む地獄のカリキュラム。
実技も座学も容赦なく、今日はルナマリアに何度も投げ飛ばされたせいで身体中が痛かった。
けれど、何より心に残っているのは、あの一言だ。
――「ステラを守れるように強くなりなさい」。
そんなこと、言われなくてもわかってる。
ステラがロドニアで撃たれた時も、ハーバーコロニーで襲われた時も、何もできなかった。
だからこそ今、ここにいる。
守る力を得るために。
「少し休め。結び過ぎた紐は、時に切れるものだ」
低い声に顔を上げると、レイ・ザ・バレルが湯気の立つカップを差し出していた。
淡い香りがふっと漂い、張り詰めていた気持ちが少しだけ緩む。
「……ハーブティ?」
「気持ちはわかるが、それでは一年もたない」
「……はは。ありがと。助かる」
レイは黙って椅子に腰を下ろす。
無表情な横顔だが、気遣いが伝わる。
彼はニコルの推薦でシンにつけられた指導役で、何かと世話を焼いてくれる。
付き合いだして一週間くらいでシンとレイは気が合う。
「シン、何か引っかかっているな?」
「……バレてるな。いや、ただ……」
シンはカップを握ったまま視線を落とした。
「ステラが撃たれた時も、守れなかった。ハーバーコロニーでも……。結局、俺は何もできなかったんだ。ザフトに入ったのも、このコロニーを守るためだってルナマリアが言ってくれたけど……俺は自分のことしか考えてなかった。ステラやマユを守りたい、そればっかりで」
レイは静かに聞いていた。
そして、ため息とともに言葉を落とす。
「お前は悪い奴じゃない。ただ、真っ直ぐすぎる。だがな……お人好しで、誰かの痛みがわかる。だから、ステラはお前を好きになった。そして――お前も彼女が好きなんだろ?」
「……ああ」
レイは軽く頷くと、真っ直ぐにシンを見つめた。
「だったら、努力して強くなれ。誰かを守りたいなら、その想いを力に変えろ」
「……わかってる」
レイの言葉は、正論だった。
悔しいほどに、真っ直ぐだった。
「それと……ルナマリアから伝言だ。“ステラに連絡を入れろ”とな」
「え? でも今はそんな暇……」
「課題なら手伝う。だが、心の整理は自分でしかできない」
その言い方があまりにも淡々としていて、逆に胸に刺さる。
シンはため息をついて端末を手に取った。
──ピピッ。
通信のランプが灯り、識別コードが浮かぶ。
ハーバーコロニーの番号。
胸の鼓動が速くなる。
そして――。
『……シン?』
画面の向こうに、ステラの顔が映った。
ネグリジェの上に軽い上着を羽織り、髪を耳にかけた彼女が、少し眠そうに微笑む。
『勉強、してたの? 顔、疲れてるよ……』
「ははっ。見抜かれたか。ニコルが容赦なく課題出してくるんだよ」
『ニコル、やさしいけど……すぱるた?』
ステラがくすっと笑う。
その声を聞いただけで、張り詰めていた気持ちがほどけていくようだった。
「ステラの方は? ハーバーコロニー、まだ忙しいのか?」
『うん。でもね……花、咲いたの。広場の隅に。ルナが教えてくれたんだ。“命は、どこにでも根をはる”って』
「ルナが……?」
『うん。ルナ、よく連絡くれる。シンのこと、たくさん話してた。心配してたよ』
シンは言葉を失った。
あの訓練中の言葉が、また胸に響く。
――ステラを守れるように、強くなりなさい。
痛いほど刺さった。
でも、それがあの人の優しさでもあると、今なら思えた。
『ねえ、シン。ルナのこと、怒ってる?』
「……怒ってなんかないよ。ただ……悔しかっただけだ。全部見透かされてるみたいでさ」
ステラは小さく首を振る。
『ルナはね、シンを責めてるんじゃないよ。きっと、自分のことを重ねてるの。戦争でたくさんの人を失ったって言ってた。だから、シンが誰かを守ろうとしてるのを見ると……嬉しいけど、怖いんだと思う』
「怖い……?」
『うん。シンがまた傷つくんじゃないかって。だから、“強くなって”って言ったの。それ、叱ったんじゃなくて……お願いなんだよ。シンが…人の心の痛み…誰よりもわかるの……ルナは知ってる』
ステラの声が、やさしく心に沁みていく。
その瞳の奥にあるのは、哀しみじゃなく、信じる力だった。
「ステラ……」
『ステラもね、守られるだけじゃなくて、一緒に戦いたいの。ルナが言ってた。“恋ってね、守られるだけじゃダメなのよ”って』
「……ルナらしいな」
『ふふっ。そうだね。でもね、ステラ、思ったの。ルナ、シンのこと……大事に思ってる。だから、シンもルナを大事にしてあげて』
「ルナは仲間だよ。大事な」
『うん。なら、いいの』
ステラの笑みは穏やかで、どこか切なかった。
通信越しの小さな明かりが、彼女の横顔を柔らかく照らしている。
ハーバーの夜は遅い。顔の奥で、優しさだけが静かに灯っていた。
「もう夜遅いだろ。ちゃんと寝ろよ。……また連絡するから」
『うん。ステラ、待ってる。ルナにも、“ありがとう”って伝えてね』
「……ああ。必ず伝えるよ」
通信が切れた。
寮の部屋に、静寂が戻る。
レイはいつの間にか本を閉じて、こちらを見ていた。
「通じたようだな」
「……ああ。少し、楽になった」
レイは頷く。
「想いを伝えることを恐れるな。それは弱さではない。――力になる」
シンは小さく息を吐いた。
胸の奥の痛みが、少しだけ軽くなっていた。
机の上の端末には、通信履歴が二つ並んでいる。
一つはステラ。もう一つは、ルナマリア。
――この想いは、まだ途切れていない。
彼はそう思った。
レイはその横顔を見つめながら、静かに思う。
ギルバート・デュランダルに「観察しておけ」と命じられた少年。
だがその成長は、想定を遥かに超えていた。
人を想う力――それが、戦士を変えていく。
レイはふと、目を細めた。
「人を想う強さ」――それを、誰よりも遠い場所から見てきた彼だからこそ、今のシンに感じるものがあった。
夜は静かに更けていく。
月の光が、窓辺のカップに残る淡い香りを照らしていた。