機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第二十話 月光の刺
通信が切れたあとも、ステラはしばらく画面を見つめていた。
夜の私室は静かで、整備用アームの動作音だけが遠くに響いている。
照明を落とすと、窓の外に再建途中の街の光が見えた。
その隙間に、瓦礫の間から咲いた白い花がひとつ――ルナに教えられた花だ。
――命は、どこにでも根をはる。
ルナの言葉を思い出すと、胸の奥が温かくなった。
ステラはそっと端末を操作する。
通話履歴の中に、もうひとつの名前がある。
「ルナマリア・ホーク」。
少しだけ迷ってから、通信ボタンを押した。
──ピピッ。
数秒後、画面の向こうに現れたのはルナマリアだった。
寝間着姿で髪を下ろし、部屋の照明を落としたまま窓辺に腰掛けている。
月明かりが差し込み、彼女の横顔をやわらかく照らしていた。
『ステラ? 珍しいわね、こんな時間に』
「ごめんなさい。起こしちゃった?」
『いいの。寝ようと思ってなかったし。……シンと話したんでしょ?』
ステラは頷く。
ルナマリアの声は静かだったが、その奥にほんの少しの安堵がにじんでいる。
「うん。元気そうだったよ。でも、無理してる。課題も訓練もいっぱいで……」
『シン、限界まで突っ走るタイプだからね。誰にも頼らないくせに、誰かを守ろうとする』
「ルナ、怒ってるの?」
『まさか。ただ……心配してるの。シン、昔の私に似てるから』
ルナは苦笑した。
月光に照らされたその表情には、どこか懐かしさと痛みが混じっている。
「ルナ、シンのこと……好き?」
唐突な言葉に、ルナマリアは一瞬だけ息を止めた。
それから、少し照れたように笑う。
『……さあね。どうだろう。でも、シンを心から笑わせられるのは、きっとステラのほうだと思う』
「そんなこと……ないよ」
『あるの。シン、ステラといる時の顔、違うもの。優しくて、素直で、少し子供みたいになる』
ステラは小さくうつむいた。
ルナマリアの言葉はどこか温かく、でも少し切ない。
『私ね、シンに“強くなりなさい”って言ったけど……あれ、自分にも言い聞かせてたのかも。戦争で失ったもののことを考えると、まだ怖くなるのよ。』
「……怖いの?」
『そう。もう誰かを失うのが、ね』
静かな声だった。
それはステラの胸にも響く言葉だった。
自分も同じ恐れを抱えている。だからこそ、守りたいと思う。
ヤキン・ドゥーエはまだ一年前の戦い。
ルナの周りの人も沢山死んだ。
「ステラもね、守られるだけじゃなくて、一緒に強くなりたいの。ルナが教えてくれた。“恋って、守られるだけじゃだめ”って」
ルナは目を細めた。
その言葉が、自分に返ってきたようで胸の奥が温かくなる。
『覚えててくれたのね……ありがとう、ステラ』
「うん。ルナは、シンのこと大事なんだね。でも、それって優しいことだよ。ステラ、そう思う」
ルナマリアは静かに微笑んだ。
『ありがとう。……あなたもね、シンを信じてあげて』
「うん。信じてる。だからステラも、頑張るよ」
『ふふっ、いい子ね。今度、また花を見に行きましょう。あの広場に』
「うん。約束」
通信が切れた。
ルナマリアは端末を閉じ、深く息を吐いた。
窓の外では、コロニーの夜光が淡く瞬いている。
静かで、冷たい空気。だけど心の奥は、不思議と温かかった。
「……ステラ。あんた、本当に強くなったわね」
小さく呟いたその時だった。
――ガチャリ、とルームのドアが開く音がした。
「ふぅーっ、いい湯だったぁ~!」
湯気をまといながら、アグネスが頭にタオルを巻いて出てきた。
同室の彼女は一見美人で面倒見はいいが、口の悪さは寮でも有名だ。
濡れた髪を拭きながら、にやりと笑ってルナに声をかける。
「へぇ~、今の通信、ステラちゃん? 甘ったるい声出してたけど~?」
「ちょっと! 聞いてたの!?」
「壁薄いのよ。……あんたの“ステラ”って呼ぶ声、妙に優しかったわよ?」
ルナマリアはタオルを引き寄せ、顔を赤くした。
「ただの報告みたいなもので……!」
アグネスは湯上がりの頬を緩め、口角を吊り上げる。
「報告ねぇ。あんたの“ため息まじりの報告”って、だいたい男絡みでしょ?」
「な、何それ! 失礼ね!」
「図星でしょ?」
アグネスの声が冷たく笑った。
「……ねえルナ。あんたって本当に哀れよ。
誰より強がってるくせに、恋になると誰の影にもなれない。
“友達だから”って綺麗ごとで自分を慰めて、結局は選ばれない側。
ステラが可愛い? 優しい? それ本心? 本当は羨ましくて仕方ないだけじゃない?」
「……っ」
「正直に言いなよ。あんた、あの子を守る振りして、自分の惨めさを誤魔化してるだけ。“譲る女”って、見苦しいのよ。
欲しいなら奪えばいいじゃない。できないのは、怖いからでしょ?嫌われるのが。
結局、あんたは戦場でも恋でも、誰かの後ろでうつむいてるだけなのよ」
ルナマリアは言葉を失い、拳を握った。
それでもアグネスは止まらない。
「ねえルナ。夢見るのは勝手だけどさ――現実じゃ、もうあの子の隣は埋まってるの。
可愛いステラに全部もっていかれて、あんたの名前はもう誰の口にも残らない。
……せいぜい夢の中で抱きしめられてなさいよ。“報われないヒロイン”さん?」
アグネスは笑いながらタオルをベッドに投げ、あっけらかんと横になる。
湿った空気の中で、その声だけが刃のように残った。
ルナマリアは何も言えなかった。
ただ、握りしめた拳が白くなるほど強く震えていた。
胸の奥が焼けるように痛くて、それでも涙はこぼれない。
カーテンの隙間から差し込む月光が、机の上の写真立てを照らした。
笑うステラとシン。その二人を見守る自分――。
それは、ほんの一瞬だけ幸せだった時間の記録。
「……報われない、ね」
唇が震えながら、ルナマリアは自分にそう言い聞かせた。
そして、ゆっくりと照明を落とした。
静かな部屋の中、月だけが彼女を照らしていた。
涙の代わりに、その光が頬を滑り落ちていった。