機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第二十一話 夜明けの微光
朝の訓練場に、まだ夜の冷たさが残っていた。
格納庫の天井から薄い光が差し込み、霧のような空気を照らしている。
整備員たちの声、金属の軋み、油の匂い。
そのすべてが、いつも通りの朝――のはずだった。
ルナマリアは、制服の襟を正しながら、笑顔を作った。
それは、鏡の前で何度も練習した“平気な顔”だ。
昨夜アグネスに言われた言葉が、まだ耳にこびりついている。
――「夢の中で抱かれてなさいよ、“報われないヒロイン”さん」
忘れたふりをするたび、心が痛んだ。
それでも、笑うしかない。シンとステラの親友として。
誰にも、何も悟られたくなかった。
「……おはよう、シン」
声をかけると、シンがヘルメットを持ったまま振り返る。
まだ少し眠たげな目で、それでも明るい笑顔を見せた。
「ルナ、おはよう。今日も早いな」
「当然でしょ。朝練サボるようじゃ赤服にはなれないわ」
軽口を返す。
笑う自分の声が少しだけ震えていることに、気づかないふりをした。
「今日の訓練、MSじゃなくて白兵戦だってさ」
「また? ……あんた、手加減してよね」
「前みたいに投げ飛ばさなきゃな!」
「誰が誰をよ!」
軽口を交わす。
その笑いの一瞬だけ、心が少し温かくなる。
けれど次の瞬間にはまた、あの夜の棘が胸を刺す。
――「あの子の隣はもう埋まってる」
二人のデータが入った端末を手にしたレイが、シンとルナマリアに歩いてくる。
「今日はナイフ格闘と射撃の複合訓練だ。刃を落したナイフとはいえ集中しないと怪我をするぞ」
レイの視線が一瞬だけルナに留まった。
その目に、何かを見透かされたような気がして、ルナは息を詰める。
その時だった。
「おっはよ~! 朝っぱらから真面目ねぇ。……恋のライバルでも出てくる夢でも見たの?」
軽い声が、空気を破る。
アグネスが演習場の入口に立っていた。
含み笑いをして、上着を片手にぶら下げている。
眠たげな笑みを浮かべたその目には、どこか挑発の光。
「アグネス、あんた班長でしょ?先に来ないと駄目じゃない」
「いいじゃない。どうせルナが真面目にまとめてくれるんでしょ?」
「……はぁ?」
「だってあんた、“誰かの代わり”って役が似合うもの」
その言葉に、ルナの表情が一瞬だけ強ばった。
「どういう意味よ」
「そのままよ。――好きな男の横で笑ってる女見てても、何も思わないの? 私なら我慢できないわ」
アグネスはあくび混じりに笑う。
ハーバーコロニーでの写真。
シンの隣でステラが幸せそうに笑ってる。
ルナマリアの持つ写真立てから、ルナマリアがシンを好きだと察したようだ。
「好きな男、他の女に取られて“いい人”でいられるなんて、理解できない。
あたしなら、寝取ってでも奪うけど?」
「アンタね……!」
「だって戦場で生き残るのも恋も同じでしょ? 早い者勝ち、強い者勝ち。
“譲る女”なんてただの負け犬。可哀想通り越して退屈よ」
周囲の訓練生たちが、息をのんだ。
シンが何か言いかけたが、ルナマリアの顔を見て言葉を失う。
顔面蒼白で目に涙をためたルナマリア。
いつも快活で優しくて強気なルナマリアのそんな顔を見たのは初めてだ。
ルナマリアは唇を噛み、何も返せなかった。
アグネスはその沈黙に気づいて、さらに微笑む。
「……ねえ、その女に“彼は優しいの”とか言われて、どう思う?
悔しくなかった?“あの子が笑ってくれるならそれでいい”って?
はっ、綺麗事。本音は違うでしょ。
現実は“自分の手で掴めなかった”だけよ。
嘘だと思うならその女の代わりに、自分がその男の隣に立ってる姿を想像してみたら?
他の誰にも取られたくないって思うでしょ?それがルナの本音よ。
それ隠して友情ごっこ?あんたそれでも女?わたしだったら恥ずかしくて生きていけないわ」
ルナの拳が小刻みに震えた。
でも――叫べない。
図星を突かれたような痛みが喉を塞ぐ。
アグネスは肩をすくめ、ため息をついた。
「ほんと理解できない。欲しいなら奪えばいいのに。……まあ、そういう優等生ぶった女って、だいたい最後に一人で泣くのよね」
その瞬間、乾いた靴音が響いた。
「――やめろ」
低く、鋭い声。
レイ・ザ・バレルだった。
彼の瞳が、まっすぐアグネスを射抜く。
「……何? ただの冗談よ。ねえ、みんなそう思わない?」
「冗談にしては趣味が悪い」
レイの声は冷えきっていた。
「お前の言葉は、他人を笑わせるためじゃない。傷を抉るためだ」
「そんなつもり――」
「黙れ」
レイの声音が一段低くなる。
「訓練場に立つ資格があるなら、口を慎め。お前の価値観はどうでもいい。だが……人の痛みを軽く言うな」
アグネスは視線を逸らし、口を閉じた。
その場の空気が凍りついたまま、誰も動かない。
レイはゆっくりルナマリアの方へ目を向けた。
「……気にするな」
「……うん」
声が小さく震える。
ルナは俯き、拳を握りしめたまま答えた。
シンが心配そうに覗き込む。
「ルナ、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「平気よ。寝不足なだけ」
笑みを作る。
それでも、その笑みの奥に滲む痛みを見抜いたのはレイだけだった。
訓練開始の警告音が鳴る。
ルナはヘルメットをかぶり、深呼吸をした。
――強くなりなさい。
昨日の夜、自分がステラに言った言葉が胸を刺す。
「……いくわよ、シン」
「おう!」
二人は並んで駆け出した。
床を踏みしめる足音が、朝の光の中へ消えていく。
その背中を見送りながら、レイは静かに目を細めた。
夜の残光がまだ薄く空に残っていた。
月の痛みを照らすように、淡い光が演習場の床を滑っていた。