機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第二十二話 微光の誓い

 第二十二話 微光の誓い

 

 午前の訓練場。

 金属床を叩く靴音が、乾いた響きを返していた。

 人工灯の光が天井の反射板に跳ね、白く滲んだ光が広い空間に満ちている。

 冷却ファンの風が空気をわずかに震わせ、淡い油の匂いが漂っていた。

 

 その中央で――シンとルナマリアは、模擬ナイフを構えて向かい合っていた。

 

 ルナマリアの頬に、うっすらと汗が流れる。

 ただの格闘訓練のはずなのに、息は荒く、肩で呼吸をしていた。

 踏み込みは鋭く、刃の軌道には迷いがない。

 だが、その一撃ごとに焦りと苛立ちが混ざっていた。

 

 ――「譲る女なんて、ただの負け犬よ」

 ――「欲しいなら奪えばいいのに」

 

 アグネスの言葉が、脳裏で何度も反響する。

 訓練場の光よりも強く、胸の奥を焼いていた。

 

 「ルナ、力入りすぎだって!」

 

 シンの声が、金属壁に反射して跳ね返る。

 だがルナマリアは答えない。

 代わりに、短く息を吐いて再び踏み込む。

 模擬ナイフの刃が交錯し、鋭い金属音と共に火花が散った。

 

 「おい、落ち着けって!」

 

 「……黙って! 集中してるのよ!」

 

 声が震える。

 シンの眉が困ったように寄った。

 彼の瞳には怒りも苛立ちもない。ただ純粋な心配だけがあった。

 

 ――その優しさが、いちばん痛かった。

 

 ルナマリアの手首が小さく震え、ナイフが手から滑りかける。

 足元のバランスが崩れた瞬間、シンが素早く腕を回し、彼女の身体を支えた。

 

 「危ないだろ! 大丈夫か?」

 

 至近距離。シンの息がかかる。

 胸の奥で何かが弾けるように痛んだ。

 

 「……放して」

 

 「え?」

 

 「放してって言ってるの!」

 

 思わず声が荒くなる。

 シンは驚き、慌てて手を離した。

 ルナマリアは息を乱しながら俯き、肩を震わせる。

 ヘルメットの影に隠れた表情は、誰にも見せたくなかった。

 

 訓練場の空気が静止した。

 周囲の訓練生が動きを止め、視線を交わす。

 その中からレイが一歩、音もなく近づいてくる。

 冷静な灰色の瞳がルナを射抜いた。

 

 「ルナマリア。いつものお前らしくない。感情を持ち込むな」

 

 「……持ち込んでない」

 

 「違うな」

 

 レイの声は、冷たくも穏やかだった。

 「動きが荒い。迷いがある。何かを誤魔化している」

 

 「……放っておいて」

 

 「ルナ――」

 

 「放っておいてよッ!」

 

 叫びが、訓練場の空気を裂いた。

 ヘルメットを脱ぎ捨てると、赤い髪が光を受けて揺れる。

 頬を伝う汗が、涙のように光っていた。

 

 「どうして……どうして、あたしばっかり“優しい”なんて言われなきゃならないの!?」

 

 その言葉に、周囲の時間が止まったようだった。

 声が反響し、静寂が広がる。

 誰もが動けずに、ただその場に立ち尽くす。

 

 「努力しても、頑張っても届かない。

  戦っても笑っても……結局、あたしはあの子の代わりじゃない!

  あたしは優しくなんかない!! 醜くて、独占欲が強くて、誰よりも汚い人間よ!!」

 

 シンは息をのんだまま立ち尽くす。

 ルナの言葉の意味を、うまく掴めずにいた。

 

 「ルナ……?」

 

 その声があまりにも優しかった。

 まっすぐで、傷一つない瞳。

 その無垢さが、刃よりも鋭く胸を刺す。

 

 ――知らないのね。

 あたしがどれだけ、あんたに手を伸ばしてきたか。

 

 ルナは俯き、震える唇を噛みしめた。

 

 「……大丈夫だから。続けるわ」

 

 「待てよ」

 

 シンが近づき、落ちたヘルメットを拾う。

 その仕草はどこまでも自然で、まるで妹を気遣う兄のようだった。

 

 「焦ることない。ルナは頑張りすぎだよ。

  寝る間も惜しんで勉強して、訓練も誰より真面目で……」

 

 「そんなの関係ないわ!」

 

 「あるさ!」

 

 シンの声が強くなる。

 その瞬間、訓練場の照明が一段階明るくなり、二人の影を長く伸ばした。

 

 「ルナはルナだろ! 誰かと比べることなんてない。

  俺は――ちゃんと見てるよ。お前が努力してるの、ずっと見てる」

 

 その言葉に、胸がぎゅっと縮む。

 ――見てる。

 その響きは甘く、そして残酷だった。

 彼の目の奥に、恋の色はない。

 そこにあるのは、戦友としての信頼。仲間への想い。

 けれどそれが何よりも壊れそうに尊くて、息ができなかった。

 

 (シンは私を見てくれない。わかってる。そんなのわかってる)

 

 それでも――。

 

 ルナはヘルメットを受け取り、ゆっくりと笑った。

 笑うしかなかった。

 

 「……ほんと、バカね。あんたって」

 

 「え? な、なんだよ急に」

 

 「心配してくれてありがとう。でも、平気よ」

 

 シンは頭をかきながら、気恥ずかしそうに笑う。

 「無理すんなよ、ルナ。強がるのもほどほどにな」

 

 「はいはい、教官みたいなこと言わないで」

 

 声が震えないように、全身の力を込めて笑顔を作った。

 

 レイが短くため息をつく。

 「……お前たち、そろそろ再開しろ。次の班が待っている」

 

 「わかった」

 

 シンが再びヘルメットを被る。

 ルナも深く息を吸い、立ち上がった。

 さっきまでの熱を冷ますように、冷たい空気が頬を撫でる。

 

 「……いくわよ、シン」

 

 「おう。今度は投げ飛ばさないでくれよ」

 

 「保証しないわ」

 

 ルナが笑う。

 その笑顔はほんの一瞬で、次の瞬間には再び真剣な表情に戻った。

 

 合図のブザーが鳴る。

 再び二人の間に金属音が響く。

 シンの動きは正確で、迷いがない。

 その姿を見ながら、ルナは心の中で静かに呟いた。

 

 ――気づかないでいい。

 ――でも、いつか。

 この想いを手放せるくらい強くなれたら、その時は――笑って隣に立ちたい。

 

 白い光が演習場の天井から降り注ぐ。

 反射した光が二人の影を重ね、床に淡く揺らいだ。

 冷たいはずの空気が、少しだけ温かく感じた。

 

 それは、痛みの奥に差した小さな希望――

 微光のように、確かに彼女の胸の奥で揺れていた。

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