機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第二十三話 祈りの風
訓練が終わったあと、シンは人気のない訓練場の裏でひとり立ち尽くしていた。
冷たい鉄の匂い。
足元には模擬ナイフの傷が残るマット片が放置されている。
――ルナ、どうしたんだろう。
訓練中、突然声を荒げた彼女の姿が頭から離れない。
あんなルナを見たのは初めてだった。
怒っているようで、泣きそうでもあって――けれど何も言えなかった。
(俺、なんかしたのか……?)
思い当たる節はない。
昨日までは普通だった。
むしろ、いつも通り明るくて、少し強気で。
それが今朝から急に張り詰めている。
気づけば、胸の奥がざわざわしていた。
ステラなら、何か分かるだろうか――そう思って通信端末を開いた。
──ピピッ。
数秒後、柔らかな光に包まれた画面の向こうで、ステラが顔を上げた。
淡い部屋の明かり、後ろに白い花の鉢。
それを見ただけで、少し息が楽になった。
『シン? どうしたの? 顔、こわい』
「……あ、いや。ちょっと相談があって」
『ルナとケンカしたの?』
「ケンカってほどじゃ……でも、ルナが……変なんだ。
今日の訓練で、すごく怒ってて……。俺、何かしたかなって思って」
ステラは少し考えるように首を傾げた。
『ルナ、昨日も少し元気なかった。ステラにメッセージくれたけど、声が寂しかった』
「そうなのか?」
『うん。ルナ、優しいけどね……ときどき、自分を責めすぎる。
たぶん、誰かを守りたくて、それができないって思うと苦しくなるんだよ』
「……ルナが俺に心配してくれてありがとうって言ってた。でも俺に言われても困るって顔もしてた」
『それはね、シンが優しいからだよ』
「優しい?」
『うん。シンは気づかないの。人を励ますとき、ちゃんと心で言うから……その言葉、まっすぐ刺さるの』
シンは少し沈黙した。
ステラは画面の向こうで穏やかに微笑んでいる。
『だからね、ステラからルナに話してみる。いい?』
「え、ステラが?」
『うん。女の子のことは、女の子に任せて』
「……ああ。頼むよ。あいつ、今ほんとに辛そうで」
『大丈夫。ルナは強いから』
そう言って、ステラは通信を切った。
シンはしばらく端末を握りしめたまま、曇った空を見上げた。
――何がルナを追い詰めているのか。
シンにはルナの心が分からなかった。
夜。
ルナマリアの部屋には灯りがほとんどなかった。
ベッドの上には訓練記録のデータパッド。
何度も再生しては停止し、ため息をつく。
「……何やってるんだろ、あたし」
画面の中の自分は焦っていた。
どんなに頑張っても、届かない。
誰かに見てもらえたとしても、その“意味”が違う。
そのとき、通信ランプが点滅した。
差出人――ステラ・ルーシェ。
ルナは思わず眉を上げた。
「ステラ?」
通話を受けると、柔らかな声が響いた。
『ルナ、こんばんは』
「ステラ? どうしたの、こんな時間に」
『シンがね、心配してたの。ルナが泣きそうだったって』
ルナの喉が詰まった。
「……あいつ、余計なこと……」
『ルナ、怒らないで。シン、困ってたの。どうしていいか分からないって』
ルナは目を伏せた。
ステラの声は不思議と静かで、優しかった。
『シンね、ルナのこと……仲間としてすごく大事にしてる。
“頼りになる”って、何度も言ってたよ』
「……あいつ、そういうこと平気で言うのよ」
『うん。でも、それがシンなの。まっすぐで、気づかなくて。
でも、ちゃんと見てるよ。ルナの頑張りも、優しさも』
「見てるだけで十分なの? ……そんなの、ずるいわ」
吐き出すような声だった。
胸の奥が熱くなり、涙が滲む。
ステラは少し間を置いてから、そっと言った。
『ルナ、シンはね、誰かを好きになると、全部その人に向いちゃう。
でも、それはその人だけを見てるんじゃなくて……“信じてる”からなんだと思う。
信じてる人たち全部を、ちゃんと見ようとしてるの』
「……ほんと、そういうところ、ずるいのよ」
『ルナは優しい。シンの隣にいると、空気があたたかくなる。
ステラね、それが好き。だから――ありがと』
「……え?」
『ステラ、シンを守りたい。でも、シンを支えられるのはステラだけじゃない。
ルナも、きっとそうだから。……だから、泣かないで』
ルナは唇を噛んだ。
肩の力が抜けて、静かに息を吐く。
ステラの言葉は、まるで優しい風みたいだった。
胸の中に溜まっていた黒い霧が、少しずつ晴れていく。
「……ありがと、ステラ。
ほんとに……あんた、強くなったわね」
『ううん。ルナが教えてくれたから。
“恋って、守られるだけじゃだめ”って。覚えてる?』
ルナは笑った。
「ええ、覚えてる。……あの時は、自分に言ってたのよ」
『じゃあ、今度はステラが言うね。
“優しさだけでも、強さになる”って』
「……あんたってほんと、敵わないわ」
ステラには本当に敵わないとルナマリアは思った。
『ふふっ。おやすみ、ルナ。明日は笑ってね。シン、きっと安心する』
通信が切れ、部屋に静けさが戻る。
ルナは端末を見つめ、長く息を吐いた。
窓の外、コロニーの夜光が瞬く。
微かに風が吹き込み、髪が揺れる。
「……ほんと、ずるいわよ。
あんたたち、二人とも……」
そう呟いて、ルナは笑った。
泣き笑いみたいな顔のまま、ベッドに背を預ける。
胸の奥に残った痛みは、まだ消えない。
でも――それでも少しだけ温かい。
誰かの言葉が、ちゃんと自分に届いたから。
「……明日、ちゃんと笑ってやるんだから」
小さく息を吐き、瞼を閉じる。
静かな夜の中、祈るように風が吹き抜けた。
その風は、誰のものでもない優しさを運んでいた。
そろそろストックが無くなってきましたので、毎日一話ずつ7時投稿になります。