機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第二十四話 譲る強さと奪う弱さ
夕暮れの士官学校女子寮。
薄いオレンジ色の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の壁を柔らかく染め上げていた。
それはルナマリアの心を映すような光だった。
たとえ沈む運命だと知っていても、太陽は沈む寸前まで輝きを失わない。
浴室から戻ったアグネスが、湯気をまといながらタオルで髪を拭いていた。
部屋には紅茶の香りが漂っている。
ルナマリアはテーブルの端に座り、端末を閉じたところだった。
パタンと鳴った音が、ハーバーコロニーとプラントの距離を思わせる。
優しいステラの言葉。
切ない。
苦しい。
けれど――それでも。
ルナマリアはステラとシンを傷つけたくなかった。
二人を、優しく見守る月の光のようになりたかった。
「ねぇ、ルナ」
アグネスの声は軽い。まるで雑談でも始めるように。
「ステラちゃんと話してたでしょ? シンのこと」
ルナマリアの指先が、ぴくりと止まった。
「……聞いてたの?」
「聞こえちゃったの。壁、薄いし」
アグネスは無邪気な笑みを浮かべた。
心底馬鹿にしているように見える。
だが、その笑みの奥に――どこか羨ましそうな色が混じっている気がした。
「で、正直に言って――あんた、シンのこと好きなんでしょ?」
ルナは一瞬、息を呑んだ。
けれどすぐに紅茶を置き、淡々と返す。
「何を根拠に?」
「女の勘」
アグネスは笑いながらソファに沈み込み、脚を組んだ。
濡れた髪の雫が肩に落ちる。
その仕草には、どこか挑発的な色気があった。
「好きなら奪っちゃえばいいのに。
ステラちゃんなんて、ふわふわしてるだけじゃない。
あんなの、少し押せば落とせるわよ」
「……は?」
「恋愛って奪い合いよ。早い者勝ち。
男の方が鈍いんだから、先に掴んだもん勝ち。
手に入れたら飽きるまで楽しんで、スペックが低かったら次に乗り換える。
――それが普通でしょ?」
その瞬間、ルナの瞳に冷たい光が走った。
「……普通って、なに?」
「え?」
「誰かの気持ちを奪って、自分の欲で踏みにじることが“普通”?
そんなの、恋でも愛でもなんでもないわ。恋愛なんて言葉、使わないで」
アグネスは薄く笑った。
その笑いには、どこか影がある。
「綺麗事ね。“誰かを想い続ける”なんて、負け犬の慰めよ。
報われない恋を引きずる女ほど、見てて滑稽なものはないわ」
「……そう」
ルナマリアは真っ直ぐアグネスを見つめた。
その瞳には怒りではなく、静かな確信があった。
「それなら――あたしは、“負け犬”でいいわ」
アグネスの笑みがわずかに消える。
誰かに褒められたい。
愛されたい。
認めてほしい。
そんな思いを、目の前の――弱かったはずのルナマリアに見透かされた気がした。
「誰かを想い続けることの、どこが悪いの?
奪って壊すだけの恋なんて、一瞬で消える。
本当に人を好きになるって、
その人の笑顔を見て、自分も幸せになれること。
たとえ自分が選ばれなくても……それを願えることなの」
「あんた、本物の馬鹿?」
アグネスは冷たく言い返した。
「そんなの、ただの自己満足。
“奪う勇気”がないだけの言い訳よ」
「いいえ」
ルナの声は穏やかで、しかし確かな力を帯びていた。
「“奪う勇気”より、“譲る強さ”の方が難しいの。
それを分かろうとしないあなたこそ――弱い女よ」
アグネスの表情が険しくなる。
唇を引き結び、一瞬だけ歯ぎしりをした。
ルナマリアの瞳には、自分にはない何かが宿っていた。
強さでも、優しさでもなく――痛みを知る人間の深さ。
「……何それ。勝手なこと言わないで」
「勝手じゃない。
私は誰かの心を踏みにじって笑う女にはならない。
あなたと違って、私は痛みを知ってるわ。
あなたの方こそ、人を好きになることが怖いだけ。
本気で誰かを想う痛みを知るのが怖いから――
誰かの男を奪って、自分を守ってるのよ」
しばしの沈黙。
時計の針の音が、時の経つのを告げる。
二人の間の空気が張り詰め、外の風が窓を震わせた。
アグネスは視線を逸らし、タオルを肩にかける。
濡れた髪から零れた水滴が、涙のように見えた。
傲岸で、不遜で、そして虚勢。
誰かを愛すること。
拒絶されることを恐れる。
男をスペックでしか見られない。
アグネス自身をスペックでしか見ない男にしか、認められない悲しさ。
――アグネスには生涯理解できないかもしれない。
知ろうとしない者、学ぼうとしない者に、時間はただ過ぎていくだけなのだから。
「……あんたってほんと、馬鹿で面倒くさいわね」
アグネスの声が、かすかに震えている気がしたのは気のせいだろうか。
「知ってるわ」
ルナマリアは迷いなく答える。
「そんな生き方して、何が残るの?」
「強さよ」
即答だった。
その一言に、アグネスの唇がかすかに動く。
けれど、もう言葉は出なかった。
アグネスは舌打ちをして立ち上がる。
タオルを肩にかけたまま、足早にドアへ向かう。
パネルに手をかけた瞬間、ふと振り返った。
何かを言いたそうに唇が開くが、結局、言葉にはならなかった。
ルナマリアはしばらく動けなかった。
そして、小さく息を吐く。
「……あたし、ちゃんと……言えたわね」
窓の外では夜風が吹いていた。
少し冷たくて、でもどこか心地いい。
部屋を去っていったアグネスの後ろ姿は、いつもの傲慢な彼女らしくなく、どこか寂しげだった。
ルナはもう一度、深呼吸をして紅茶を飲み干した。
「……大丈夫。もう泣かない」
窓の外で、風が優しく吹いた。
気がつけば夕日は落ち、欠けた月が浮かんでいる。
「私は月でいい」
ステラとシンを優しく包む光。
その光はまだ弱々しかったけれど――
それでも確かに、闇の中で輝いていた。
ルナマリアの優しさを映し出す光だった。
アグネス結構好きなんですよね。だからただの嫌な奴にしたくなかった。