機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第三十二話 戦う理由

第三十二話 戦う理由

 

 アーモリーワンの軍港と居住区から立ち上る煙が、地表を這うように広がっていた。

 焦げた金属の匂い。焼けた風。

 泣き崩れる人々の声が、瓦礫の谷間にこだました。

 

 その上空を、ミネルバは静かに飛んでいた。

 傷だらけの船体が陽光を反射し、ゆっくりと傾く。

 まるで地上に落ちた災厄を、黙って見下ろす女神のようだった。

 

 船体にはビームの焦げ跡がいくつも残っていたが、致命傷ではない。

 いまは救助活動の支援にあたっている。

 機関の微かな唸りが、重い空気を切り裂いていた。

 

 尋問の結果、裏切り者のコーディネイターたちの目的が明らかになった。

 ――オーブ代表カガリ・ユラ・アスハと、議長ギルバート・デュランダルの暗殺。

 さらに、ミネルバとセカンドステージMSの破壊。

 もしタリア艦長の発進命令があと数分遅れていたら、ミネルバは今ごろこの空にいなかったかもしれない。

 

 市街地での戦闘は、そのためのカモフラージュだった。

 だが偶然にも、現場にシンとルナマリアがいた――

 それが結果的に、ミネルバの即応と出撃を早め、被害を最小限に抑えた。

 

 紙一重の運命だった。

 

 「運がよかったのかしらね」

 タリア艦長が小さく息を吐いた。

 「いえ、艦長の判断が的確でした。即応体制を整えていたからこそです」

 報告を終えたニコルが、静かに言う。

 

 だが、その声の奥に小さな翳りがあった。

 

 ブルーコスモスがアーモリーワンの内部にまで侵入できたこと。

 そして、タリアの決断の早さ。

 どこかに、説明のつかない違和感があった。

 

 ギルバート・デュランダルとタリア・グラディス――かつて恋仲だったという噂。

 今もその関係が続いているのなら……。

 ニコルは、そこまで思いかけて小さく首を振った。

 考えすぎだ。タリアがそんな人間であるはずがない。

 ――わかっている。だが、胸の奥に小さな棘だけが残った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 帰艦したシン、ルナマリア、アグネス、レイは、食堂の片隅で夕食を囲んでいた。

 テーブルの上にはローストポークとパン、スープ。

 けれど、シンとルナはサラダに手を伸ばすだけだった。

 焼け焦げた匂いがまだ鼻に残っていて、肉を口に入れる気にはなれなかった。

 

 レイも、ほとんど箸を動かさない。

 ただ一人、アグネスだけが平然と食事を続けていた。

 

 「……同じコーディネイターなのに、ブルーコスモスの思想に共鳴していたなんてな」

 レイが静かに言った。

 「尋問では“最初から生きる意味なんてなかった”って言っていた」

 その声には、自嘲のような響きが混ざっていた。

 

 「そんなのおかしいよ。コーディネイターが悪だなんて……」

 シンがスプーンを置き、テーブルを見つめた。

 「確かに遺伝子は操作されてるけど、俺たちだって人間だ。

 生きる意味がないなんて、そんなわけないだろ」

 

 言葉を絞り出すような声だった。

 彼の脳裏には、崩れた建物の中で泣き叫んでいた子供たちの姿が浮かんでいた。

 

 「そうよ。コーディネイターの前に、私たちは“人間”なのよ」

 ルナマリアが小さく頷く。

 「自分の生まれを否定するなんて……悲しすぎる」

 

 そのとき、アグネスがフォークを置き、淡々と言った。

 「なに、みんな暗い顔して。そんな話をしたって、死んだ人は戻らないわ」

 彼女は冷えた緑茶を口に含み、軽く微笑んだ。

 「それに、あいつらは裏切り者よ。

 与えられた優位を自分で捨て、ブルーコスモスなんかに魂を売った愚か者。

 同情する価値なんてないわ」

 

 その言葉に、空気が凍りついた。

 同じコーディネイターの口から出たとは思えない冷たさだった。

 

 「生まれを蔑むなんて滑稽だわ。

 力を持つ者は、その力を使う義務があるの。

 それができない者は淘汰されるだけ。

 この世に平等なんてない。強い者と弱い者がいるだけよ」

 

 「そんな言い方、酷いわよアグネス!」

 ルナマリアが立ち上がり、テーブルを叩いた。

 握りしめた拳が震え、白くなっている。

 「優れてるとか劣ってるとか、そんな基準で人を測らないで!

 あの人たちは、苦しんでたのよ。迷ってたの!」

 

 アグネスは肩をすくめ、淡々と返した。

 「迷ってた? その結果がこれでしょ。

 同じコーディネイターを殺すことが、あいつらの“答え”?

 愚かを通り越して哀れだわ。

 あの子供たちを撃ち殺したのを見たでしょ、ルナ。

 それでも同情するの?」

 

 「それじゃ……私たちは何のために戦ってるのよ」

 ルナの声は震え、涙が滲んでいた。

 守りたいと思って銃を取ったのに、その意味がわからなくなる。

 

 シンは、そっとルナの手を握った。

 「……あの子を抱いてた母親も、そうだったのか?」

 低く、押し殺した声。

 「戦うってのは、誰かを守るためだろ。

 弱いから死んだんじゃない。あの人は子供を守りたかったんだ。

 それを“弱い”なんて言葉で片づけるなよ!」

 

 その声が食堂に響き、空気が止まった。

 

 「強い者が正しいなら、戦争は終わらない。

 俺たちは、それを止めるために戦ってるんじゃないのか!」

 

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 食堂の時計の秒針の音だけが響く。

 

 やがて、アグネスが鼻で笑った。

 心の中で“お似合いの彼氏でよかったわねルナ”とほくそ笑む。

 「……馬鹿ね。悲劇のヒーロー気取り?

 “戦争を終わらせる”なんて夢物語よ。

 強い者と弱い者がいる限り、争いはなくならない。

 優れた者が導かなければ、秩序は保てないの」

 

 「優れた者ってのは、コーディネイターのことかよ」

 シンが呟く。

 

 「少なくとも、ナチュラルよりはね。それが事実よ。

 人の平等なんて幻想。優れた者が支配する社会こそ正しいの」

 アグネスの声は静かで、ひどく確信に満ちていた。

 

 「命に優劣も上下もない。それを忘れたとき、俺たちはあの裏切り者たちと同じになる」

 レイが呟く。

 その声は、どこか遠い記憶を見つめていた。

 ジョージ・グレン、そしてラウ・ル・クルーゼ

 

 「人は、いつまでパンドラの箱を覗き続けるのか……」

 

 彼の小さな呟きが、冷たい空気に溶けていった。




ちょっとアグネスさんを悪者にしすぎましたかね?優勢人種思想書いてると楽しいです。
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