機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第三十三話 女として母として
何も聞こえないはずなのに、どこかで声がする気がした。
軋む金属の破片、光を弾く粒子——そのひとつひとつが、かつてここにいた誰かの残響みたいに思えた。
漆黒の闇の中、シンはミサイルランチャーを装備した《ブラスト・インパルス》を駆る。
前方に紅の残光。
ルナマリアの《セイバーガンダム》も一緒に飛んでいた。
気を抜くと岩塊やコロニーの残骸に衝突しそうな危険空間でもルナが一緒だと心強かった。
あの事件の後、コーディネイターの裏切り者たちがデブリ帯に身を隠している事がわかったが、広大な地域で遮蔽物が多いのでレーダーは役に立たない。
ルナの紅い光跡が、闇の中に道を刻んでいた。
「ルナ、前方反応は?」
『なし。……でも、ノイズがひどいわ。』
「やっぱりな。」
短く吐き出した息が、冷たくヘルメットを曇らせる。
ミネルバだけでなく他の艦も動員しての包囲戦だが見つけられるかは微妙だ。
宇宙の巨大なゴミの集まりは太陽光を反射して時折輝く。
まるで一つ一つが誰かの魂のようだとシンは思った。
魂の煌めきのような障害物をよけながら飛ぶ。
『いないわね。もう少し索敵範囲を広げないと駄目かしら』
先行するルナの声にシンは頷く。
「了解。でも、見つからなかったら?」
『そりゃあ奇襲をされた挙句、敵を取り逃した無能者達って言われるんじゃない?』
軽く返す声が、わずかに疲れていた。
その言葉の奥にある焦りを、シンも感じていた。
ルナの声は少し苛立っているがシンも気持ちは同じだ。
その時、ミネルバから発行信号があがった。
三つの発行信号は“ミネルバに帰艦せよ”という意味だった。
───ミネルバ艦橋。
艦橋にはミネルバ艦長タリア・グラディスと副長アーサー・トラインが宇宙図を見ていた。
二人の目には軌道をずれたユニウスセブンの残骸が表示されていた。
艦橋の空気は冷たく張り詰めていた。
ホログラムに映るユニウスセブンの軌道は、緩やかに崩れ、青い地球へと落ちていく。
「ユニウスセブンが……落ちるですって?」
タリア・グラディスの声が、わずかに掠れた。
「えぇぇぇ!? 嘘でしょ! 百年以上安定してた軌道ですよ!?」
アーサー・トラインの声が、妙に遠く響いた。
本国からの情報では原因不明の事態が発生し、100年単位で安定軌道にあったはずのユニウスセブンが地球に落下するコースを取っている。
かつて“血のバレンタイン”で地球、プラントの全面戦争のきっかけとなったコロニーが、再び地球とプラントを引き裂こうとしていた。
タリア艦長には息子がいる。
ウィリアム・グラディスという十歳になる息子で利発で冷静な子だ。
タリアは現プラント評議会議長ギルバート・デュランダルと恋仲だったが、遺伝子の不適合で子供を授かれないという結果をつきつけられた。
プラントは婚姻統制を行っていて子供が生まれない者どうしは結婚できない。
タリアはデュランダルと別れざるを得ず、別の男性との結婚でウィリアムを授かった。
母親として良いとはとても言えない。
仕事にあけくれウィリアムとの時間を作らなかった。
夫と死別した後とはいえ、デュランダルとの爛れた関係は続いている。
それでもタリアはウィリアムを愛している。
(ウィリアムの未来を奪わせてなるものですか)
隣で大事件に狼狽するアーサーを見ながら、唇を噛み決意を新たにするタリアだった。
───談話室
整備班とパイロットたちが、無理に笑いながら不安を誤魔化していた。
現在ミネルバは全力でユニウスセブンへ向かっている。
「ユニウスセブンが落ちたらどうなるの?」
「そりゃ地球滅亡でしょ。地球とプラントの面倒事もこれで決着じゃね?」
「ふざけんな!!」
怒声が響き、空気が一瞬で凍りつく。
ヴィーノとヨウランの軽口にシンが血相を変える。
元オーブ国民のシンとしてヨウランの発言は聞き流せない発言だった。
「なんだよそれ!じゃあ地球の人がどうなってもいいって言うのか!?何億人死ぬと思ってるんだ!その中には沢山の子供たちもいるんだぞ!自分達さえ助かればナチュラルは滅んでいいってヨウランは言うのか!そんな考えだからコーディネイターとナチュラルの諍いは終わらないんだ!」
シンの叫びにヨウランが驚いてヴィーノの後ろに隠れる。
ヴィーノが目を丸くして固まり、ヨウランが後ずさった。
「わ、悪かったよ、シン……そんなつもりじゃ……」
「シン!」
慌ててルナがシンの腕を掴む。
「落ち着いて!」
「落ち着けシン。ヨウランだって本気で思ってる訳じゃない」
レイの言葉に矛を収めるシン。
ルナがヨウランとシンの間に入らなかったら、ヨウランがどうなっていたかわからない。
アグネスの静かな声が割り込む。
「またそうやってヒーローぶる。こんなの只の偶然か運命かわからないけど、あんたが怒ってどうなるものでも無いでしょ」
シンの激昂を馬鹿にした口調で煽るアグネス。
コーヒーの缶を机の上に置いて語りだした。
「このまま放っておけばユニウスセブンは地球に落下。甚大な被害で地球は壊滅。別にあたしはそれでもいいけどね。あんな大質量の物体を止める事なんて出来ないし」
そう言ってアグネスはコーヒーの缶をくるくると指で回した。
心底どうでもいいのだろうが、その動きがぴたりと止まる。
「方法がない訳でもないわ。ユニウスセブンを───」
「───砕く」
アグネスとレイの言葉が重なった。
───艦長室
タリアはひとり、鏡の前に立っていた。
映るのは、ザフトの白服に身を包んだ艦長。
でも、その奥にいるのは───母であり、女である、自分。
(私は、どこまで堕ちるのだろう)
ウィリアムの写真をそっと撫でた。
笑顔が痛いほど眩しい。
こんなにも穢れた自分の手では、触れることさえためらわれた。
(ギルバート……あなたの理想を、私は信じたい。
でも、それを信じれば、母親としての私が死ぬ気がする。)
目を閉じて祈る。
(どうか、あの子たちを。シンも、ルナも……そして、私の息子の未来も)
艦橋の窓の向こうで、星々が血のように赤く瞬いた。
タリアは静かに呟いた。
「あの子の未来を奪わせはしない……」
声はかすれていたが、瞳は真っ直ぐだった。
母として。艦長として。
そして───罪を抱えたひとりの女として。
ミネルバは、燃え落ちる星々の中を進む。
その航跡は、やがて世界を砕く道へとつながっていく。
カガリの代わりにシンちゃんが怒る回です。
元オーブ国民のシンにとってユニウスセブン落下は他人事ではないのです。
そもそもナチュラルのステラと恋人のシンにとって、ナチュラルとコーディネイターの争いなんてバカバカしいと思っているのです。