機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第三十八話 焔の胎動

 第三十八話 焔の胎動

 

 地球は、燃えていた。

 空が裂け、昼が夜へと変わる。

 黒煙が大気を覆い、火の矢が無数に降り注いでいた。

 

 最初に消えたのは、海岸都市だった。

 巨大な岩塊が海面を割り、数百メートルの津波が生まれた。

 港の灯が一瞬で呑まれ、観光船が傾く。

 甲板に取りすがる人々の手が離れ、波に飲まれた。

 

 大地がうねり、地平線が燃えた。

 高層ビルの列が ドミノのように倒れていく。

 道路を埋める車列は、炎と煙の奔流に呑まれた。

 通信網は断たれ、ニュースアナウンサーの悲鳴が途中で途切れる。

 カメラの映像が崩れ、白い閃光に消えた。

 

 通信士の席で、メイリンの指が止まった。

 報告書を打つ指先が震えている。

 彼女は唇を噛み、目を逸らした。

 その横顔を映すモニターには、焦土と化した街。

 熱波で歪む画面の向こうに、まだ人影が見えた。

 メイリンの頬を、ひとすじの涙が伝う。

 だが彼女は拭かない。

 手を止めたら、泣いてしまうから。

 

 「……全世界的な被害。各地で通信途絶。避難率、十六パーセント……」

 声が掠れる。

 艦橋は沈黙した。

 誰もが、地獄の映像を見つめるしかなかった。

 

 ルナマリアは拳を握り、額を下げた。

 インパルスのシンは、ヘルメットを脱いだまま動かない。

 彼の手が震えていた。

 それは怒りでも絶望でもなく、何も守れなかった現実の重さだった。

 

 艦内に警告音が鳴り響く。

 「地球上空、熱量観測異常――大気圏が焼けています!」

 報告を聞いたヴィーノが恐怖と惨劇に震える。

 ヨウランは何か言いかけて、喉が詰まった。

 言葉にできるものなど、もはや残っていなかった。

 

 その頃――。

 

 ロードジブリール専用の地下シェルター。

 豪奢な調度に囲まれた広間。

 分厚い地下シェルターの部屋にあるモニターに、地上の惨状が映し出されている。

 

 ロード・ジブリールは椅子にもたれ、脚を組んでいた。

 白猫を抱きながら、長い指先でグラスを回す。

 琥珀色のブランデーがゆらめき、天井の光を歪ませた。

 

 「……見たまえ。神の鉄槌だ」

 彼は独りごちるように呟いた。

 部下たちは沈黙し、顔を上げない。

 これがコーディネイターとの和平を望んだ者達が望んだ世界だ。

 

 モニターには燃え盛る都市。

 逃げ惑う人々が、まるで蟻の群れのように小さく映っている。

 ジブリールは笑った。

 静かな笑い。だがその口角は血のように赤かった。

 

 (これでようやく世界は理解する。コーディネイターとの共存は、破滅を呼ぶとな)

 猫の頭を撫でながら、グラスを傾ける。

 琥珀がこぼれ、床に落ちた。

 猫が怯えて爪を立てるが、ジブリールは構わず笑みを深めた。

 「怖がるな、可愛い子だ。不死鳥は炎の中から蘇る。再生の焔の胎動だ。美しいだろう?」

 

 ジブリールは立ち上がる。

 壁のスクリーンに映る地球の映像を背に、手にしたグラスを置く。

 (コーディネイターの罪が、ようやく世界に刻まれる。バケモノとの共存など不可能だと理解するだろう)

 その顔には狂気しかなかった。

 地下深くでさえ、彼の笑いは遠雷のように響いた。

 

 地球の各地で、赤い光が夜空を裂いていた。

 砂漠が炎に包まれ、森林が燃え、都市の灯が消える。

 空を焦がす火球の群れが、どこまでも続く。

 

 だが、どれほどの炎も、空に届くことはなかった。

 炎の上には、まだ祈りがあった。

 

 ハーバーコロニー。

 人々が広場に集まっていた。

 モニターに映る地球の姿。

 青い星が、ゆっくりと赤く染まっていく。

 

 誰も言葉を発さない。

 母親が幼い子の頭を抱きしめる。

 少年が拳を握り、唇を噛む。

 老いた男が空を見上げ、帽子を胸に押し当てた。

 その仕草だけが、祈りの代わりだった。

 

 そこに、静かな旋律が流れた。

 

 ステラ・ルーシェが立っていた。

 白いワンピースの裾が空調の風に揺れる。

 彼女はマイクを持たない。

 ただ胸に手を当て、目を閉じた。

 歌が、始まる。

 

 声は微かに震えていた。

 だがその震えが、人々の心を打った。

 音は広場を満たし、ゆっくりと天井の光壁に反射していく。

 誰も泣かない。

 泣くことも忘れていた。

 ただ、目を閉じたまま息を殺し、その声に身を委ねた。

 

 ひとりの少女がステラの隣に立つ。

 マユ・アスカ。

 両手を胸の前で握り、ステラの手をそっと包んだ。

 彼女は小さく頷き、歌に合わせて唇を動かす。

 涙は流れない。

 その代わり、瞳の奥で光が瞬いた。

 

 ――兄とニコルがいる。

 ――まだ、生きている。

 ───まだ二人は戦っている。

 マユの心がそう叫んでいた。

 

 広場の人々は、徐々に膝をついた。

 子を抱いた母親が、ステラを見上げる。

 老人が震える手で胸に十字を切る。

 若い兵士が帽子を脱ぎ、額を床に押しつけた。

 誰も言葉を発しない。

 ただ、歌声に合わせて息を整える。

 

 やがて、声はコロニー全域に拡散した。

 住宅区、工場区、農業ドーム――どこにいても聞こえる。

 放送を止める者はいなかった。

 通信士も、管理者も、ジャンク屋も、皆、手を止めていた。

 

 ステラは目を開けた。

 涙はない。

 その代わり、彼女の瞳に青い地球の炎が映っていた。

 燃える星を見つめながら、彼女は歌い続けた。

 声が枯れても、息が途切れても、手を離さなかった。

 

 マユがその横顔を見つめる。

 幼い胸に、決意が芽生えていた。

 ――自分に何ができるのか。

 ――どんな未来でも、もう逃げない。

 

 マユはステラの手を強く握った。

 ステラが微笑み、マユを抱き寄せる。

 その仕草に、広場の人々が息を呑んだ。

 無言のまま、誰もが泣いた。

 涙を見せぬよう、顔を伏せ、肩を震わせながら。

 

 宇宙では、ミネルバが軌道を修正していた。

 焦げた機体の外板に、光の筋が走る。

 通信は断続的。だがその沈黙が、何より重かった。

 

 タリア艦長は静かに命じた。

 「全艦、黙祷」

 

 艦橋の照明が落ちる。

 誰も動かない。

 シンもルナも、ただモニターに映る地球を見つめていた。

 

 燃える星。

 その中に、青い光が一瞬だけ見えた。

 ステラの歌声が、宇宙通信に微かに重なった。

 ノイズ混じりの音が、確かに届いた。

 

 「……聞こえる、ステラの……」

 シンが呟いた。

 ルナマリアが顔を上げ、静かに頷く。

 ニコルもレイも、目を閉じた。

 

 艦内に、再び沈黙。

 だがその沈黙は、悲しみではなかった。

 ――祈り。

 

 地上を包んだ炎が、ようやく風に散り始めた。

 焦げた街の上に、灰が舞う。

 それはまるで、焼け落ちた世界が自らを覆う白布のようだった。

 

 その灰の向こうで、

 まだ、歌が続いていた。




第三章「焔の胎動」をお読みいただいてありがとうございます。
第三章「焔の始動」はブルーコスモスの話でした。
ジブリールがちゃんとムカつく敵役に書けていたらよいのですが。
第四章「束の間の休日」が始まります。
ずっと暗い話題でしたから第四章は明るめにいきますね。
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