機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第四章『束の間の休日』
【第四章開幕】第三十九話 潮騒のピアノ


 第三十九話 潮騒のピアノ

 

【挿絵表示】

 

 ミネルバの船体は、焦げついた鉄の匂いをまといながら、ゆっくりと太平洋の波間に沈み込むように浮かんでいた。

 破損した装甲の隙間から白い蒸気が上がり、薄い雲の向こうに太陽がぼんやりと滲む。

 周囲の海は、瓦礫と破片を抱えたまま、静かに息をしているようだった。

 

 艦内には沈黙が満ちていた。

 遠くで溶接の音が響く以外、誰もが言葉を飲み込んでいる。

 ユニウスセブンの破片が落とした影は、人々の心に深く沈んでいた。

 

 ブリーフィングルームでシンは膝を抱えるように座っていた。

 その瞳には、いまだに燃え上がる地上の光景が焼き付いている。

 隣でルナマリアが心配そうに見つめていたが、彼に掛ける言葉が見つからなかった。

 慰めの言葉も、今はただの空虚に響く気がしてならない。

 

 ニコルも同じだった。

 艦内を歩くたびに、顔を曇らせた乗員の姿が目に入る。

 誰もが自分を責め、無力感に沈んでいた。

 彼は、胸の奥で小さく呟いた。

 (……このままじゃ、みんな壊れてしまう)

 

 その時だった。

 艦内の廊下に、かすかな旋律が流れた。

 古いピアノの音だ。

 金属の通路を震わせ、低い音が響いてくる。

 ニコルは足を止め、耳を澄ませた。

 どこかで、誰かが――心を奏でていた。

 

 音を辿って船室を覗くと、そこにはレイがいた。

 白い光に包まれた小さな部屋。

 彼の指が鍵盤をなぞり、柔らかな音が波のように流れていく。

 普段は感情を見せないレイの瞳が、その時だけは微かに揺れていた。

 

 ニコルは廊下に立ち、静かに聴き入った。

 音は、悲しみでも怒りでもない。

 ただ、祈りのように優しい。

 レイの中に残る人間の温度が、音となって溢れ出していた。

 

 やがて旋律が終わり、鍵盤から指が離れる。

 レイが振り向き、目が合った。

 「……入ったらどうですか?」

 その声に促され、ニコルは部屋へ入った。

 

 「素晴らしい音色でした」

 「プラント一のピアニストにそう言って貰って恐縮です」

 そう言ってレイはいつもの無表情でニコルに答える。

 

 ニコルは微笑みながら頷いた。

 そして、かつての記憶が脳裏をよぎる――。

 かつて、クルーゼ隊長に「レイのピアノを聴いてほしい」と頼まれたことがあった。

 出会った当初のレイはどこかクルーゼ隊長と似ていた。

 ただ時に感情的になるクルーゼ隊長と違っていつも冷静な印象。

 恨まれるでも憎まれるでもなく。

 言葉を交わすよりピアノの音色で語り合った。

 

 (……クルーゼ隊長。あなたは、やはり不思議な人だった)

 ニコルはクルーゼをこの手で討った張本人なのに、軍人としてのクルーゼは今でも尊敬に値するとニコルは思っている。

 いつも冷静で、判断は的確。勇敢で、時に思いやり深かった。

 アスランやニコルが幾度も助けられたのを、今でも忘れてはいない。

 あの仮面の下にあったのは、確かに悪意と憎しみ。

 だが同時に、彼にも“人の光”はあった。

 もし彼が出生の苦しみから解き放たれていれば、歴史に名を残す名指揮官になっていたはずだ。

 

 (パイロットとしても、軍人としても……人間としても僕はまだ、あの人に及ばない)

 

 一方で、レイにとってニコルは尊敬すべき上官であり、プラント一のピアニストでもある。

 名将とは言い難くとも、常に仲間の心を思い、彼らのために動こうとする。

 だが、同時に――レイにとってニコルは“仇”でもある。

 クルーゼを撃ち落としたのは、この人なのだから。

 

 それでも、レイは今、敵意の欠片も見せない。

 その瞳には、淡い敬意と、どこか兄へのような親しみが宿っていた。

 

 ニコルはその静かな視線を受け止め、口を開いた。

 「君の音を聴いて、気づきました。……僕たちは、まだ“人”を信じることができる」

 レイがわずかに目を瞬く。

 「音楽には、破壊とは逆の力がある。――治す力が」

 その言葉に、レイは何も返さなかった。

 ただ静かに目を閉じ、再び指を鍵盤に置いた。

 柔らかな音が、二人の間に流れ出す。

 

 ニコルはそっと背を向け、扉の外へ出た。

 (……そうだ。僕にできることが、ひとつある)

 

 彼は歩き出した。

 その足音が、まだ傷だらけの艦に新しいリズムを刻む。

 

 ──艦橋。

 

 「音楽会、ですって?」

 タリア艦長の眉がわずかに上がる。

 外では灰色の雲が流れ、砕けた陽光が海に滲んでいた。

 灰色の波の向こうに、白い鳥が一羽だけ飛んでいる。

 

 「艦内の空気が沈みきっています。このままでは心が持ちません」

 ニコルの声は穏やかだったが、どこか強さを帯びていた。

 「音楽なら……戦いで傷ついた心を少しでも癒せるはずです」

 

 タリアはしばし黙って、舷窓の外を見つめる。

 ユニウスセブンの落下で地上に刻まれた爪痕は、まだ癒えていない。

 それでも人は、生きるために息をしなければならない。

 

 「……いいわ。許可します」

 「ありがとうございます」

 「プラント一のピアニストが提案するなら、きっと意味があるのでしょう」

 

 タリアは軽く微笑んだ。

 軍人である前に、彼女もまた人の母親であり、音の温かさを知る一人の女性だった。

 

 ニコルは軽く敬礼し、言葉を添える。

 「メイン食堂を使います。音響も整っています。ラクス・クラインの曲を中心に――皆が知る歌を」

 「ラクスの歌……いい選曲ね。少なくとも、心が少しは和らぐわ」

 

 タリアの背後で、曇天の隙間から一筋の光が差した。

 その光を受けて、ニコルの瞳がわずかに輝く。

 

 艦はまだ傷ついていたが、その中で、確かに新しい息吹が生まれ始めていた。

 

 ◇◇◇

 

 ――穏やかな陽の下で、人々は束の間の安らぎを得ていた。

 波音が戦の記憶をかき消し、笑顔が艦の中に戻ってくる。

 しかしその静けさの裏で、見えぬ“影”が動き始めていた。

 信頼と疑念が交錯し、真実を求める者たちの瞳が揺れる。

 それは、平和と戦いが隣り合う世界で紡がれる誓いの物語。

 

 機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 

 第四章『束の間の休日』

 

 平和の海、守り抜けアビス!!

 

 

 




第四章「束の間の休日」編です。
第四章は皆の心が南国オーブで癒される話です。
ここのシン・アスカはオーブ戦のさいに、ニコルに両親と妹を助けてもらい、キラとアスランとニコルの奮闘でオーブが勝利した世界です。
ですのでオーブの事が大好きなままです。おだやかな日常と、ちょっとスパイスの効いた陰謀をお楽しみいただけたらと思います。
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