機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第四十話 波間の歌声

 第四十話 波間の歌声

 

 朝の光がミネルバの艦体を照らしていた。

 ユニウスセブン崩壊の悪夢から日が経ち、戦火の匂いは薄れつつある。

 けれど、心の傷は簡単に癒えない。

 甲板を吹き抜ける潮風には、まだ少しだけ焦げた匂いが残っていた。

 

 ───アグネス・ギーベンラートの部屋。

 

 アグネスは鏡の前で、指先の角度まで測るようにアイラインを引いた。

 艶、光、角度――どれも武器。戦争も恋も、勝つのは装備が整った者だ。

 「常に可憐で、常に主役。私はそう生きるの」

 鏡の中の女は微笑む。完璧だ。完璧でなければ、世界は拍手してくれない。

 世界は私を讃える義務がある――そう信じている。

(認めなさい。愛しなさい。私はその価値がある)

 

 同室のルナマリアは落ち込み続けているシンを、早朝から射撃訓練へ連れ出していた。

 「ほんと真面目。嫌いじゃないけど、華が足りないのよね」

 汗臭い青春にアグネスは肩を竦める。

 先日は“ステラからシンを奪う機会よ”と助言してやったのに、涙目で睨み返された。

 欲しいなら奪えばいい。世界はそうやって回っている。

 奪って、掌にのせて、綺麗に飾って、皆に見せる。

 ――それが彼女の恋であり、勝利のかたちだった。

(だって私は選ばれる側。選ばれて当然。そうでしょ?)

 

 退屈な艦内で、彼女は自分に釣り合う男をいく人か思い浮かべる。

 フェイス級が理想だが現実的ではない。赤服なら――。

 レイ? 論外。あの目は気に入らない。私を毒虫でも見るみたい。

 アーサー副長? 悪くないけど、覇気がない。

 「やっぱり――」

 

 彼女の唇から、自然に名前が落ちた。

 「ニコル・アマルフィ」

 

 瞬間、胸のどこかが甘く鳴った。

 家柄、功績、将来性。数字で並べても合格点。

 ザフトの看板、最高評議会の血筋、プラント一のピアニスト。

 “コレクション”に相応しい肩書きはいくらでもある。

 けれど、それらよりも彼女を惹きつけるのは、彼がただ微笑んで、靡かないことだった。

 

 男は皆、アグネスの笑みに揺らぐ――それが彼女の世界の常識だ。

 視線は吸い寄せられ、言葉は甘くなり、手は彼女のために動く。

 けれど、ニコルは違う。

 礼儀正しく、優しく、一定の距離を保ったまま、揺れない。

 近づけば届くと知っている女にとって、その一歩が届かないことは、初めての感覚だった。

 (どうして? 私がここにいるのに。どうして見上げないの? ……もしかして)

 その時アグネスの完璧な化粧の仮面にヒビが入った気がした。

(――もしかしたら“飾っていない私”を、見つけて、愛してくれる?)

 

 アグネスは自嘲気味に笑って、すぐにその甘さを飲み込む。

 「危ないわね、私。夢は舞台の上だけで充分」

 でも、夢は武器になる。

 彼が注目しないなら、注目させればいい。

 舞台を奪い、光を手に入れ、観客を従える。

 彼の視線も例外ではない――そう証明してみせる。

 

 ───ニコルは食堂の隅に置かれた古いピアノを見つめていた。

 修理を終えたばかりのその鍵盤を、指先で軽く叩く。

 静かな音が、薄暗い艦内に溶けていく。

 ――音には、癒やす力がある。彼はそう信じていた。

 ニコルはまっすぐアグネスとルナマリアの部屋へ向かった。

 その表情は、いつもの穏やかさではなく、真剣だった。

 

 「あなたに頼みがあります。艦内での音楽会を開催することになったんです。あなたの歌声が必要です」

 

 「……私が?」

 アグネスの目が驚きで見開かれる。

 艦内の誰もが想定しなかった言葉だった。

 「私が歌うって? まさか冗談でしょう?」

 

 「いいえ。本気です」

 ニコルの声は静かだった。

 「あなたのような美しい声の持ち主がいるなら、ぜひ」

 

 その言葉が、アグネスの胸の奥を甘くくすぐる。

 ――プライドを絶妙に刺激する、完璧な言葉。

 

 「ふぅん……私を選んでくれたのね」

 唇を吊り上げ、挑戦的に笑う。

 「もちろん引き受けるわよ。ニコルさんのために歌うなんて、光栄だわ〜♪」

 

 まるで新しい戦場を見つけたかのように、彼女の瞳が輝いた。

 “プラント一のピアニスト”が私を選んだ――そう思うだけで、世界が少し違って見える。

 

 (見なさい。私がステージに立てば、男は恋慕の視線を向け、女は嫉妬で泣くわ)

 ルナマリアがシンを想っている? そんなもの長くは続かない。

 シンも男だ。結局、私を見てしまう。

 ――男は、皆、私の虜になる。そうに決まっているのよ。

 

 そうと決まれば準備だ。

 アグネスは自室に戻ると、鏡の前で身支度を整え始めた。

 化粧は完璧。唇の色、頬の角度、まつげの長さ。

 「可憐でなければ、主役じゃないのよ」

 鏡の中で微笑む自分を見つめながら、そう呟く。

 

 (どんな歌がいいかしら……)

 艦内の資料室を歩きながら、偶然見つけたデータに目が止まる。

 《ラクス・クライン楽曲集》

 

 歌詞を思い出して鼻で笑う。

 (まさか、あの人の曲を歌うなんて。けれど……知名度は抜群ね)

 アグネスはラクスが嫌いだ。

 自分のように化粧をし、指の動き一つまで完璧な自分と違い、彼女は無条件で愛される。

 完璧であろうと努力しているのに皆はラクスを褒めたたえる。

 ───あんな女より私の方が魅力的なんだから。

 ラクスの曲の歌詞を見ただけで鳥肌が立つ。

 あまりの甘ったるさと綺麗ごとに、思わず吐息が漏れた。

 けれどプラントの大半が知っている曲である以上、宣伝効果は抜群だ。

 “私の魅力を広めるための道具”としては申し分ない。

 

 翌日から、アグネスはニコルとレイと共に音楽会の準備に入った。

 初めて彼らの前で歌った瞬間、室内の空気が止まった。

 彼女は胸を張って微笑む。

 「どう? 感動したでしょう?」

 

 ニコルとレイは目を合わせ、同時に頷いた。

 「素晴らしい声です。少し癖はありますが」

 「思ったより良いと思う」

 それだけ言って、二人は次の準備に取りかかった。

 

 アグネスは得意げに笑いながらも、胸の奥に小さな違和感を覚えた。

 “褒め言葉の温度が違う”――そう感じたのだ。

 

 (ま、いいわ。彼らには芸術の深さなんてわからないのよ)

 

 数日後。

 艦内放送が流れた。

 「艦内の皆さんへ。ミネルバ艦内の士気を高めるために演奏会を開催します。ぜひご参加ください」

 放送の主はニコル・アマルフィ。

 柔らかな声が、艦中を静かに包んだ。

 

 「完璧ね」

 アグネスは鏡の前でドレスを整えた。

 白を基調にした花柄の衣装。胸元には真紅の宝石。

 誰よりも輝いて見える自分に、満足げに微笑む。

 

 会場へ向かう途中でルナマリアと通路で鉢合わせた。

 赤い制服が、同じ階級を示しているのが妙に癪だった。

 

 「……あんた、まさかニコルさんに手を出す気じゃないでしょうね?」

 

 アグネスは笑みを崩さず肩を竦めた。

 「“手を出す”って何の話? ただ少し、気になっただけよ」

 

 ルナマリアの瞳が鋭くなる。

 「やめなさい。あの人にはマユちゃんがいるの。……可愛い子よ。あんたが壊していい関係じゃない」

 

 アグネスは小さく笑った。

 「誰かのものになった男を奪っちゃいけないなんて、誰が決めたの?

 恋愛は戦いよ、ルナ。勝つ者が正しいの」

 

 ルナマリアは目を細めて彼女を見た。

 「……本当に、それで幸せなの?」

 

 その問いに、アグネスは笑顔を崩さなかった。

 けれど、その笑顔がどこか揺らいでいることに気づく。

 「幸せよ。だって、私が欲しいものを手に入れた時の顔――見たことある?世界で一番、私が輝いてる瞬間よ」

 

 ルナは何も言わず、静かに通り過ぎた。

 残されたアグネスは、わずかに息を吐く。

 胸の奥が、少しだけざわついていた。

 なぜだろう。ルナの言葉は、いつも心に小さな棘を残す。

 

 演奏会の夜。

 ミネルバのホールは照明に包まれ、歓声と拍手で満ちていた。

 まずニコルとレイがピアノの演奏を披露する。

 その音は澄んだ水のようで、誰もが息を忘れた。

 

 そして――アグネスの出番が来た。

 

 花柄のドレスを纏い、ゆっくりとステージに上がる。

 ライトが降り注ぎ、髪に光の粒が宿る。

 艶やかに一礼すると、彼女はマイクを取った。

 

 ニコルのピアノの音にあわせて歌声が流れ出した瞬間、空気が変わった。

 まるで戦場の傷跡が音に溶けていくようだった。

 どんなに傲慢でも、努力を怠らない彼女の声には力がある。

 人々の瞳が、彼女一人に集まっていた。

 

 アークエンジェルにも中継される。

 アグネスの歌が二艦を繋ぎ、戦火の闇に一瞬の静寂をもたらした。

 誰もがその歌に聴き入り、そして――涙した。

 

 演奏会は大成功に終わった。

 拍手が鳴り止まず、歓声が艦内に響く。

 レイでさえ珍しく微笑み、ニコルは何度も「素晴らしかった」と言って拍手を惜しまなかった。

 

 ───ミネルバの空気が穏やかになった夜、甲板に、風に吹かれるニコルの姿が見えた。

 自然とアグネスは外へ出る。

 潮風が吹く。

 本来なら嫌いな風。髪が痛むし、肌が荒れる。

 けれど、今夜だけは違った。

 ニコルの微笑みが、自分だけに向けられると疑いもしなかった。

 

 ニコルは手すりに手を置き、海を見つめている。

 その姿が――不思議と綺麗に見えた。

 

 気づけば、足が動いていた。

 「アグネス?」

 彼が振り向く。月光がその瞳に宿っていた。

 「こんな時間にどうしたの?」

 「……たまたま。部屋が暑くて」

 嘘だと分かっていても、彼は穏やかに微笑んだ。

 

 「世界が……泣いているようですね」

 「え?」

 「壊れても、波はまた寄せてくる。治そうとするように」

 

 アグネスは彼の横顔を見つめた。

 潮風が頬を撫でる。

 痛むはずの風が、心地よかった。

 

 「信じるなんて綺麗ごとよ。信じても裏切られるだけ」

 「それでも、人はまた信じようとする。壊した痛みを知っているから」

 

 その言葉に、胸の奥がわずかに震えた。

 「ねぇ……もし私が何も信じない、何も持たない女だったら、あなたはどうするの?」

 「何も持たないなら、手を差し伸べます」

 「……バカね」

 

 そういうと二人で笑う。

 理想主義者と現実主義者。

 二人は相反する存在のはずなのに。

 笑いながら頬が熱くなる。

 潮風が二人の間を通り抜けていった。

 

 (私ほど素晴らしい女はどこにもいない。全ての男は私を愛するはずなのに───どうしてあなたは私だけを見てくれないの?)

 

 帰り際、ガラスに映る自分の顔を見て、アグネスは小さく笑った。

 完璧な笑み。けれど、どこか違う。

 「……どうしたの、私」

 呟いたその声に、初めて柔らかさが宿る。

 今まで出会った男と違い、私の虜にならなかった男。

 愛されたい。認められたい。

 そんな感情を自覚している自分に気が付いてしまった。

 

 その夜、アグネスは初めて知った。

 何もなくても、認めてくれる男がいる事を。

 彼を本気で奪いたくなった事を。

 

 きっと彼は、本当の私を愛してくれる。




 すみません今回は少し長くなりました。
 アグネスの話なので気合が入りすぎました。
 いつもなら二話構成にするべきですが二話に分割するより一気に読んでいただきたかったからです。
 アグネスって自分に釣り合う男を好きだと思う事が多々ありますが、それって自己肯定が低いからだと思うんです。
 つまり誰から見ても羨ましがるような男の傍にいられる自分はそれだけの価値がある。
 逆に平凡な男の隣にいれば自分の価値が下がると思っているので相手にしない。
 アグネスがシュラに惹かれたのはシュラが強くて、アグネスを認めてくれたからで、自己肯定が低いアグネスにとってこれ以上ない男なのだと思います。
 ニコルはマユとキラとアスランとカガリとラクスとムウさんやマリューさんに無償の愛で包まれてるから強くなれる。
 そしてニコルも相手を無償の愛で包んでしまいます。
 シンもルナマリアもレイもアグネスもニコルにとって大切な仲間です。
 アグネスから見ればニコルは靡きもしない謎で理解不能な男だけど、何もしなくても優しく包んでくれる男で戸惑いつつ興味がわく男です。
 アグネスはシュラに邪魔者扱いされて殺されるという裏設定があったと聞いたので、この物語ではアグネスにも光を当てたいと思います。
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